ポモドーロとフランスパン

 仕事の効率化テクニックのひとつに「ポモドーロ・テクニック」というのがあります。

 かなり古くからある有名なテクニックなので、ご存じのかたも多いでしょう。

 

 一応念のために説明しますと、ポモドーロ・テクニックとはキッチンタイマーを使った時間管理術で、たとえば「25分間仕事や勉強に集中し、5分間休む」というふうに時間を区切り、集中力を持続させるテクニックです。


 ポモドーロとは言うまでもなくトマトのことです。

 変な名前ですが、もともとは考案者のフランチェスコ・チリッロさんが使用していたキッチンタイマーがトマト型だったことに由来します(Wikipedia しらべ)。

 

 Wikipedia で調べると、名前の由来になったキッチンタイマーの写真があります。

 なかなか可愛いキッチンタイマーです。


 ▽


 さて、これはそんなテクニックが日本ではまだほとんど知られてないくらい昔の話です。


 ぼくは例によってよくわからないビジネス書だかなんだかで読んで、これを知りました。


 しかしその本には、ちょっとだけ間違ったことが書かれていていました。

 曰く「定期的に様子を見なくてはならないトマトソースに由来する」みたいなことが書かれており、ぼくは騙されて、それをすっかり信じこんてしまいました。


 そして、これはきっとそのビジネス書の作者さんも予想してなかったと思うのですが、ぼくは「原点に立ち戻って、実際にトマトソースを作りながら作業をすると作業が捗るかもしれない」と思い立ちました。


 単にキッチンタイマーをセットするだけでは、と考えたのです。


 とんだ原理主義者もいたものです。

 

 実際、程よい緊張感により、ものすごく仕事が捗りました。

 美味しいトマトソースもできて、一石二鳥です。


 でも、トマトソースばっかりそんなにたくさん作ってられません。

 お金もかかるし、晩ご飯のメニューも限られてしまいます。

 うちはイタリア料理店ではありません。

 そんなに毎日トマトソースばっかり食ってられません。

 

 普通ならこのあたりで「キッチンタイマーを使うだけでいい」と考えるべきなのでしょうが、なにせバカなので「どうせなら何かを作りたい」という気持ちが先行します。

 

 そこで考えたのが、「トマトソースじゃなくても、定期的に世話が必要な料理だったらなんでもいいのではないか」ということです。


 ▽

 

 ぼくはトマトソースを作る代わりに、パンを焼くことにしました。


 パンは小一時間に一度ていど世話してやれば十分で、多少発酵過多でも、ベンチ不足でも、自分たちで消費するぶんには大きな問題がないことを経験上しっていました。

 

 これが普通の菓子パンとか惣菜パンとかならまだ良かったのでしょう。

 あんぱんとかクリームパン、コーンマヨパンみたいなのを量産したなら、家族もきっと喜んだでしょう。

 

 でも、ぼくが選んだのは、よりにもよってハード系のフランスパンでした。

 

 毎日パンを焼きました。

 パカっと割れたエッジの効いたクープ、蜂の巣状のクラムを夢見て、オーブンに焼き石を入れ、温度計と睨めっこして、毎日毎日飽きずにパンを焼きました。

 

 しかし、これがめちゃくちゃ難しいのです。

 なんだかのっぺりとしたフランスパンもどきを量産して、毎日凹みました。

 食べればまぁ、なんとなく美味しい。

 焼きたてですし、サンドイッチとかにすればそれなりにイケます。

 でも、のっぺらぼうみたいな不細工なフランスパンは、ぼくの目指すところではありませんでした。

 まいにち「ぐぬぬ」みたいな顔をしながらフランスパンを焼いていました。

 

 しまいには「これはもしかしてオーブンがだめなのでは?」と思い、たまたま型落ちで安くなっていた、ちょっといいオーブンを購入しました。

 これは正解だったようで、クープがバカーン、とまでは行きませんが、ようやくフランスパンらしい見た目になってきました。

 

 ▽

 

 お忘れかもしれませんが、これはぜんぶ仕事中の話です。

 当然です。

 なにせこれは「集中力を高めるテクニック」なわけで、仕事効率化が最たる目的なわけです。


 職場にはいつもパンの香りが漂っていて――などと言うと「いい職場だね」と言ってもらえそうなのですが、残念ながらうちはパン屋ではなくプログラム系の会社です。


 オンライン会議の途中に「すみません、ちょっとパンのガス抜いてきます」などと言って退室するようなアホは、たぶん IT 系の業界ではぼくくらいだと思います。


 ぼくという人間をよくご存知のクライアントさんたちはみんな笑って許してくれましたし、それで仕事が来なくなったということも一切ありませんが、今から考えると「よくみんなこんなのと付き合ってたな」と思います。


 すごい。

 

 そのかわり、ぼくはクライアントさんから多少の無茶を言われても、文句も言わずに二つ返事で対応するようにしています。


「このトラブルを明日の昼にまでになんとかしてほしい」みたいな仕事が来たりしますが、だいたい二つ返事で対応させてもらってます。


 あと、事務所に来られる時は、食べたいもののリクエストを聞いて振る舞うようにしています。

 パスタとか、ピザとか、はたまた二郎系ラーメンとか、色々振る舞いました。

 

 本当にプログラムの会社なのか、ぼくもクライアントさんも「?」となっています。

 

 ▽

 

 さて、そのうち、さすがにパン作りも飽きてきて……というか、仕事に集中するためのテクニックなんて特に必要なかったことに気づきまして(もともと集中力はあるほうなのです)、仕事中にパンを焼くという変な習慣は終わりました。

 

 今ではフランスパンは近くの美味しいお店で買いますし、家で焼くと言ったら、せいぜい食パンかハンバーガーバンズくらいです。

(アメリカ風のハンバーガーを作ろうと思ったら、理想のバンズが存在しなかったので、それだけは必ず自分で焼いています)


 簡単でとても美味しいです。

 手順さえ間違えなければ、誰が作っても同じパンになると思います。

 フランスパンとはえらい違いです。

  

 ▽

 

 この話を書こうと思ったのは、今まさにハンバーガーバンズの生地をニーダー(パン生地を捏ねる機械)に捏ねてもらっているからです。

 

 今はちょうど大きなヘルプ要請が来て忙しい時期で、なのに何度も待ち時間が発生するので、合間の時間にパンを作りながらこれを書いています。

 

 そして、先ほどクライアントさんから「会議したいんだけどいける?」と聞かれたので「もうすぐパンが捏ね上がるので15分ほど待ってください」と答えたら「またか」みたいなことを言われました。

 

 何も成長しとらんなこいつと思われているに違いありませんが、今日はたまたまです。

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