魔女
魔女に会ったことがあります。
▽
小学二年生くらいの頃だと思います。
イマジナリー・フレンドと逢瀬を重ねた例の家の近くに、祖父母の家がありました。
バリバリの日本家屋です。
当時のぼくには、洋風の建物への強い憧れがありました。
家の周りには古い日本家屋が多く、たまに建て壊されて今風の建築物が建つと嬉しくなったものです。
当時のぼくには「和風=古臭い」「洋風=おしゃれ」という思い込みがありました。
今から考えると「何でやねん」と思いますが、古ぼけた和風のものに囲まれて生きていたので、仕方ないことだとも思います。
祖父母の家の近くには、祖父母の趣味の畑がありました。
かなり大きな畑で、柿の木なんかも植わっていて、遊び場として悪くない場所でした。
秘密基地を建てよう! と、姉や従姉と一緒に掘っ立て小屋を建てたこともあります。
どのへんが秘密なのか、当時のぼくたちに問い詰めてみたいところです。
その畑のずっと奥のほうへ行くと、塀の向こうに墓場が見えました。
だからでしょうか、祖父母からは「あんまり奥へ行くな」と言われていました。
当時クソガキだったぼく(今はクソ大人です)は、躊躇なく奥へまで遊びに行きました。
行ってはいけないなどと言われれば、行くのが礼儀です。
押しちゃいけないボタンは押すのがマナーなのと同じ理屈です。
畑からもう一つ道がつながっていることに気づきました。
クソガキなので、もちろん躊躇なく進みます。
するといつも通る道へ出ました。
ははぁ、この道は、この道に繋がってるんだな、と理解しました。
とまぁそういうわけで、それまで通ろうともしなかった道が、自分の行動範囲に組み込まれました。
▽
ある日、その道を通って畑へ行こうとしました。
母親に「大根を抜いてこい」と言われたか何かだったと思うのですが、とにかく近道のつもりでした。
そこで、女の子と会いました。
ワンピースの女の子です。
昔からの馴染みの友達のような気がして、ぼくは「おっす」と挨拶しました。
女の子は「遊びにおいで」と言ってくれました。
ぼくはお使いのことなどすっかり忘れて了承し、その子の家に遊びに行きました。
▽
女の子の家は洋館でした。
それも、最近バンバン建っている今時の洋風建築ではなく、絵本などで見る「洋館」のイメージ通りの家です。
と言ってもこぢんまりしたもので、今なら探せば似たような家はいくらでもあるのでしょうが、当時のぼくにとっては「洋風の家だ! おしゃれ!」というだけで嬉しく、ちょっと興奮しました。
家には離れがあって、そこが女の子の部屋のようでした。
ぼくはそこに通されました。
家の蛍光灯の白けた色とは全然違う、赤みが強いオレンジ色の灯りに驚いたのを覚えています。
その部屋は、8角形だか10角形だかわかりませんが、円筒状の部屋でした。
とんがり屋根で、小さな天窓がありました。
それまで見たことも聞いたこともない内装に「なんてオシャレなんだろう」と感動しました。
ぐるりと背の低い建て付けの本箱が囲んでいて、上に座れるように丸いクッションや、イルカがプラプラする銀色の置物や、おもちゃ箱のようなものが置いてあったりしました。
本箱にある本が全て洋書であることにも驚きました。
ぼくにはたまたまアメリカ在住の従姉がいたので、洋書自体はさほど珍しいものではありませんでしたが、友達の家の本が全部洋書だったことには、なんとなく不思議な気持ちにさせられました。
紅茶と立派なマロングラッセ、ラズベリー香料が使われたクッキーを振る舞われました。
部屋に吊るされたモビールや、英語のポスター(当時は外国語は全部英語だと思っていました)の話なんかもしたと思います。
大根のことはすっかり忘れて、ぼくはとても楽しい時間を過ごしました。
▽
「良いものを見せてあげる」――というようなことを、女の子が言った気がします。
というのも、記憶が曖昧で、はっきり覚えていないのです。
「なぁに?」――と聞き返したような気がします。
女の子は小さな声で「内緒ね」というようなことを言って本箱の上に座ると、ワンピースのスカートを捲し上げました。
パンツは履いておらず、ワンピースの中は裸でした。
今からすれば、裸をしっかり観察すれば良さそうなものですが、当時のぼくはなぜかそんなことは少しも考えず、ただ「何だろう、これ」と思いました。
女の子がぼくに見せたかったのは、お腹でした。
お腹に、おへそあたりを中心に、なにやら文字と模様のようなものが書かれていました。
外国語なので読めませんが、落書きなどではなく、とても丁寧に書かれた何かがそこにありました。
「これ、なに?」――というようなことを聞きました。
「*****」――と女の子は答えました。
なんだかすごいものを見せられているような気がして(実際すごい状況です)、ぼくはお腹を凝視していました。
すると、そこに女の子のお母さん(と思わしき人物)がやってきて、「コラッ!」というようなことを外国語で言いました。
女の子とお母さんは外国語で、なにやら激しく言い争い始めました。
ただ、何となくですが、女の子がなぜ叱られているのかがわかりました。
外国語なので、はっきりとはわかりませんが、どうも「男の子に裸を見せたこと」ではなく「お腹の模様を見せたこと」を叱っている――そんな感じを受けました。
「ごめんね?」――とお母さんが申し訳なさそうに言ったのを、これははっきりと覚えています。
「本当は見せちゃいけないものだから」というようなことを言われました。
それから「もう遅い時間だから、おうちに帰ろうね」とも言われました。
ぼくは、自分のせいで喧嘩にさせてしまったことと、女の子がお母さんに叱られたことで、何となくばつの悪い気持ちだったので、素直に従いました。
女の子は離れの玄関先まで送ってくれて、そこで別れました。
「またね」――と言った気がします。
「またね」――と帰ってきたかどうかはわかりません。
ただ、手を振って別れた時の光景は、今でも何となく覚えています。
暗い中、女の子の家の橙色の街灯と、佇む女の子の姿を覚えています。
▽
もう暗くなっていたので、大根を引き抜くことができず(ナメクジが居て怖かったのです)、祖母に頼んで手伝ってもらいました。
家に帰ると「遅い」と言って叱られました。
お説教などお構いなしに(クソガキだったのです)、女の子の家がおしゃれだった話をしました。
「それ誰のこと?」――と聞かれたので、「知ってる子」と答えました。
ですが、母親は「そんな子は知らない」と言います。
知らないだけだろうと思いました。
丸ごとのマロングラッセなんて初めて食べましたし、缶入りのラズベリークッキーは美味しくはなかったけど、ぼくはちょっとだけおしゃれになれたような気がしていました。
▽
翌日、その子の家を訪ねました。
そこには空き地があって、柿の木が植わっていました。
あの舶来の空気が漂う洋館はなく、わりとボロっちい和風の家が周りを囲んでいました。
道を間違えたらしい――と、ぼくは楽観的に考えました。
暗かったし、違う道にあるんだろうと思いました。
それから何度かあの家を探しに行きましたが、今のところは見つかっていません。
今では、あの女の子とお母さんは、きっと魔女だったのだろうと思っています。
そんなぼくの大好物は、ブロークンではない丸ごとのマロングラッセです。
女の子がくれたのと同じ舶来の缶入りラズベリークッキーは、そのあと何度かスーパーで見かけましたが、あえて食べようとは思いませんでした。
=====
追記 :
拙作「秘密基地は大迷宮に」の一章 #1 の「向こう隣のお化け屋敷」はこの体験が元になって思いついたタイトルです。
そのうちにちゃんと形にするかもしれません。
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