首無しドラキュラは夜歩く
小学生のころ、市の教育委員会から読書感想文を表彰されたことがあります。
といっても大した賞ではなく、同じ学校でも他に何人も受賞者がいるような、小さな小さな賞です。
今回は、その読書感想文が巻き起こした事件と、その顛末について語ってみようと思います。
▽
その読書感想文は、夏休みの宿題でした。
これまでに何度も書いてきました通り、ぼくは勉強が――というよりはやりたくないことをやらされるのが大嫌いでした。
算数の宿題と漢字の書き取りがめちゃくちゃ面倒くさかったです。
計算自体は嫌いではなかったし、当時の学年の内容ならそう難しくはないのですが、適当に書いたらバレるというのは一番厄介なところです。
漢字も最悪です。あれは刑務作業です。しかも給料が出ません。
理科は教科書の内容が面白かったのでだいたい覚えていたのであまり問題になりませんでしたが、植物を育てる系のやつは最悪でした。
社会科(今は小学3年まで社会科がないんですね。びっくりしました)が面倒臭かったです。
たしか近くの遺跡に行って、竪穴式住居のレプリカかなにかを適当に写生してギリギリなんとか終わらせた気がします(毎年それで場を濁していたのです)。
自由研究もどうでもいい絵をそれっぽく描いて提出したような気がします。
徹頭徹尾、やりたくないことから逃げ続けていたわけですね。
それでも、それら全部、夏休み最終日ギリギリですが、まぁなんとか終わらせることができました。
問題は絵日記と、読書感想文でした。
全く手をつけていませんでした。
▽
読書感想文。
なんなんですかね、あれ。
そもそも物語の感想は、読んだ人の究極のプライベートであり、おいそれと人に強制していいものじゃないと思います。
もちろん紹介したいと思うなら紹介するべきです。
読書感想文それ自体が悪いとは全然思いません。むしろ人の書いた感想文は大好物ですし、素人物書きの端くれとして、感想をいただくのは最高のご褒美です。
問題は、なぜそれを強制されなきゃいけないのかってことです。
そのころは「霧のむこうのふしぎな街」や、佐藤悟先生の「コロボックルシリーズ」などにハマっていたのですが、この世界の美しさを文章にして学校に提出するですと?
悪夢です。
作文自体はいいのです。
なんなら、特に言いたいことも書きたいこともなく、400文字詰め原稿用紙数枚程度なら適当に埋められます。
先生がたはこういうのがお好きなんでしょう? みたいな作文を適当に書いてその場を濁すようなことがぼくは得意でした(そういう小賢しいことをするのです)。
でも、学校に押し付けられた義務なんぞのために、なぜぼくの心象世界を文章に
大体において、小説なんていうものは、楽しむためにあるのです。
読書感想文なんていう宿題はナンセンスです。
そんなもの、書きたい人が書きたいときに書けばいいのです。
読書を楽しくなくさせるためにあるようなものです。
押し付け反対。
というわけで、ぼくはとんでもない暴挙に出ました。
▽
ぼくは、読んでもないどころか、この世に存在しないものがたりを捏造し、あたかもそれを図書館で借りてきたような顔をして感想文を書いて提出しました。
実際は違うタイトルなのですが、「首無しドラキュラは夜歩く」みたいな感じのタイトルです(検索しても出てきませんでしたが、どこかのデータベースに残っていたら個人が特定されてしまうので、ちょっとだけ改変しています)。
内容は、どこかに自分の首を置き忘れてきて、それを探し回るドラキュラ伯爵が、お腹が空いて人を襲うが失敗する、みたいな感じの話でした。
我ながら頭がおかしい話だと思います。
細かいストーリーなんて考えていませんので、かなりざっくりしたあらすじを書いて、それから自分がどのように感銘を受けたか、好きなシーンやお気に入りのセリフ、そして作者(これも適当な名前をつけたんだと思います)の気持ちなんかを捏造しました。
それがどう間違えたのか、賞を取ってしまいました。
もちろん焦りました。
これ、どうしよう。
▽
どうしようもありませんでした。
朝礼で表彰されまして、それから「この本探したんだけど、見つからなかった。どこで借りたのか?」といったことを先生に聞かれました。
さあいよいよまずいです。
最初は「違う県にいる祖父母の家の近くの図書館で借りた」ことにしました。
「なら、取り寄せられるね」と言われ、当然ながら目が泳ぎまくります。
先生はそのうちぼくの様子がおかしいことに気づき始めます。
この先生こそが、ぼくの天敵だった絵本作家の先生だったのですが、最終的に捏造がバレました。
先生がたに囲まれて、こっぴどく怒られました。
ぼくはワァワァと泣きましたが、先生がたも泣きたかったと思います。
きっと、あの時ばかりはその場にいた全員の気持ちは同じだったはずです。
おい、存在しない話の感想文で賞なんてもらっちゃったぞ。
これ、どうしよう?
▽
どうしようもありませんでした。
ぼくとしては単純に賞を辞退して終わりにしたかったのですが、残念ながらそれは認められませんでした。
折衷案として、先生がたから提示されたのは「その作者の名前を自分のペンネームにして、感想文どおりの話を自分で書け」というものでした。
時系列はおかしくなるが、実在する小説の感想文ということにすれば、まぁ許されるんじゃないか? と。
いや無茶言うなや。
無理に決まってるやろ。
お前らの目の前で泣いてるぼくは、やりたくないことをやらないためなら、どんな苦労も厭わない男だぞ。
とぼくは思いましたが、両親にチクられ、もちろんこっぴどく叱られ、姉に爆笑され、ぼくは仕方なく「首無しドラキュラは夜歩く」を執筆することになりました。
それまで書いたことのある話なんていうのは、せいぜい学校の授業で書かされた「将来の夢」とか「一円玉が一生懸命旅をする話」とか、そんなもんです。
言うまでもなく、ちゃんとした小説なんて書いたことがあるわけありません。
それでも、ぼくは泣く泣く、イヤイヤ、必死に抵抗しながらも、「首無しドラキュラ」をなんとか書き上げて先生に提出したのでした。
できた作品の酷さに凹み、登校拒否になりかけましたが、とりあえずそれでことなきを得ました。
しかしぼくは、この世界でもっとも面白くない小説をこの世に生み出してしまった自責の念に打ちのめされ、一生小説なんか書くもんかと心に誓いました。
この話には教訓になる要素など何一つありません。
ただ、カイエ少年はおのれが楽したかったばかりに吐いた嘘の結果を、苦い思いで刈り取ることになったという暴露話です。
▽
最後のオチとして、絵日記も一日で適当に書き上げた捏造であることがあっさりとばれました。
カイエ少年は再び、先生がたにめちゃくちゃに叱られたのでした。
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