第9話 周壕

 幼い頃、僕は大阪府高槻市で生活していました。高槻市には今城塚古墳があります。「今城塚古墳は継体天皇が眠っている真のお墓だ」と注目されて、今では公園としてとても綺麗に整備されています。無料の博物館まで建設されていて、高槻市の注目スポットの一つになっております。


 でも、僕が子供の頃は、とても寂れていました。小高い塚に寄り添うようにして池があり、蓮が浮かんでいました。周りは田んぼが広がっており、古墳らしい威厳は全くありません。塚の上には森のように木が生い茂っており、野性味がたっぷりです。大きな木からは丈夫な蔦が垂れており、その蔦にしがみついて、ターザンごっこが出来ました。当時の今城塚古墳は、探検や鬼ごっこができる最高の子供の遊び場だったのです。


 ――日本に、古墳がいくつあるか知っていますか?


 関西圏にお住まいなら、古墳が身近にあるという方は多いと思います。ネットでググると、その数は16万基だそうです。とは言っても、大小さまざまな古墳があります。僕たちがイメージする古墳の代表格は、前方後円墳でしょう。前方後円墳だけなら、5000基くらいになります。


 古墳には周壕と呼ばれる、水を貯めた池に囲まれたものがあります。堺市にある大山古墳は仁徳天皇が眠っていますが、周壕が二重になっています。高さはピラミッドに負けますが、広さなら世界最大で、二重の周壕がことさら立派に見えます。ある日、晩酌をしながら古墳に関する動画を視聴していると、この周壕について面白い仮説が紹介されていました。あの古墳を囲む池は、稲作を維持するためのため池でもあったというのです。


 ――マジで?


 続けて、稲作に関する動画を視聴していると、稲作に関する水の重要性について少しばかり理解が深まりました。酔っぱらった頭で、漠然と大山古墳のことをイメージします。大阪南部の河内という土地は、今でこそ大和川が流れていますが、それは江戸時代に川替え工事が行われて以降のことです。それ以前の大和川は生駒山を沿うようにして北に進み、大阪城がある上町台地周辺で淀川と合流して大阪湾に流れていました。河内における大和川は、田畑を潤すものではありません。それどころか、大雨が降ると洪水が起こり、田畑に甚大な被害をもたらしたのです。


 そうした河内において、稲作事業を展開していこうとすると、安定した水の供給を確保しなければなりません。河内には周壕を持つ立派な前方古円墳がいくつも建設されました。稲作が国の重要な産業であったことを考えると、稲作と古墳の建設事業をセットで考えることは、非常に合理的に思えます。面白いので見に行くことにしました。


 大山古墳は、豊かな水に囲まれてひっそりと眠っています。宮内庁が管轄しているので立ち入ることは出来ませんが、それ以前に立ち入ることを躊躇うような厳かさを感じます。周壕は、結界の様な役割をはたしている気がしました。確かに豊かな水ですが、この水を使うことはちょっと躊躇ってしまいます。周壕を含めて一つのお墓として完成していると感じました。


 大山古墳の南側には公園があり、堺市博物館があります。平日で雨でしたが、案外と見学者が訪れていました。太古の昔に思いを馳せながら、古墳の周壕を稲作のため池として利用する仮説は、違うんじゃないかなと思い始めました。その事実を確認する為に、僕はもう一つの目的地に向かいます。大山古墳から南東にある、狭山池ダムです。


 狭山池ダムは、日本最古のダムです。日本書紀にもその存在が明記されており、昨今の研究では、推古天皇の時代に建設されたと考えられています。水量が乏しかった河内平野に向かって大きな堤が建設されており、水を貯めるだけではなく、必要に応じて水を排水する装置が組み込まれております。現在では、その装置が発掘されており、狭山池博物館で実物を見ることが出来ます。結構大掛かりな装置で、一見に値します。余談になりますが、この博物館そのものが、実は凄い。安藤忠雄のデザインしたのですが、まるで迷宮のようです。安藤忠雄がデザインした建築は、どれも遊び心がある。ご興味があれば訪れてみてください。


 河内には、稲作を維持するためのダムが建設されていました。周壕を稲作に利用する仮説は、やや弱いと思います。その事を感じることが出来ただけでも、今回のフィールドワークは価値がありました。これからゴールデンウィークが始まります。久々に、万博にある民俗学博物館、通称「みんぱく」に行くつもりです。子供たちが小さい頃に何度か足を運んでいるのですが、あの頃は子供たちの為に行っていました。今回は、僕の為に行きます。何かを感じてきたいと思います。

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