妄想の生まれる場所

 たぶん皆さんみんなそうだと信じたいのですが、子供のころって現実と想像の見分けがつかなくなったりします。


 考えてみればこの「ちよろず」の話のいくらかは、現実に混入した妄想のたぐいかもしれません。


 でも、ぼくにしてみればまちがいなく現実です。

 もちろん、大人になってから「あ、あれって多分妄想だ」と気づいてしまった体験なども沢山あります。

 ですが、そういうのはなるべくここには書かないようにしています。


 なぜって、現実ではないと確定してしまえば、それは嘘になるからです。


 だからぼくは「あれは妄想だったのか」とようにしたり、あるいは「どう考えてもあれは妄想じゃない」と信じられたものだけをピックアップして書いています。

 あるいは、妄想そのものではなく、それにまつわるストーリーですね。


 じゃなきゃ、わけのわからん話はなんぼでもあるんですよ。

 困ったことに。


 ▽


 たとえばこんな話があります。


 近所にちょっと大きめな川がありまして、毎朝その横をウォーキング(というかただの散歩)しているのですが、その川につながるコンクリートのトンネルのようなものがあります。

 雨水を川に流すためのものだと思うのですが、よくは知りません。


 子どもの頃、格好の遊び場を見つけたと思ったぼくと悪友たちは、そこに秘密基地を作りました。

 この体験が「秘密基地は大迷宮に」に繋がっています。


 ですが、実際はちょっと怖い体験でした。

 奥に行くと、なんと大人の男の人に遭遇したのです。

 市の職員さんとかではありません。

 ボロボロの格好をした人でした。

 なにやら生活感のあるゴミやらライトやらも置かれていて、ぼくたちはひどくびっくりしました。

 男の人はぼくたちに「ここは俺の場所だ! 出ていけ!」とどなりました。

 ぼくたちは悲鳴を上げて逃げ出しました。


 それからは、そのトンネルには近づいていません。


 ▽


 ……という話なのですが、どうでしょうか。

 子どもにとってはかなりインパクトのある体験だと思いませんか。

 それに、ちょっと危険な話でもあります。


 ですが、不思議なことに、ある程度大人になってからその話を持ち出すと、何故かのです。


 そんなはずはないと思いました。

 ぼくには鮮明な記憶がありますし、おじさんの怒鳴り声も覚えています。

 トンネルの構造やら匂い(酷く臭かったです)、ジメジメした空気なんかも覚えています。

 あと羽虫にたかられたり、水草の腐ったものがぶら下がっていて通るのに躊躇したりもしました。


 実際、今もその穴は存在していますし(金属の蓋がかけられています)、あんな強烈な体験を簡単に忘れるはずがないだろうと思いました。


 これはもしかすると、何かの陰謀なのでは?

 あれから友人たちはあの男性と何らかの関わりがあって、黙っているように釘をさされたのでは?

 それならぼくだけ見逃された理由は?


 ……などと色々考えてみたのですが、よくよく考えたらその記憶、妄想でした。


 なんせ、トム・ソーヤーの話に酷似しています。

 ちょうどマーク・トウェインの小説にハマっていた頃で、トム・ソーヤーがベッキーを連れて洞窟に入るところを読んだとき、頭の中で「近くに洞窟があったな」と空想したことを思い出したのです。


 その空想があまりにリアルだったので、いつの間にか現実に混じり合っていたのでした。

 その事に気づいたときには、さすがに自分でも自分のことをちょっと気味が悪いと思いました。


 子供の頃のぼくは、一事が万事そんな感じでした。


 ▽


 さて、そんなぼくも体だけはちゃんと大人になりまして、へんな空想に惑わされることはなくなりました。


 子供の頃に掛かったお医者様の「この程度の空想癖なら普通です。おとなになれば自然に治ります」という言葉は、どうやら正しかったようです。


 ……と思っていたら、先日思いっきり空想が現実に混じり合う瞬間を体感してしまいました。


 おい!

 大人になったんじゃなかったのかよ、おまえ!


 ▽


 話は変わりますが、ぼくはシャーロック・ホームズが大好きです。

 ホームズをモチーフにした映画やドラマもたくさん観ました。

 ぼくはジェレミー・ブレットさんがホームズ役をしたシリーズが一番好きなのですが、ご存知のとおり悪食ですので、現代版とかファンタジー版も全然抵抗なく楽しめます。

 先日も、スーツフェチの娘に勧められて、とある現代版ホームズのドラマシリーズを観はじめました。


 ホームズならご存じの方がほとんどだと思うのでネタバレにならないと信じて書きますが、ホームズは一度死んで、復活します。

 初めて原作のそのシーンを読んだときは、小学生ながら「んなわけあるか」と思ったものですが、コナン・ドイル氏にしても「んなわけあるか」と思いながら書いたらしいので、それはまぁいいでしょう。

 問題は、現代版ホームズのそのシーンです。


 シーズン4まで作られているその作品ですが、シーズン2でホームズは原作通り転落死し、シーズン3で復活を遂げるわけです。


 ぼくはシーズン2を見終わったあと「シーズン3ではどうやって復活するんだろう?」ということで頭がいっぱいになりました。


 さすがにそこは原作の通りのはずがありません。

 あんなトリックだと、現代だと SNS で袋叩きに遭います。

 シーズン2の衝撃のラストシーンを見る限り、ホームズが一度死んだのは間違いなさそうです。


 色々想像しているうちに夜になりまして、脳内である程度のオチが完成しかけたところで眠りにつきました。


 翌日、ぼくは娘に言いました。


「流石にシーズン3のアレはないよな」

「は?! 先に観ちゃったの?! 一緒に観る約束だったのに!!」

「……あれ?」


 しばらく考えて、ぼくは気づきました。


 おい、完全にシーズン3を観たつもりになってるけど、実際は観てないぞ!


 


 ▽


 この愉快な体験は、しばらくのあいだぼくを楽しませてくれました。

 おかげでシーズン3を観るのが遅れました(もったいなかったのです)。


 ですが、流石はプロの手による作品。

 本物のシーズン3はぼくの妄想の100倍くらいはおもしろかったです。

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