逃避行100メートル

※ 再掲です。変更などはありません。


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 本は好きだけど、勉強は嫌い。

 一言で言えば、ぼくはそんな子供でした。


 中学のはじめまでは、成績も悪くありませんでした。

 理由は、年度はじめに教科書を配られたらすぐに全部読破していたからです。

 全ての教科、全ての授業、全ての宿題が復習という状態です。

 と言っても、宿題なんてろくに提出しませんし、授業もサボり気味でしたので、内申点はズタボロ、テストの成績だけ良くても、先生がたの印象は最悪でした。


 あと、教科書を読んだだけで問題が解けるのは、せいぜい中学一年生までです。

「熱心に勉強をする」という習慣をつけることができなかったぼくは、中学二年生あたりからどんどん落ちこぼれていきます。


 知的キャラを目指していたぼく(詳しくは「ちよろず」本編「あだ名遍歴」参照のこと)としては、テストでいい点数が取れないのは業腹でしたが、読書は現実逃避にもうってつけでした。


 こうして、楽しい楽しい落ちこぼれ街道を、追い越し車線で爆走したのがぼくの青春時代というわけです。


 ▽


 小学生のころ、授業が嫌で嫌で仕方ありませんでした。

 なんでたった1〜2ページのことを、45分もかけてあーだこーだとやらないといけないのか、本当に理解に苦しんでいました。


 いいからだまって最初から最後まで続けて読ませろ。

 勉強なんて、教科書を十回も繰り返し読んだら、誰でも何とかなるだろ。


 というわけで(どんな嫌なガキだ)、ぼくはたびたび教室を抜け出して、学校の図書室に逃げ込んでいました。


 でも、すぐに見つかります。

 当たり前です。

 当時は体罰なんかも当たり前で、先生に耳をちぎられそうになるほど引っ張られ、泣き喚きながら教室に戻されたものです。


 もちろん友人たちには笑われます。

 気になっていた女の子にも笑われます。

 それでも、授業に出るよりははるかにマシです。

 多少の体罰はあれど、殺されるわけでもありません。


 当然ながら諦めたりするはずはありません。


 ぼくの通っていた小学校には「新校舎」なる真新しい建物がありまして、そこには時計塔もありました。

 時計の整備室には流石に入れませんが、最上階である四階と整備室の間に、使わない机や椅子、移動式の黒板などの教材をしまっておく倉庫がありました。

 ガラス窓が大きくて、非常に明るい空間です。

 鍵はかかっておりましたが、当時のぼくは悪知恵が働くタイプのクソガキでした。


 そもそも、学校の鍵なんてものは、ちょっとした工夫で簡単に開くものです。

 おそらく、何かまかり間違って子供を閉じ込めてしまうようなことがないように、開きやすく作ってあるのだと思います。


 クソガキである少年カイエは倉庫の扉の鍵を定規を使って開け(簡単でした)、中に入り込んで授業から逃げることを覚えました。


 さすがに先生方もここにいるとは気づかなかったのでしょう。

 最初のうちはうまくいきました。


 そのうち、捜査の手が倉庫あたりにまで及びますが、ぼくは倉庫にある机の裏などに隠れ、それもうまくやり過ごしました。

 スリルもありました。

 スリルって、高ぶると勝手に笑い声が出たりします。

 必死に笑い声を抑えながら、こそこそと隠れていました。


 図書室の本を持ち込んで、悠々自適の生活が始まります。

 親友数人以外には秘密にしていたので、学校に自分専用の書斎があるような特別感がありました。


 しかし、ある時ぼくは軽い熱中症を起こしてそこで動けなくなりました。

 日当たりがいいのが災いしたのか、夢中になりすぎて水分をとらなかったのが悪かったのか、とにかくぼくは気絶して、夜になって先生に発見されるまでそこで寝こけていました。


 ぼく専用の書斎は取り上げられてしまいました。

 ちょっとありえないくらいこっぴどく怒られたので、ぼくはもうその書斎を使おうとは思いませんでした。


 ▽


 その後、ぼくはもっといい隠れ家を見つけました。

 ぼくの通っていた小学校の隣には、市立図書館が併設されていたのです。


 図書館には、裏にある椎の木を登り、二階に飛び移ると、うまく侵入できました。

 侵入場所はちょうど司書室の前でしたが、どうやら職員さんたちは誰もぼくに興味がないようです。だれも目を合わせようともしませんでした。


 図書館の屋上までまんまと逃げおおせたぼくは、それから何度もそこでいろんな本を読みました。


 これはいい思いつきでした。

 長らく、だれもぼくがどこにいるのか気づいていなかったのです。

 なにしろ、図書館の屋上は普通なら人が入れるような場所ではなく、校舎からたった100メートルほどしか離れていないのに、どこからも見えない位置だったのです。


 モーセ率いるヘブライの民が約束の地カナンに辿り着いたように、ぼくにもようやく安住の地が与えられたように思いました。


 しかし、どうやらぼくに興味がないと思っていた司書の皆さんも、実は「誰だあの猿は」と気になっていたようです。


 学校に通報が入りました。

 おたくの生徒さん、うちの屋上で何か良からぬことをしていますよ、と。


 それからというもの、ぼくが図書館に逃げ込むと、先生がぼくを捕縛しにやってくるようになりました。

 屋上だけでなく、いろんな場所に隠れましたが、どういうわけかあっという間に見つかります。

 これでは読書どころではありません。

 ぼくが欲しいのは落ち着いて本が読める場所であって、断じて教師とのかくれんぼによるスリルではありません。


 おお神よ、約束が違うではありませんか。


 とは思いませんでしたが、とにかく安住の地と思われたぼくの読書スペースは奪われ、先生にはこっぴどく怒られ、耳を引っ張られ、泣き喚き、友だちと気になる女の子にも笑われながら、泣く泣く授業に参加させられるようになりました。


 ▽


 大人になってから、ふと思い立って図書館の裏手へ回ってみました。

 ぼくがいつも通っていた通路はドアのついた壁で塞がれ、「立ち入り禁止」と書かれていました。


 学校側から見てみると、例の椎の木はまだ立派に立っていました。

 隣に「木登り禁止」の立て札がありましたが、間違いなくあの木でした。


 自分でもよくあんなルートで図書館に行っていたなぁと感心します。

 落ちればもちろん大怪我だったはずですが、本を背負った状態で木登りして、図書館の二階に飛び移っていたわけですから、当時の大人たちは「なにしよるねん、このガキは」と心底心配だったことでしょう。

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