はらぺこ
かつて「おばけ」というお話の中で、留学中に貧乏旅行をしていたことに触れました。
ヨーロッパには子どもだけでなく大人にも「ヴァカンス」という夏休みがありまして、ぼくの留学先も、その間は休校になります。
見聞を広げろという意味合いもあったのでしょうが、実際のところはわかりません。
もしかすると、生徒がいると食費や管理費が高くつくので、出て行ってほしかっただけかもしれません。
そんなわけで、ぼくもユーレイル・パス(ヨーロッパ中の公共交通機関が使い放題になるパス)を使ってヨーロッパ中を見て回りました。
ただ、ぼくはとても貧乏だったので、ずっとみんなと一緒に回るわけには行きませんでした。
みんなカジノに行くだとか、三ツ星レストランに行くだとか言ってますが、そんなお金あるはずがありません。
じゃあどうするかというと、お金がかかりそうなイベントになると、学友たちと分かれて一人旅をするわけです。
当時のヨーロッパはちょっと世相が荒れていたこともありまして、みんな「一人で回るのは危ないよ」と注意してくれましたが、背に腹は変えられません。
一人旅を強行しました。
ガチめの貧乏旅行です。
貧乏旅行というと、だいたいの人は「安宿、安い飯」のイメージだと思いますが、それどころの話じゃありません。
ほとんど食費ゼロの旅行でした。
野宿なんて当たり前。
「お腹を壊すから駄目」と言われていた水道水でもお構いなしに飲みました。
それでも、見てみたい街、建物、美術館なんかがたくさんありましたので、節約に節約を重ねて色んなところを回りました。
その結果、「おばけ」にも書いた通り、普通の食事が食べられないほどに衰弱したわけですが、後悔など1ミリもありません。
だから当時の印象を簡単に言うと「面白くて、はらぺこ」でした。
▽
さて、なんでそんなに貧乏だったかというと、ドイツに向かう途中に立ち寄ったストラスブルグで、印象的な人形を見つけたからです。
ストラスブルグといえばフランスとドイツの国境で、かの「最後の授業」の舞台にもなった場所です。
バリバリの観光地ですが、ぼくはお土産屋さんではなく、現地の人達が利用するお店を尋ねるのが常でした。
その日も裏通りをフラフラしておりまして、あるお店でとある人形を見つけました。
詳しい話は抜きにしますが、アーモンド・マルセルという古い工房の人形のレプリカでした。
ぼくには年の離れた妹がいるのですが、その妹へのお土産にちょうどいいと思いました。
レプリカだから安く変えるだろうと思い、お店のおばさんに声をかけました。
「この人形がほしいんだけど、いくらですか」
「3万円だよ」
「(うわ、思ったより高い……)あの、少し安くなりませんか」
「うちは土産物屋じゃないんだ。無理だね」
「(じゃあ、旅行中に節約して3万円残すことができればまた買いに来るか……)なら、1ヶ月ほど置いといてくれませんか?」
「それなら良いよ。一ヶ月だけ待ってやろう」
とまぁ、お互い下手くそな英語で約束して、ぼくはお店をあとにしました。
いっそぽんと払ってしまおうかと思ったのですが、万が一お金がないせいで死んだりしたら困りますし、旅行中にビスクドールを持ち歩くのもちょっとなぁと考えたぼくは、一ヶ月だけ待ってもらうことにしたのでした。
さぁ、そこからぼくの貧乏旅行が始まります。
「なんとかなるだろう」と軽く考えていましたが、とんでもない間違いでした。
▽
3万円節約するといっても、そう簡単ではありませんでした。
そもそも、本当なら一日1000円くらいは食事に使えるはずでしたが、それを我慢することとなります。
つまり一ヶ月の断食ということになりますが、さすがにそんなことをしたら死んでしまいますので、空腹の限界が来れば飯を買い、野宿することでホテル代(というか、ユースホステル代です)を浮かせる、という二段構えでした。
もともとは、一泊3500円くらいの予算だったのですが、泊まるとしても2000円までと決めました。
いわゆるバックパッカー向けの、雑魚寝前提のユースホステルです。
もし安い宿が見つからなければ、駅などで野宿です。
何度かお巡りさんに追い出されて、深夜の見知らぬ土地を徘徊したりしました。
ただ、ぼくのほかにもバックパッカーが大勢いたので、それはそれで面白かったです。
食事は基本的に地元のスーパーか、市場で調達します。
地元の人が買うようなでっかくて安いパンとか、大量の桃を買ったりして食いつなぎました。
オピネルというフランスならどこのご家庭にもある折りたたみナイフを使って、桃を切っては食べしながら「しょっぱいものが食べたい……」みたいなことばかりずっと考えていました。
友人が一緒のときは見かねてご飯を御馳走してくれたりしましたが、何しろお返しができないわけです。
だから「奢ってもらうのは一回のみ」と決めて、それ以上は遠慮しました(それでも十分にわがままなのですが)。
ぼくという人間をよく知る学友たちは「このままではカイエは絶対野垂れ死ぬ」と思ったそうで、別れたあとにナップザックの中を見ると食べ物が突っ込まれていたりしました。
ありがたいことです。
▽
しかし、それほどまでに我慢をし、学友たちにも迷惑をかけまくったにも関わらず、どうしてもたった3万円を残しておくことができません。
空腹とは恐ろしいもので、美味しそうなパン屋さんを見かけたりすると、無意識に「一個くらい盗んでもバレないんじゃないか」などという考えが浮かんだりします。
危険です。
このままだと泥棒として逮捕されて、日本に強制送還されてしまいます。
とうとう犯罪を犯したくなさに負けて、ぼくは仕方なくまともな食べ物にお金を使ってしまいました。
気づくと、3万円残すはずが、ストラスブルグに帰ってきた頃には1万円ほどしか残っていませんでした。
これだけ苦労したのに、残ったのはたった1万円。
そもそも最初のプランからして、お金が全然足りていなかったのだと思います。
▽
ストラスブルグには、カテドラルと呼ばれる大きな教会がありまして、ぼくはそこでボーっと大道芸を見ながら放心していました。
大道芸を見るならばお金を払う必要があります。近くで見るわけにも行きませんので遠巻きに眺めるだけでした。
ジャグリングやら、バケツを使ったドラムやら、パントマイムやらで賑わい、近くに置いた帽子やギターケースにポイポイお金が投げ込まれているのを、ぼくはずっと見ていました。
その時、天啓が舞い降りてきました。
(……ぼくも同じことをやればいいんじゃね?)
たぶん空腹で頭がおかしくなっていたのでしょう。
幸か不幸か、ぼくは帽子を被っていました。
よし、と立ち上がったぼくは、ピエロだか機械仕掛けの人形だかわからない扮装のパントマイマー(女性でした)の横に立ち、前に帽子を置きました。
そして、ちらちらとプロのパントマイマーのマネをして、ゆっくりと体を動かします。
当たり前ですが、知識も才能も経験もありませんので、もう本当に単純に真似をしているだけです。
さすがにジャグリングはマネできませんが、パントマイムなら「真似事」くらいはできます。
見れば、パントマイマーのお姉さんは瞬きを我慢しすぎて涙を流しているのですが、こっちはバチバチと瞬きしながら、とにかく動きを真似しました。
最初は通行人たちに「なんじゃいこいつは」みたいな顔をされましたが、こっちは必死です。
たった500円でもいいから、間違ってお金を放り込んでくれる人がいれば、今日の飯にありつける。
そればかり考えながら、必死にパントマイムのマネごとをしました。
すると、段々と人が集まってきました。
大体の人が、プロのパントマイマーとぼくを交互に二度見し、ブハッと笑って……なんとポイとコインを帽子に放り込んでくれるのです!
(おお!)
間違いなく「なんかおかしな東洋人が、訳のわからんことをしている」と思われたのでしょう。
隣で真剣にプロのお姉さんにとっては腹の立つこと極まりないことでしょうが、観客側も心得たもので、必ずぼくの前にお姉さんにコインを投げていますし、少なくとも商売の邪魔にはなっていないようです。
チャリン、チャリンとお金が溜まっていきます。
しばらくして、お姉さんの演舞が終わります。
パチパチと拍手が起こり、ぼくも真似をするのをやめて拍手しました。
ギロリと睨まれました。
ぼくはパッと頭を下げて、謝意を表現しました。
すると、お姉さんはフッとわらって、ちょっと肩をすくめてくれました。
お姉さんがお金の入った箱を片付けるのを見て、ぼくも帽子の中身を確認することにしました。
思ったよりもたくさんの硬貨と、なんと紙幣まで入っていました。
(……うそやろ?!)
自分でも予想外でした。
なんと、ぼくの「下手」というのもさえ烏滸がましいパントマイムの真似事の対価として、日本円にして数千円ものお金が入っていたのでした。
▽
残念ながら手持ちのお金と合わせても3万円どころか2万円にも届きませんでしたが、ぼくは一応人形を置いていたお店に顔を出すことにしました。
一ヶ月待ってくれる約束をしたのに、それを反故にすることに対し、謝罪しようと思ったのです。
お店に入ると、おばさんがぼくを見て驚いた顔を見せました。
「驚いた、本当に来たよ、この東洋人」
といったようなことを言われたような気がします。
ぼくは素直に、約束が守れなかったことを謝ろうとしました。
「すみません、やっぱり3万円は残せませんでした」
「あー、いや……」
おばさんはちょっと気まずそうな顔をして、
「実は、あの人形は売っぱらっちまったよ」
「えっ」
「まさか本当に来ると思わなくてね」
「あー」
まぁ、無理もありません。
いかにもバックパッカーみたいなボロボロの格好をした東洋人の子ども(童顔なのです)が「この人形を買いに来るから、一ヶ月置いといてくれ」などといえば、信用など出来るわけもありません。
それに、社交辞令で「いいよ」くらいは言いそうです。
「そもそもあんた、男のくせになんで人形なんてほしいんだい?」
「えーと、日本に妹がいまして、お土産に……」
「ああ、あんた日本人かい。なるほど妹にね……そりゃ悪かったね」
「いえ、こっちもお金、結局ほとんど残せなくて」
「かわりに、もうちょっと安い人形があるけどどうだい?」
「買えないけど、見せてもらっていいですか?」
「ほら、これだ」
奥から人形を持ってきて見せてくれました。
アーモンド・マルセルのレプリカほどではありませんが、なかなかいいお顔の女の子でした。
「欲しいけど、もうお金なくて。それに腹ぺこなんですよ」
「また来るなら、置いとくけど」
「いくらです?」
「3万……と言いたいけれど、2万でいいよ」
「買った!」
「よし、じゃあいくらか手付金を置いていきな」
「じゃあ、手付として1万円。あとこれがぼくの住所です」
メモ帳に、さらさらとシャトーの住所と名前を書いて渡します。
「じゃあこれがうちのショップカードだ。あとで金送ってきな」
「わかりました。ありがとうございます」
「毎度あり」
「人形、今度こそちゃんと置いといてくださいね。残金払ったら送ってくださいよ」
「いや、人形は持っていけ。置いとくと売っちまうから」
「え、いいんですか?」
「送料かかるのも嫌だし、あんたならちゃんと残金払うだろ?」
「ありがとうございます」
ぼくはお礼を言って別れようとしましたが、おばさんに「あ、ちょっと待ちな」と呼び止められました。
「さっきのショップカードを渡しな」
「? はい」
ショップカードを渡すと、おばさんはそれをビリッ、ビリッ、とやぶきました。
「No problem」
と、おばさんはニヤっと笑いました。
「金はいい。妹さんによろしく」
▽
かっけぇーーー! ……とぼくは思わずおばさんに見とれました。
そもそもぼくはかっこいいおばさんとか、イケメンなおばあさんに弱いタイプなのです。
何度も何度もお礼を言いました。
できればもういちどくらいはお店に行きたかったのですが、結局行くことはできませんでした。
▽
その時の人形は無事妹にプレゼントしましたが、その妹もおとなになりまして、流石に人形をずっと手元に置いておくわけにもいかなかったようです。
結婚するときには置いていかれてしまいましたが、実家に帰ればその人形はずっと棚の上に座ってみんなを見下ろしています。
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