黒■の神様

 ぼくの祖母は信心深い人でした。

 もう随分前に亡くなりましたが(100歳をゆうに超えていました)、とにかく頭がよく、また研究熱心な人で、古今東西の古い聖典について研究し、特に原始キリスト教、原始仏教、あとは珍しいところでヒンドゥー教の聖典であるマハーバーラタ、バガヴァッド・ギーターなどにも理解の深い人でした。


 いつも聖書なんかを分厚い老眼鏡を掛けて読んだり、布を縫い合わせて巾着袋を作って知人に配ったり(みんなお守り代わりにしていました)、亡くなるまでは静かに祈ったりして過ごしていました。


 若い頃の祖母はちょっと苛烈な性格で、まだ日本に自転車が珍しいくらいの時代に、振り袖を着て自転車で爆走していたそうです。

 これは今でいうと「日常でセスナを乗り回しているようなもん」らしいです。

 家が呉服屋だったので、いつも派手な服を着せられていたとのことですが、おそらく広告塔として利用されていたのだと思います。


 祖母は最後まで少女のような人でした。

 亡くなる直前には「死んだら神さまとデートするのよ」なんて言うような女性です。


 この方、ぼくの理想の女性の一角でして、ずいぶん多くの影響を受けた気がします。

 今日はその祖母の若いころの話で、つまり100年近く昔の話です。


 ▽


 このころ、祖母の住んでいた土地には「黒■の神様」という神さまがおわしたそうです。


 黒■の神さまというネーミングは、単純に黒■さんという女性にことからつけられた名前で、本当の名前は知りません。

 もしかするとナントカノミコトみたいなお名前があるのかもしれませんが、少なくとも聞いたことはありません。


 何にせよ、近所の黒■さんという薬屋さんを訪ねて相談すると、神さまが降りてきて答えをくれるのです。


 例えばこんな感じです。


 ▽


「私の息子が数日間、咳が止まらず、光熱が続いている。どうにかできないか」


 と相談しますと、黒■さんに神さまが降りてこられます。

 いわゆるトランス状態です。


 黒■の神さまは答えます。


「……隣村の誰々の家の塀の裏に、こんな薬草が3つ花を咲かせているから、その根を煎じて飲ませなさい。翌日には熱が下がり、3日で咳は止まる」


 お礼を言って(相談は無料なのですが、お礼の品を渡すのが礼儀だそうです)、隣町まで行くと、たしかになんとかさんの家の塀の裏に3つ花が咲いています。

 もらって帰り、根を煎り、煎じて飲ますと、宣託どおり病人が治ります。


 すごい。


 ▽


 他にもこんな話があります。


 未熟児だったぼくの母は体が非常に弱く、生まれてすぐに脳炎にかかりました。

 医者は早々に匙を投げ、「治療法はない」「今夜を越すのは無理だ」と言って、もう病室に近づきもしません。


 祖母は腹を立てまして、黒■の神さまに相談します。

 すると、黒■さんがいくつかの漢方をあわせて、「これを薬茶にして飲ませなさい。色の付いた汗をかくから、一晩つきっきりで拭いてやりなさい」と言われます。


 それから一晩中、祖母はつきっきりで黒い汗をかく母の世話をしました。


 結論から言うと、息子たるぼくが生まれていることでもわかる通り、母は完治しまして、医者は「あり得ない、奇跡だ」などと騒いでいたそうですが、そんなわけで祖母は黒■の神さまのことをすっかり信じておりました。


 ▽


 祖母は、そんな黒■の神さまに、息子の受験のことを相談しました。

 息子、つまりぼくにとっては叔父に当たる人ですが、この方、祖父母一家の中でも特に頭がよく、学者としても有名な人です。

 テレビでもよく顔を見まして、とある番組では名物教授として扱われていました。


 そんな叔父が若いころ、大学を受験することとなりました。


 どうせ受かるというのがみんなの意見で、祖母はよせばいいのに安心するために黒■の神さまに「息子は受かるでしょうか」と質問しに行きました。


 黒■の神さまは言いました。


「今年は諦めなさい。来年受かる」


 それを聞いた祖母はカッとなって、「この神さまは嘘つきだ」と思ったらしいです(おい)。


 というのも、もはや受からないはずはないというほど叔父は優秀で、神童として有名な人物だったのです(なんでその血がぼくに発現しないのか!)。


 祖母は黙って息子を送り出しましたが、なんと、京都の旅館で集団食中毒事件が起き、叔父は入院。

 受験どころではなく、あっさり浪人が決まったんだそうです。


 聞けば、そこで出たお刺し身だかなにかで当たったらしいのですが、それなら黒■の神さまも「刺し身は食うな」とか言ってくれればいいのにと思わないでもありません。

 しかし、とにかくまぁそんなわけで、黒■の神さまの言うことは間違いがないということで、祖母はますます黒■の神さまを信頼していたようです。


 ▽


 さて、この黒■の神さまという方、なんでそんな地道な活動をしているのかと訪ねたことがあるそうです。


 曰く、「私は神としては未熟である。故に、たくさん人助けをして、神格を上げたいのだ」とのこと。


 しかし、すでに黒■の神さまの名前はほとんど誰にも知られていません。


 ぼくは子供のころに何度も話を聞かせてもらったので覚えていますが、残念ながら黒■の神さまの「神格を上げたい」という目的は果たせなかったようです。


 でも、ぼくがこうして生きているのも黒■の神さまのおかげという部分もありますし、せめてこうして文章化して語り継いでおこうと思った次第です。


 ▽


 明治、大正、昭和初期には、こんな不思議な話がいくらでもあったようで、ぼくが聞かされただけでも相当数あります。


 まずは第一弾として、100年前に人々を助けて回った黒■の神さまの話を公開させていただきました。


 この手のお話が需要があるようでしたら、また他のお話も書かせていただきます。

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