オタク趣味
先に謝っておきます。
今回はちょっとアレな話です。
▽
昨日、ラーメンオタクの友人から「豚の背脂ってどこで買えるの?」と電話がありました。
料理を趣味としている関係で、我が家の冷凍庫にはラーメンの材料――鶏ガラや豚骨、豚の背脂なんかが常備されていますので、二つ返事で「勝手に持っていっていいよ」と伝えました。
なぜか代わりに大好物のシュトーレンを頂いてしまい、これじゃ等価交換にならんなぁと思ったりしています。
さてこの友人、ぼくの人生を大きく変えた、言わば戦犯のような人物です。
言うなれば、オタク趣味の伝道者。
ぼくがこうしてライトノベル風の小説を書いているのも、全てはこの男のせいです。
ここでは名前を、ゆう君と呼ぶことにします。
▽
かつて、ぼくはいわゆるオタク文化にまったく知見がありませんでした。
マンガも読まなくはないですが、同じ金額を払って買っても小説と比べて楽しめる時間がうんと短いため、なんとなく損をした気分になったものです。
アニメについてもまったく知識がなく、そもそも家に自由にできるテレビがなかったこともあって、テレビゲームもほとんどやったことがありませんでした。
つまりぼくにとってはエンタメといえば小説だったのです。
そんなぼくですが、仕事や趣味で使うパソコンを買うこととなり、数人の友人に「何を買えばいいの?」と協力を求めました。
ぼくの友人の中には、パソコンに異常に詳しい連中が数人いまして、みんな「任せろ!」と袖をまくって出てきました。
ゆう君はその中の中心人物の一人です。
▽
大阪でパソコンを買うなら、ちょっと前までは日本橋へ行くのが当たり前でした。
ぼくのイメージの中の日本橋といえば「でんでんタウン」という大通りくらいでしたが、ゆう君が連れて行ってくれたのは裏通り、いわゆる「オタク通り」と呼ばれる界隈です。
ぼくはひどくカルチャーショックを受けました。
なんせ巨大な美少女イラストがそこら中に所狭しと溢れかえっているのです。
目が痛くなるような特色インクを使いまくった、極限までキラキラしたイラストです。
「……なんぞ、これ」
「ゲームのキャラ」
「……」
正直ぜんぜんピンと来ず、しかしいろんなパソコンパーツ屋さんを回るとさすがに気になってきます。
「……このキャラクター、なんでこんな格好してんの」
「ロボットだから」
「へ、へぇ……人間じゃないんだ……」
なんでロボット?
「な、なんかこのメイドさん裸なんだけど」
「ギャルゲーのキャラだから」
「ギャルゲー」
「この場合18禁だからエロゲーとも言う」
「エロゲーって何」
「エッチなゲーム」
「……絵じゃん?」
「絵だよ?」
「嬉しいの?」
「嬉しい」
「へ、へぇ……ま、まぁ人の趣味はそれぞれよな」
そんなこんなで、色々とカルチャーショックを受け、ぼくとしてはむしろオタク系の世界への苦手意識を強める結果となりました。
▽
それからしばらく経って、第一子が生まれることになりました。
奥さんが実家に里帰りすることになりまして、当時住んでいたアパートメントに一人取り残されました。
寂しかったので、友人たちに「寂しいから遊びに来て」と声をかけると、みんないそいそと遊びに来てくれました。
女性がいないという滅多にない機会なので、みんなはっちゃけてお酒やらゲームやら、そしてちょっとエッチなコンテンツなんかを持ち寄ってきます。
その中に、いわゆるギャルゲがありました。
ぼくはプレイを強要されました。
「……あんま気が進まないんだけど」
「いいや、おまえはこれをプレイする義務がある」
「なんで?!」
「おまえ、✕✕✕(※ゲームのキャラ)のことを『ただの絵じゃん』とか言ってただろ」
「別にバカにしたわけでは」
「プレイしたこともないくせに評価すんな」
「それはまぁ……」
しかたなくプレイを開始しまして、しばらくすると友人は「ごゆっくり」と言って帰っていきました。
ギャルゲーとは言いましたが、要するにサウンドノベル、つまり小説です。
ぼくは「クリックが面倒くさいな」などと思いつつ、あっという間に集中し始めます。
▽
「うわぁん!」
翌日ぼくはゆう君に電話しました。
『どうした』
「ひどいよ! ひどいよ!」
『プレイしたか(笑)』
「うううう」
そのゲームはいわゆる「泣きゲー」と呼ばれるもので、ぼくは生まれて初めて触れる「インタラクティブな小説」というものに打ちのめされていました。
『どうだった?』
「『自分で選択する』という工程が挟まるだけで、感情移入度がヤバい……」
『せやろ』
「あと、サウンドノベルというジャンルに無限の可能性を見た。読みやすいし、BGM や適切なタイミングで効果音が入るってのは画期的だと思った」
『ほう?』
「たとえば宮沢賢治作品とかをサウンドノベルにしたら面白いんじゃないかな」
『なるほど……つまり?』
「作ろう」
『言うと思った(笑)』
「無いなら作る」。
これがぼくを含む仲間たちの共通認識です。
こうしてぼくはゆう君と共に、サウンドノベルそのものではなく、サウンドノベルを作るためのアプリケーションをつくるプロジェクトを始めました。
仕事仲間も巻き込んで、プロジェクトはどんどん大きくなっていきました。
今でこそ「第一子が生まれたばかりだというのに、一体何をしてるんだろうか」と思わないでもないですが、このときは夢中でした。
▽
それからしばらく経ち、「簡単な操作でオンラインでサウンドノベルを公開できるツール」が出来上がりました。
文章のコントロール、キャラクターのコントロール、BGM と SE のコントロール、簡単なフラグ管理、降雨や雪や花びら、画面の揺れなどのエフェクト、それらを駆使したゲームをブラウザで楽しめるというものです。
ログイン機能も実装され、保存しておけば後日続きもプレイできるようになりまして、いわゆるサウンドノベルの機能は網羅しました。
手前味噌ですがなかなか良くできたツールでした。
オンラインでプレイできるサウンドノベルツールとしては、おそらく日本初だったと思います。
ゲームそのものではなく「ゲームを作るツール」ですので、大してヒットしたわけではないのですが、PC 雑誌の CD 付録の常連にもなりまして、実際にゲームやら小説を公開してくれるユーザーも現れました。
現在は、残念ながらブラウザのセキュリティ向上や進化についていけず、アップデートは止まってしまいまして、利用できなくなってしまいました。
それでも仲間内ではかなり盛り上がりまして、ちょっと前まではオタク文化にまったく理解のなかったはずが、とうとうコミケへの参加も果たしました。
その後、秋葉原にある、とある会社さんからお声がけを頂きまして、自分でもサウンドノベルの原作を手掛けることになりました。
残念ながらその会社さんの担当部署そのものが解体されてしまい、プロジェクトは頓挫、実現することはなかったのですが、せっかく書きかけた原稿は供養として少し書き直し、自分の運営するサイトで公開しました。
それもこれも、何もかも全部ゆう君のせいです。
あの日あの時、彼がゲームを持ってこなければ、きっとぼくは今でもマンガやアニメ、ライトノベルへの素養がないまま生きてきたことでしょう。
▽
昨日、ふと思い立ってデータを引っ張り出してきて読んでみました。
一昔前の自分の文章は、ひどく稚拙で目も当てられませんが、なんとかしてライトノベルらしい文章を書こうと四苦八苦している様子が見て取れまして、「若けぇな……」と何とも言えない気持ちになりました。
今でも決して上手とは言えませんし、相変わらずラノベらしい文章が書けずに四苦八苦していますが、それにしても酷い。
それでも、これらのコンテンツが今の自分をかたち作っているのだなぁ、と思うと無碍にゴミ箱にポイする気にもなりません。
それもこれも、全部ゆう君が悪い。
ぶっちゃけた話、かなり感謝しています。
▽
そうして掘り出してきた作品群の中に、拙著「魔物の森のハイジ」の元になった小説があります。
ファンタジーではなく、第二次世界大戦前後あたりが舞台の恋愛ものです。
目下、カクヨムで改訂版を公開するかどうかで悩み中です。
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