オバケ(過去編)

 これまで何度もお話してきたとおり、ぼくには霊感に類するものが一切ありません。


 だからこれまでオバケに関して怖い思いをしたことはほとんどありません。

 怖い思いをした気でいたら、じつはオバケじゃなくて月灯りだったり、はたまたイタチのカップルだったりしました。


 ですが、ぼくの周りには不思議体験をする人ばかりです。

 不思議体験をする人が沢山います。


 なぜでしょうか。

 不公平です。

 ぼくだって一度、オバケを見てみたい。

 可能ならちょっとお話してみたい。


 などと愚痴っていたら、子どもたちに、


「オバケだって、そんなに期待されたら化けて出づらいだろ」


 と窘められました。


 言われてみれば、確かにごもっとも。


 ぼくがオバケになった日には、そんなヤツのところには絶対に出てやらないと思います。


 ▽


 ところで、うちは母方の家との仲がとくに良いです。

 別に父方の家と仲が悪いという意味ではなくて、単純に距離的に近しいところに家があるので、普段の交流が密になるわけです。

 これまでにお話してきた「祖父母の趣味の畑」とか「少女のような祖母」とかはだいたい母方の話です。

 父方のほうは父方のほうでそれなりに面白いお話もあるのですが、どうしても日常的に付き合いのある方の話になります。


 ぼくは小学生高学年くらいから中学時代を、件の母方の祖父母宅で過ごしていました。


 このお家がとにかく古い。

 古いと言っても、徹底的に磨き上げられ、手入れされているので、いわゆるボロボロということではまったくなく、昔ならともかく今なら「古民家」と言っても良いんじゃないかと思います。なんなら住みたい。


 この家には古道具などが沢山あります。

 というのも母方の実家は田舎の商家でして、大政奉還の際に地元の城主から「金になるものは金にしてくれ」と頼まれたというのです。


 だから、金屏風やら、獅子頭やら、よくわからない道具やらが沢山しまってあって、しかしどれもボロボロで、金銭的価値はないという状態です。


 そんなだから、友人たちも「なんか怖い」と言って、あまり溜まり場になったりはしませんでした。


 そして、もしかすると城主から買い取った(買い叩いた?)品物に憑いていたのかもしれません。


 なにやらこの世の者ならぬものも、くっついてきたらしいです。


 ▽


 ぼくには叔父は一人しか居ないのですが、すごく沢山の叔母・伯母がいます。

 大叔母も多くいます。

 兄弟はおらず、上と下に姉妹がいます。

 いとこには男性もいますが、女性の方が多く、そしてなぜか発言力があります。


 ほかのところでも少し触れましたが、なぜか女の人ばっかりなのです。

 男子としては、居づらいことこの上ありません。


 そして、彼女たちには一つの共通認識がありました。


「うちには、おひいさまのお化けがいる」


 なんのこっちゃと思われるでしょう。

 ぼくも思います。


 なんでも全員がを見るらしいのです。

 うちの母ももちろん見たことがあって、着物を着た髪の長い女性なんだそうです。


 おひいさまというのは、実際のところ本当かどうかわかっていませんが、まぁイメージ的にお姫さまっぽいということなのでしょう。

 どの女性も、みな同じ髪型、同じ着物の女性を目撃するのです。

 祖母はもちろん、大叔母、伯母・叔母、従姉妹、そして姉もです。


 これだけならまぁ、みんなで話を示し合わせただけの可能性があります。

 それでなくとも数的不利な男性陣をビビらせて、イニシアチブを取ってやろうと考えているのかもしれません。

 少なくともぼくはビビってました。

 ですが、女性陣はあるある話でもするかのようにお姫さまのオバケの話を聞かせてきます。


 なにしろぼくは気配すら感じないわけです。

 みんなに「見たよ」と言われても「そうですか」としか答えようがありません。

 だからぼくは「たぶん子どもを怖がらせて遊んでるんだろう」と思うことにしました。


 しかし、ある日オバケの存在が決定的になってしまいました。


 ▽


 ぼくにはかなり年の離れた妹がいるのですが、まだ小さかった妹が、突然悲鳴を上げて泣き出しました。


 みんなギョッとしまして、どうしたのか、どこか痛いのかと駆け寄ります。


 すると、妹が「知らない女の人が居た」と言うのです。


 それも、先ほど話に出た、穴の空いた金屏風の後ろにです。

 ちなみに金屏風の後ろには、人が居られるようなスペースはありません。


 一応泥棒の可能性もあるのでどんな人だったか尋ねると、妹は泣きながら「髪の長い、昔の服を着た女の人だった」と答えました。


 女性陣は「なんだ」と肩を落としました。

 誰も驚きもせず、そして妹の訴えを疑いもしませんでした。

 そして「まぁ、慣れなさい」と言ってあっさりと解散しました。

 どうやら「またか」くらいの気持ちだったのでしょう。


 こっちにしてみたらたまったもんじゃありません。

 これまで自分を騙してまで「オバケなんてないさ」と思っていたのに、かわいい妹(※当時)のせいで実在証明をされてしまいました。


 よくわからんオバケとの同居などまっぴらごめんです。

 バルサン炊いたらどっかいってくんないかな。


 と思ったら、このお姫さま、どうやら女性の前にしか姿を現さないんだそうです。

 だから、ぼくがそのオバケに遭遇することはまずないだろうとのことです。


 ホッとすると同時に、なんだか「男は汚い」と言われたような気になって、ぼくはこのオバケのことがちょっと嫌いになりました。


 ▽


 この話をお子たちにしましたら、上の娘が「あたしも見たい」と言い出しました。


 ですが、祖母が亡くなってだいぶ経った今、母方の実家に「泊まらせてくれい」と遊びにいくのはちょっとハードルが高いです。


「すまんけど、ちょっと無理」


 と娘にも言ったのですが、


「ずるい! あたしにも見る権利はあるはずだ!」


 と、ずいぶんごねられてしまいました。

 あー、こいつ基本的な感性がぼくと同じだな、と思いました。


 だけど、オバケとはいえ、お姫さまにだって自由はあります。


 こんなに期待されたら、オバケはたぶん出てきてくれないと思います。

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