【掌編】墓守りの腕時計【1,000字以内】

石矢天

墓守りの腕時計


 俺の家の裏手には大きな墓地がある。


 ずいぶんと古い墓地のようで、いつからあるのかはわからない。

 だが俺は、この墓地を訪れる者を見たことがない。

 墓地にいるのはいつだって墓守りがひとりだけ。


 彼はヒマさえあれば墓地の掃除をしている。

 ほかに仕事をしている様子はない。つまり墓守りとして雇われているのだろうと推測できた。


 そうなると気になるのは、ここがいったいどういう墓なのか、ということだ。

 人をひとり、墓守りとして雇うには相応の対価が発生するはずだ。

 もしかしたら歴史に残るような偉人の墓なのかもしれない。


 どうしても気になった俺は、墓を調べてみることにした。

 時間はやはり深夜がよかろうと、月明かりを頼りに侵入を試みたが失敗した。

 あの墓守りに見つかったのだ。


「ここに入ってはならん」


 地の底から響いてくるような低い声。

 俺は墓守りに問いかけた。


「いったい、ココは誰のための墓地なんだ?」


 しかし彼は静かに首を横に振り、左手を振って去るように促してきた。

 そのとき俺は、彼の左手首に巻かれた腕時計に目を奪われた。


 特別に豪奢なものではない。

 しかし、ただならぬ魅力が俺の目を惹き付けるのだ。


「その腕時計、よく見せてくれないか?」

「やめておけ」


 男は左手ごと腕時計を袖の中へと隠した。

 俺はどうしてもその腕時計が欲しくなった。


「俺にその腕時計を譲ってくれ」

「無理だ」

「金ならいくらでも払う。こう見えても俺は――」

「無理だ」


 取り付く島もない回答に俺は怒りを覚えた。

 なぜこうも腕時計に執着するのか、自分でもわからない。


「その腕時計を寄越せ」

「無理だ」


 ああ。イライラする。

 もう俺は墓地のことなど心底どうでもよくなっていた。

 ただ、あの腕時計のことだけが頭の中を占めていた。



 そして俺は腕時計を手に入れた。

 墓守りは土の下に埋めた。ここが墓地で良かった。

 俺にとっても、墓守りにとっても。


 墓守りの左手から奪った腕時計はずいぶんと昔のデザインで、今も動いていることが不思議なくらいの年代物アンティークだった。


「この腕時計は俺の腕にこそふさわしい」


 俺は月光に照らされる腕時計をひとしきり眺めて腕につけた。


 すると急に、この墓地のことが何よりも大切なものに思えてきた。

 まるで先祖代々の墓、いやもっと崇拝されるべき王のような存在が眠っている墓のような。


「ここを守るのは俺の使命だ」と強く心に刻み込まれた。


 それ以来、俺は24時間365日。

 休まずにこの墓地を守り続けている。




      【了】

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【掌編】墓守りの腕時計【1,000字以内】 石矢天 @Ten_Ishiya

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