ドマッシュノ

 ヨーグルトが好きです。

 あればいくらでも食べます。

 健康に良いはずのヨーグルトを、健康被害が出そうなほど食べます。

 

 無糖のヨーグルトでさえあれば、好き嫌いなくだいたい全部好きです。

 普段は安物の100円のヨーグルトを食べていますが、別に問題なく美味しいです。

 

 でも、高級ヨーグルトってなんであんなに美味しいんでしょうね?

 先日ひるがの高原に遊びに行った時、ジャージー牛乳ヨーグルトを食べてひっくり返りそうになりました。

 普段から食べたいわけじゃないけれど、たまに口にするとやっぱり幸せです。

 

 ▽

 

 昔、明治ブルガリアヨーグルトの高級ラインに「ドマッシュノ」という製品がありました。

 時間のかかるブルガリアの伝統的な方法で作られたそれは、ちょっとお高くて、200円くらいしていたように思います。

 

 スーパーでも押せ押せで宣伝していました。

 小さなモニターとスピーカーから、ブルガリアの風景や、今どきそんな格好の人間がおるかといういかにもな民族衣装の女性がヨーグルトをかき混ぜる映像がループで流れています。

 

 動画の最後には、ものすごく渋いおじさんの低く掠れた声で


「……ドマッシュノ……」


 と囁きます。

 

 この広告が好きで、ぼくはよく家族に「……ドマッシュノ……」と言っていました。

 もしかすると家族もうんざりしていたかもしれません。

 

 ▽

 

 ある日、夕飯の買い物をしている時、まだその CM を見かけました。

 横にいる奥さんの耳元で、自分なりに目一杯渋い声で「……ドマッシュノ……」と囁きました。

 

 知らない人でした。

 

 その人は「ビクッ」として、驚愕の瞳でぼくを一瞬見たあとサッと目を逸らし、そそくさと逃げて行きました。

 

 ぼくは呆然としつつも、次第に可笑しくなってきて、ゲラゲラと笑いたくなるのを必死に抑えました。

 

 しばらくして、逃げた女性と似た色の服を着た奥さんがやってきて「何をニヤニヤしてるの?」と聞かれたので、ぼくは張り切ってその時のことを話して聞かせました。

 

 奥さんは絶句したあと悲しそうな顔で「……かわいそうに」と呟きました。

 

 それが、被害者の女性についてなのか、ぼくの頭についてなのかはわかりません。

 

 ▽

 

 今でも、我が家では「ドマッシュノ」事件は語種かたりぐさです。

 たぶん、いつかぼくの葬式があった時にもこの話が語られることでしょう。

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