オバケ再び

 ぼくには霊感がありません、ということは「オバケ」という話で書きました。

 見たことがないというのも本当で、ぼくは一度でもいいからオバケを見てみたいと思い続けています。

 まぁ実際は見た瞬間にビビりまくって動けなくなるのかもしれませんが……期待するくらいいいじゃないですか。


 でも、これまで「もしかしてオバケ?」と思った体験はいくつかあります。

 今回は、続・オバケということで、割と最近のお話をさせていただきます。


 ▽


 ぼくは山が好きです。

 子どもの頃にボーイスカウトに入っていたのも理由かもしれません。

 みんなでワイワイガヤガヤ登山するのもいいですが、どちらかというと一人か二人ていどで黙々と登ったりするほうが好みです。


 でも、大人になって家庭ができると、なかなか山に出かけることもできません。

 時間を作るのも大変ですし、自分が留守のあいだ、奥さんだけに負担がかかるのも抵抗があります。


 それでも、人間ちょっと独りになりたい瞬間なんかもあります。

 そんなとき、ぼくは庭にテントを貼ります。

 冬の寒い日なんかにコット(簡易ベッド)と寝袋で寝ると、ものすごくスッキリします。


 うちは旗竿地のかなり奥まったところにありまして、外からは家も庭も見えません。

 だから、夜になるとシーンと静まり返り、なんなら木々がざわざわする音しかしませんので、インスピレーションを働かせると山にいるように錯覚できます。

 実際は街中なのですが、そこは想像力でカバーです。


 オイルランプの光の中、シングルバーナーなどでちょっとした食事を作ったり、コーヒーを飲んだり、本を読んだり……まぁ、道具さえ持っていれば、ものすごく簡単に、ほとんどお金もかけずにちょっとした旅行気分を味わえるわけです。


 というわけで、ぼくはたまに庭のテントで寝る、という生活をしていました。


 子どもたちが深夜のラーメンを目当てにちょくちょく顔を出しにくるので、あまり一人の時間という感じはしませんでしたが、庭キャンはとても良いものだと思います。


 ▽


 さて、そんなふうに庭で過ごしておりまして、ぐーすか寝ておりますと、たまに人の気配がします。


 だいたい3時以降です。

 具体的には、人の足音が聞こえるのです。


 ざく、ざく、ざく、ざく……と、ゆっくりですが、どう考えても人の足音だろという感じの砂利の音が聞こえます。

 そしてテントのまわりを回るように、音は続きます。


 当然ながら目が覚めます。


 うちは奥まった場所にありますし、庭については門があるわけでもない、ただの空き地みたいなものですので、いくらでも外から入ってこれます。

 実際、たまに間違えて迷い込んでくる人もいますし、犬の散歩に入ってくるひとも見たことがあります。


 でも、テントの周りをうろうろされるのは、さすがに危険を感じます。


 もし強盗だかだったら?


 すぐ隣の家には家族もいるわけで、もし不審者であれば、ここで止めるのが自分の役目です。


「誰?」


 声をかけます。

 不審者であれば、それで逃げるでしょうし、間違えても家のほうへ向かうよりは、道路方面へ行くはずです。


 足音が止まります。


 もちろん念のために、ぼくの手にはナタとハンマーが装備されています。

 これなら相手が武器を持っていても、ナイフ程度であれば渡り合えるはずです。

 ぼくはどんくさい人間ですが、これならみすみす殺されはしないだろうと覚悟を決めます。


 そのままジッパーをジャーっと開けて、警戒しつつも飛び出します。


 ――誰もいません。


 庭にも、家の近くにも、道路にも、人が潜んでいる様子はありません。


 ぼくは拍子抜けして「なんだ、ただのオバケか」と思って、もう一度寝袋に潜り込みました。


 ▽


 こうことは数回ありました。

 毎回ではありませんが、わりと何度も経験しました。


 足音じたいが気のせいなのではないかと思ったぼくは、まずよく聞いて、足音のする方向を確認してから飛び出すのですが、人(またはオバケ)を見かけたことはありません。


 ただ、なぜかあんまり怖くは感じないのです。


 よく、オバケがいると意味もなく怖くなるとか、寒くなるとか、生臭くなるとか色々言いますが、そんな感じは全くしません。


 なんなら「足音がする理由が知りたい」と思っていました。

「なんだ、オバケか」などと言っていますが、フランスでのオバケ体験がありますので、今回も「どうせなんか理由があるんだろうな」と思っていましたし、なんならちょっとワクワクしていました。


 なんだろ、これ。


 謎が解けたのは、だいぶ経ってからのことでした。


 ▽


「庭になんかいる」


 ある日、奥さんから報告をうけました。

 もしや強盗でも?! と、すぐに110番するように頼んで、護身用として置いてある巨大なガーデンフォークに手を伸ばすと、奥さんは「武器はいらない」と言います。


 ?????


 とりあえず見ろと言われたので、そっと見てみると、確かに何かいます。


 それは、はるか昔からこのあたりに住んでいた、イタチでした。

 二匹いましたし、おそらくはカップルなのではないかと思います。

 庭でぼーっとしてたりするとたまに目があう、キュートで臭っせぇ小動物です。


 イタチたちはぼくのテントに体当たりしたかと思うと、テントの上のほうまで駆け上がったり、滑り落ちてきたりします。

 ぼくのテントはコットン製のモノポール(くっそ古い)なので、ちょうど滑り台のようにシューっと滑ることができます。

 キキキ、キャッキャとものすごく楽しそうに、テントを登ったかと思うと滑り落ちる、という遊びを、二匹のイタチが夢中になって繰り返しています。

 どっちが高くまで駆け登れるか競争でもしているかのようです。



 なんじゃありゃ。

 こんな街中で、まんが日本昔ばなしみたいな光景を見せてくれるじゃないか。



 とりあえず邪魔するのも野暮かと思い、お茶を入れて奥さんとそれを眺めていたのですが、そのうち二匹は飽きたのかその遊びをやめ、そのあと、驚くべき行動を見せました。


 ぴょん、と片方がジャンプして一歩進むと、もう片方もぴょん、とジャンプします。

 交互にぴょん、ぴょん、とジャンプしながら、テントの周りを回ります。


「……ああっ?!」


 思わず声が出そうになりました。


 イタチのジャンプ走法は、ちょうど人間が歩くかのように、じゃり、じゃり、じゃり、と断続的に響いてきます。


 なるほど!

 あの足音、イタチの遊んでる音だったのか!


 つまりぼくは、イタチに化かされて、鉈とハンマーで武装しながら「誰だ!」とやっていたわけですね。


 面白すぎます。

 なんだか楽しくなりまして、ぼくはしばらくゲラゲラと笑いころげました。


 ▽


 謎が解けてよかったです。

 面白いものも見れましたし、ぼくのテントが二匹のイタチカップルにとって良い遊び場になってくれてたのも、なかなか良い体験になったと思います。






 でも、ちょっと待てよ。


「誰?」と声をかけたあと、イタチが立ち去る音なんてしたっけ……?


 砂利敷の空き地で耳を済ませていたけれど、もしイタチが逃げたなら、多少なりとも音がしたのでは?


 それに、テントに人がいることくらい、イタチにわからないはずはありません。

 そんな彼らにとって危険な場所のまわりを、テント自体に手は出さずにぐるぐると回るようなことをするでしょうか。


 ▽


 というわけで、あの足音がオバケだったのかイタチだったのか、あるいはイタチのオバケか、はたまた全く違う何かだったのか、いまだに確証はありません。



 謎のまま生きていこうと思います。

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