不法侵入
先日、古くからの友人とメッセンジャーでやり取りしておりまして、「『ちよろず』読んでるよ」と言われました。
そもそもこのエッセイは家族友人知人にオープンで書いておりますので、リアルで感想をもらうこともそれなりにありますが、一応「コメントを残すのはやめてほしい」とだけ伝えるようにしています。
というのも、身内ネタみたいになってしまうと面白くなくなるからなのですが、かわりにいろんなネタを提供してくれたりもします。
それはそのうちの一つです。
▽
かつてぼくは「これまで駐車違反以上の犯罪を犯したことはありません」と書いたのですが、それはあくまでおとなになってからの話でして、子どものころはそれはもうたくさん悪さをしました。
といっても、自分としては悪いことをしている自覚はなく、単に好奇心の赴くままに生きていただけなのですが、あとから考えればあれは犯罪スレスレだよなと思うこともあったりします。
それは、風景探しの一貫でもあり、かつ少年的冒険心の発露でもありました。
つまりどういうことかと言うと、当時のぼくは不法侵入の常習犯でした。
▽
不法侵入などというとちょっと大仰な感じになってしまうのですが、なにせテレビもゲームもないおうちで育ったぼくとしては、外で遊ぶしかないわけです。
だから、面白いものに飢えていました。
楽しそうな場所があれば、何の躊躇もなくズンズン入っていくわけです。
すでに書いた学校の備品室の占拠や、学校の隣の図書館への逃走なんかも、間違いなく不法侵入です。
しかし、友人に指摘されたエピソードはもう少し犯罪臭のする不法侵入です。
犯罪自慢をするつもりはまったくないのですが、なんとなく胸にしまったまま生きていくのも何ですので、ここで告解というか、懺悔しておきたいと思います。
ごめんね。
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当時、鬼ごっこなどで、近所のお宅の庭に隠れるなんていうのは日常茶飯事でした。
もちろん侵入先のおうちも顔見知りですので、縁側から「花壇は踏まんといてや」などと言われるだけなのですが、今考えるとあれも立派な不法侵入でしょう。
鬼ごっこといえば、近くにあったアパートのテラスや屋根なども、ほとんどただの道路と同じ感覚でした。
天井の低いアパートだったのでしょう。みんな二階からぴょんぴょん飛び降りてました。
一度勢い余ってお隣のお家の焼塀に顔を突っ込んだらシロアリだらけで悲鳴を上げたのを覚えてます。
他には、学校の近くにあったマンションの屋上などにもよく侵入しました。
友達連中と一緒に隣のマンションに飛び移る遊びをしたりしましたが、これは落下した奴がいたらしく、禁止されてしまいました。
8階建てのマンションの屋上から落ちたら死んでもおかしくない大事故ですが、足の骨折だけで済んだそうです。
ラッキーですね。
▽
そして、これは友人に指摘されて思い出したことですが、商店街のアーケードのキャットウォークにも何度か侵入しました。
例の「郷愁のたこ焼き屋」がある、神社併設の商店街です。
そこにはお店とお店の間などに、スチール製のはしごが設置されています。
子どもの手が届かないように、少し高いところに設置されていて、横のレバーを押してロックを解除すると、ガチャンとはしごが下がってくる仕組みです。
ぼくと友人は、それをまるで異世界への入り口のように感じていました。
肩車をしてガチャンとはしごを下ろし、するすると登っていきます。
スチール製のキャットウォークまで上がりまして、手すりを持ってそこを駆け回ります。
今から考えると、大人たちも止めりゃあいいのにと思わなくもないのですが、わけのわからん子どもが悪さしているのを止めるは面倒だったのか、あるいは関わりたくなかったのか(たぶんこっちでしょう)、特に止められた記憶はないのですが、アーケードは地面から見るのとは全く違って見えました。
ムッとした湿気と熱気、種明かしにも似た特別感、あとはなぜか喫茶店のような匂いがしたのを覚えています。
そんな感じでぼくたちは商店街のキャットウォークを自分たちの秘密基地のように感じていました。
これ以上人目につく秘密基地はこの世界のどこにもないかもしれませんが、当の本人たちは至って真面目でした。
▽
もう一つ、これは仲間内では語り草になっているのですが、うちから自転車でうんと急いで15分ほどの場所に、飛行場があります。
飛行場ちかくには川が流れておりまして、そこは日本でも有数の「飛んでいる飛行機を間近に、真下で見られる」というスポットでした。
よく写真家とかがカメラを構えているような、わりと有名な場所です。
そのスポットにはそのスポットでいろいろ思い出はあるのですが、今日のテーマはあくまで「不法侵入」ですので一旦脇に起きまして、主役は近くを流れている川にかかっている、ガス用だか水道だか何かわからない、ぶっといパイプです。
何のパイプなのかは覚えていないのですが、とにかく太いパイプが橋のようにかかっておりまして、メンテ用にスチール製の足場なんかもあります。
もちろん簡単には入れないようになっておりまして、堅牢な作りの入り口には「無断で侵入した者には罰金10万円」云々と書いてありました。
簡単に柵が超えられないように、トゲトゲなんかも設置されていました。
「なぁカイエ。これ向こうまで渡れんちゃうか?」
「うん、行けそうやな」
なんというか、躊躇という言葉を母親の胎内に忘れてきたぼくは、何も考えずに入り口を無視して横から侵入しました。
通路もありましたが、そのまま歩くのではつまらないので、パイプの上をバランスを取りながら渡っていきます。
少し時間はかかりましたが向こう岸まで渡りきりまして、ちょうどその時です。
「何をやってるんやーーー!!!」
見ると、なにやら帽子を被った制服のおっさんが顔を真赤にして怒鳴っていました。
ぼくは「なんでゴミ収集のおじさんがいるんだろう」などとのんきなことを思いました(ちょうど似た格好だったのです)。
しかし、ハッと思い出します。
(罰金10万円!!!)
(捕まる訳にはいかない!)
ぼくは慌てて逃げようとしますが、「待たんかーーー!!」という怒鳴り声が響きます。
「来るなーッ!」
ぼくも怒鳴り返しました。
「来たら飛び降りるからな!!」
もちろんそんな度胸はありません。
しかし、手持ちの武器が「事故になったらあんたも困るだろう、ここは見逃せ」という姑息な手段しかなかったのです。
これが効果てきめんで、オッサンも「待て! わかった! いいからゆっくりこっちに来い!」と慌てた様子です。
ぼくはすたこらと走って逃げまして、元の場所まで戻ると、そこに置いてあった自転車で全速力で逃げました。
ちなみに友人はというと、とっくに姿は見えず、ぼくを置いて逃げていました。
その後どうなったかは覚えていませんが、たぶん逃げおおせたのだと思います。
今から考えると、どこが「誰かに迷惑をかけない限り、好きにすればいい」なのか、自分でもわかりません。
考えれば考えるほど迷惑をかけまくっています。
あのときのオッサンの気持ちを考えると、いたたまれなくなります。
流石に時効だと思いますが、あれは本当に良くなかった。
本当にろくでもないガキでした。
世間に申し訳が立ちません。
ただし、その後にぼくはきっちりと不法侵入の罰を受けることになります。
▽
家からしばらく行ったところに、高速道路が通っています。
高速道路の近くには、だいたいはビルが立ち並んでおりまして、その屋上などにバカでかい看板が設置されていることも多いです。
ビルになると流石に不法侵入は厳しいのですが(入り口で捕まります)、間の悪いことに看板用の鉄塔が近所に建っていました。
下から見ると、さほど高く見えません。
そして、メンテ用だかなんだかで、丈夫なはしごがついています。
……ものすごく楽しそうです。
なんにも考えずに生きているおバカな少年カイエは、友人と遊んでいる途中にそこに登り始めました。
友人たちもやいのやいのと場を盛り上げてくれます。
何とかと煙は高いところが好きとか言いますが、あれはきっと本当のことだと思います。そもそも高所があまり怖くないぼくは、するすると上の方まで登っていきました。
簡単そうに見えましたが、思ったよりも距離がありまして、そのうちに疲れてきます。
と、ぼくはズルリと足をすべらし、一段ほど落ちました。
ドキャン! と音がしまして、顔をはしごにしたたかに打ち付けました。
両手はしっかりはしごを掴んでいたので、実際はどうということはなかったのですが、その時はじめてぼくは下方に目をやりました。
……命綱ひとつない状態で、馬鹿みたいに高いところではしごに掴まっている自分に気づき、体が硬直しました。
一瞬にしてパニックに陥りました。
「わぁーー!! わぁーーー!」
ギャン泣きです。
もう一歩も動けません。
これには友人も流石に焦ったらしく、近所にあった駄菓子屋兼たばこ屋のおばちゃんに助けを求めに行きまして、しばらくすると大人のおじさんが駆けつけてくれました。
おじさんは「よーし、大丈夫、大丈夫やから、心配すんな」などと声をかけながらあっという間にスルスルとぼくのところまでたどり着き、ぼくをカラビナだか何かで自分に接続し、ギャーギャー泣いているぼくを地面まで下ろしてくれました。
優しかったおじさんは、地面についた瞬間にぼくをぶん殴りました。
たぶん、ぼくが同じ立場だったらやっぱりぶん殴っていたと思います。
▽
その後どうなったのかなどは覚えていないのですが、酒の席になると毎回この話をされます。
もういい加減許してくれよと思っているのですが、子供時代にこれだけ迷惑をかけまくったぼくなのですから、せめておとなになった今、少しでも世の中のためになる生き方ができればいいなと思います。
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