ポッキーゲーム

雨宮悠理

ポッキーゲーム

「ねえねえ、悠也ゆうや。ポッキーゲームしようよ」


 前の席の椅子に大股で腰掛けている女子は悪戯そうに笑って言う。


「する訳ないだろ。いいから早く部活行けよ」


「あー、今日部活休みなんよね」


 「ふうん」と呟くと、彼女はどこか満足そうに手に持ったポッキーを口に運ぶ。

 折れたポッキーは、パキッと小気味の良い音を立てた。


 彼女の手からはリズム良くポッキーが口に運ばれていく。

 校則に違反していそうな茶髪をポニーテールで纏めた快活そうな彼女は、ずっと昔、小さい頃からの馴染みだった。

 弓道で全国的にも有名な選手で、見た目も学内の男子から美人、と称される程度に整っている。

 それに比べて僕は地味であまりクラスで目立つ方ではない。よくメガネが本体だとからかわれたりするくらい、特徴といえばこの黒くて太いメガネフレーム程度の男である。


 そんな僕の側には常に彼女、嶋咲しまさき菜月なつきが側にいた。

 高校に入学した当初は浮いたウワサを立てられたり、チャラチャラした感じの男子から変に絡まれたりしたが、暫くすると自分たちの関係性が決して『恋愛的』なものでは無いと理解して貰えるようで、今となっては特に何も言ってこなくなった。


「ていうか、もうお別れ会してもらったし。今更部活に顔出すのも変でしょ」


「まあ、そうか。で、結局荷造りは終わったの?」


「あー、うん。……まあ大体の荷物は纏め終わったかな。マンガとかは多すぎてちょっと処分したけどね」


「確か長崎だったっけか。やっぱ遠いよな」


「……まあね。でもまた直ぐに帰ってくるかも知んないしね。ほんと、二年いるかどうかって話だし。そのために引っ越すのって、正直めんどいよね」


 そう言って彼女は深いため息をついた。

 彼女は来週から長崎に発つ。

 お父さんの仕事の都合らしいが、幼い時から家族ぐるみで一緒にいた身としては、この事実は現時点においても、あまり現実味がなかった。


「まあ菜月ならすぐに友達できるだろ。暫くしたらまた取り巻きもできるんだろうし」


「あ、友達は心配してないよ。あたし、コミュ力半端ないから」


 さすがの自信だった。


「でもね。友達は出来てもさ、……小さい頃からのってのは難しいじゃん」


「ん。……そんなの友達がいれば別に要らないんじゃん? 腐れ縁も友達も変わらないだろ」


 正直しまった、と思った。

 それを聞いた彼女の表情に珍しくかげった気がしたから。

 やっぱり菜月はいつもよりどこか元気がない。

 それに、自分も彼女がいなくなるのは寂しい、と本心では思っている。

 だけど小さい時から見知った仲で、彼女の前ではどうしても本音を出すことができなかった。


「まあでも。菜月がいなかったら外で遊ぶこともあんま無くなるな」 


 あまり友達の多くない僕は休みの日でもたまに菜月と遊んだりしていた。

 クラスメイトとは普通に接することはできるが、距離の近い友人といえるのは菜月、だけなのかもしれない。


「悠也、見た目完全に陰キャだもんね」


 容赦無く心を抉ってくる、こいつはやっぱり酷いやつだ。


「でも悠也。自分が思っている以上にかっこいいよ。いつも言ってるけど自信持ちなって」


 そう言って菜月はポッキーを一本差し出した。


「……ほんと、眼科行った方がいいよ」


 そのまま食べろという意味だったと思うが、それを奪い取り、自分で食べた。

 落として上げるのが上手な奴だ。

 それに、やっぱり恥ずかしくて彼女を直視することは出来なかった。

 そんな僕を見て彼女は悪戯っぽく、笑っていた。


 二週間後には、彼女は学校から去っていた。

 行く前にウチの家族交えて簡単なお別れの挨拶もした。

 ここに帰ってくる見込みはある様だが、何年かは向こうで過ごすらしい。

 また会えるかもしれないが、その時はもうお互い高校生ではなくなっているだろう。

 屋上の風は少し冷たく秋の終わりを感じさせた。

 手に持ったポッキーを一本口に運ぶ。

 長らく食べていなかったが、久々に食べてみると案外美味しいものだった。

 黒縁メガネをやめてコンタクトにしたことで、いつもより目が乾燥する気がした。

 

 菜月にまた会う時は、今度は自分からポッキーを渡そう。

 

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ポッキーゲーム 雨宮悠理 @YuriAmemiya

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