目玉焼き

 読み終わった本はどうされていますか?

 ぼくはよほど気に入ったものでない限りすぐに売ってしまうのが常です。

 たぶん本の読みかたが雑で、質より量なところがあるからだとおもいます。


 だから、自然と家にある本は全部「これ好きー!」となって手元に置いておきたくなったものばかりになります。


 本棚というのはその人の人となりをかなり如実に表してくれるとおもいます。

 だから本棚を人に見せるのはちょっと気恥ずかしいです。

 ふだんから「ちよろず」で恥をかいた話ばかり公開しているくせに、内面を深く見られるのはやはりちょっとだけ恥ずかしい。


 ちょうど水着とパンツの関係に似てるとおもいます。


 ▽


 さて、たぶんどこのご家庭もそうだとおもうのですが、個人の本棚とは別に家庭の本棚というのがあります。

 うちだと圧倒的にレシピ本が多く、あとは古い漫画、画集、百科事典でしょうか。

 友人宅に行くと置いてある本のラインナップが全然違う。

 家庭の本棚も、その家がどんな家なのかを如実に表しているとおもいます。


 ぼくが子ども時代の本棚、つまり実家の本棚には漫画がほとんどありませんでした。

 なんと漫画を買ってもらえないおうちだったのです。

 だから子どもがアクセスできる領域には、主に絵本がありました。

 年の離れた姉と妹、海外に親戚がいる関係でかなり幅広いラインナップでした。

 両親は本をすぐに売るタイプではありませんし、思い出の本はしっかり残しておくような人たちなので、古い古い絵本がいくらでもありました。


 そのうちいくつかは引き取って(奪い取って?)手元にありますが、自分に子どもができると「あの本を読み聞かせたいなぁ」と思い出す絵本があります。


 そのうちの一つが、寺村輝夫先生の「王さまシリーズ」です。


 ▽


 両親はとにかく教育熱心なタイプなのですが、何をどうしようが言うことを聞かないバカ息子は早々に匙を投げられまして、そのぶん妹にものすごく手をかけていました。

 妹が生まれてわりとすぐくらいの頃に買い与えられたのが、寺村輝夫先生の「あいうえおうさま」でした。

 ぼくと違って頭の出来が良かった妹は、喜んでほとんど暗記しまして、そのおかげもあって、2歳頃にはひらがなの本ならスラスラ読めるようになりました。


 味を絞めた両親は「これは良い」と思ったようで、寺村輝夫先生の本をいろいろ買い与えていました。


 そんな中、何かの役に立てるわけでもなく、ただ「面白い本が増えた」とほくそ笑んでいたのが、このぼくというわけです。


 ▽


 王さまはたまごが大好物です。

 わがままで、でもどこかおかしくて、欲張りで食いしん坊な王さまが、ぼくは大好きでした。


 その影響もあって、ぼくは「たまご料理」という言葉に非常に強く惹かれます。

 両親に隠れてよくたまご料理を作って食べました。


 もともと料理は好きなのです。

 小学校に入って最初に書いた作文が「チーズ入り揚げボールを作りました」みたいな内容だったそうなので、つまり小学校入学時点で揚げ物をするくらいには料理が好きだったようです(自分ではあまり良く覚えていない)。


 家にはたまご料理の専門書なんてありませんから、作るのは目玉焼きとかスクランブルエッグとか、そんな程度です。

 ですが、火加減やら、味つけやらに気を配ると化ける(つまり思いもよらない美味しいものが出来る)ことに気づいてからは、徹底的に研究するようになります。


 変な料理をたくさん発明しました。

 白身だけ泡立てた目玉焼きとか、全卵を泡立ててバターで焼いたオムレツとか(そういう料理があることをあとから知りました)、スクランブルエッグを作ってからそれをたまごでとじるとか(割と美味しいオムレツが簡単に作れます)、材料がたまごだけですので、妙な工夫をたくさんしました。

 大体が子どもの浅知恵というか、結局ふつうに作ったほうが旨いよね、みたいな結果になったのはご愛嬌です。

 最終的には「王さまの大好物である目玉焼きとオムレツが究極だな」と考えるようになりました。


 ▽


 そんなよくわからん子どもは、おとなになって料理業界に入りました。

 コックさんではなく、教員とかレシピ開発とかの研究職です。

 研究に没頭するタイプだったので、興味があるものは手当り次第に手を出して、各業界にいろんな師匠ができました。


 その中に、もとホテルのフレンチレストランのシェフが二人います。

 どちらも本当にすごい料理を作る人で、全然ちがうタイプでした。

 片方はとにかくドッシリとした重厚なフレンチを作る人、もう片方はとにかく軽やかで繊細な料理を作る人でした。


 二人には本当にたくさんのことを教わりました。

 研究熱心な人たちで、ぼくも料理の知識のほとんどを吸い取られてしまいました。

 そんな師匠たちのぼくに対する評価はこんな感じです。


「いろんな知識が生きていて、味は非常に個性的で旨い。しかし盛り付けが劣悪」


 あー、ぼくはフレンチが向いてないなと思った一言でした。


 ▽


 その二人に付いて、朝食の作り方も徹底的に学びました。

 特に卵の扱いについてはめちゃくちゃ厳しく教わりました。

 いわゆる国際ホテルでは外国人が多いので、各国・各人の好みの卵を作る必要があるんだそうです。

 オムレツに関しては基本的に1種類作れればいいのですが、目玉焼きについては相当量のバリエーションがあって驚きました。


 味については塩と胡椒の有無と種類くらいなのですが、火の通し方、油の種類と量と使い方、焼き加減などで、なんと10種をゆうに超える目玉焼きを教わりました。

 他で覚えた東南アジア式の作り方や、日本式(これにもいくつか種類があります)のもの、マニアの開発した新しい調理法も加えると20種類くらいは作れるとおもいます(もし誰か興味があるようならどこかで書き出します)。


 卵を油で焼く。

 ただそれだけの料理にこれだけのバリエーション。


 人間ってすげぇなぁとおもいます。

 なんか白身を泡立てて「新作目玉焼き〜!」とかやってた子供時代を思い出すと、ちょっとおかしくなります。


 ▽


 子どもたちの朝ごはんに、たまに目玉焼きを焼きます。

 そのたびに、たまご好きの王さまと二人の師匠を思い出します。


 とりとめのない話で申し訳ないのですが、明日たまたま師匠の一人のお店に食べに行くので、ちょっと思い出を語ってみました。

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