幼い少女の独り言

Kurosawa Satsuki

本編

私は物心付いた時から、化け物が見えた。

そして、それを知ったみんなは、

私を気持ち悪がった。

…………………………………………

人の形をした黒い化け物達は、

昼も夜も関係なしに、

街、駅、家の中と、あちらこちらにいた。

私はその黒いものがなんなのか、

分からなかった。

……………………………

だから私は、ある時、お母さんにその事を聞いてみたんだ。

だけど、お母さんはなにも答えなかった 。

その時の、お母さんの顔が怖かった。

………………………………………

しばらくして、両親の喧嘩が始まった。

お父さんは、お母さんに花瓶を投げつけた。

お母さんは、泣き叫びながら暴言を吐いた。

あの子は私の子じゃない。

俺は知らん、お前がやれ。

それが、我が家でよくある光景だった。

…………………………………

親戚の集まりに出た。

みんな私の事を知っていた。

だからみんなは私と目を合わせようとしなかった。

例のあの子だわ。

またあいつが来てるのかよ。

気持ち悪い。

化け物が。

早く死ねばいいのに。

みんなは口々にそう言った。

小さい声ではあるが、私には聞こえた。

だから私も、目を閉じ耳を塞いで、

わざと聞こえない振りをした。

お父さんもお母さんもみんなから責められた。

なんて子を産んだんだとか、

だから結婚は反対だったんだとか、

気持ち悪い、気持ち悪い、

こんなガキ、さっさと捨てろ、

お前ら家族なんか、顔も見たくないとか、

おじいちゃんに色々言われていた。

私は、重い空気に耐えられなくなり、

その場から逃げ出した。

…………………………………

私が普通じゃないから、

私がおかしな子だから、

お父さんは、お母さんは、

みんなから嫌われるんだ。

ごめんなさい。

ごめんなさい。

産まれてきて、ごめんなさい。

生きてて、ごめんなさい。

…………………………………

外へ出ると、また黒い化け物達がいた。

黒い化け物達は、一斉に私の方へ視線を向けた。

そして、黒くて大きな、

死んだような目で私を見た。

見つかった。

と思ったその時、

後ろの方から私を呼ぶ声が聞こえた。

振り向くと、そこには、おばあちゃんがいた。

おばあちゃんは、唯一の私の味方だった。

どうしたんだい、こんなところで。

涙まで流して。

またおじいちゃんに嫌な事言われたのかい?

おばあちゃんは、私を優しく抱きしめた。

おばあちゃん、あのね…。

私は、さっきの事をおばあちゃんに話した。

そうかい、そうかい 。

それはいけないね。

でも、おばあちゃんがいるから大丈夫。

おばあちゃんは、ずっと嬢ちゃんの味方だよ。

おばあちゃんは、私の名前を忘れていた。

だから最近は、お嬢ちゃんと呼ばれるようになった。

それでも、おばあちゃんは優しかった。

…………………………………

久々に学校へ行った。

クラスメイト達は、ずっと不登校だった私を見て、

全員、驚いた顔をした。

まるで、化け物でも見たかのような顔だった。

先生もまた、みんなと同じ冷たい目で私を見た。

そして、何も言わず、目を逸らした。

私は、休み時間にトイレの鏡で自分の顔を確認した。

顔の右半分が黒く、右目が大きく腫れ上がっていて、

まるでいつも見ているあの黒い化け物達のようだった。

視線を下ろし、自分の手を見ると、

やっぱり、少し黒くなっていた。

変わり果てた自分の姿を見て、

私は、こう呟いた。

化け物。

それ以降私は、白い仮面を被るようになった。

………………………………

それから数日後、

おばあちゃんが入院したという話を聞き、

私は、おばあちゃんのいる病院へ向かった。

三〇三号室。

そこに、おばあちゃんがいた。

おばあちゃん、大丈夫?

私は、おばあちゃんに問いかけた。

誰だい、あんた?

仮面のせいで誰なのか分からないようだった。

だけど、私は、仮面を外す訳にはいかなかった。

ここで仮面を外せば、

おばあちゃんを怖がらせてしまう。

そう思ったからだ。

ところが、ふとしたはずみで仮面が取れてしまった。

それを見たおばあちゃんは、

目を大きくさせ、青ざめた表情で怯えだした。

誰だいあんた!この化け物!

助けて!誰か助けて!

悪魔が!悪魔が!

喰われる!殺されるー!

こうなる事は、分かりきっていた。

私は、近くの鏡を見た。

黒い部分が顔中に広がり、口は裂け、

もはや、人間の面影は無かった。

そして次の日、おばあちゃんは死んだ。

化け物。

それがおばあちゃんの最後の言葉だった。

ごめんなさい、ごめんなさい。

私はまた、大切な人を傷つけた。

私はまた、大切なものを失った。

…………………………………………

人間だった頃の顔も忘れた。

自分がどんな性格だったのかさえ、分からなくなった。

私は、家を出て、一人で、川辺に向かった。

オレンジ色の夕空が綺麗だった。

お父さんは、借金で苦しんでいた。

お母さんは、お父さんからの暴力に苦しんでいた。

私のせいで、みんなが不幸になる。

あぁ、私なんていなくなればいいのに。

消えてしまえばいいのに。

……………………………………………

私はあの子の母親だ。

化け物であろうと、誰がなんと言おうと、

その事実だけは変わらない。

生まれた頃は可愛かった。

純粋無垢な、普通の女の子。

そんなあの子が、突然変な事を言い始めた。

黒い化け物を見た。

初めは冗談かと思った。

母親を困らせる子供のイタズラだと思った。

だけどあの子は、毎日毎日、私に同じ事を言い続けた。

あれは、なあに?

私は、あの子の事が怖くなった。

それでも愛していこうと決めた。

誰がなんと言おうと、あの子の味方でいようと誓った。

大丈夫、きっと他の子よりちょっぴりおかしなだけ。

そう、何度も自分に言い聞かせた。

けど、あの子の手を見た時、言葉を失った。

真っ黒に染まった黒い手。

化け物。

私は初めて、自分の娘を化け物だと思った。

これはもはや、自分の子じゃない。

そう、思ってしまった。

どうして、どうして私の子だけ…。

………………………………

私には、化け物が見える。

今はもう、私もその一人だ。

学校のみんなは、私を知ってる近所の人達は、

私を恐れた。

呪い、祟り、悪魔の子、妖怪、化け物。

どこからともなく聞こえてくる。

私だけじゃない。

お父さんも、お母さんも、

根も葉もない噂話のせいで、近所の笑い者。

近所に住む年下の子供達が、私に向かって石を投げた。

気にしない、気にしない。

私には、当然の事だ。

化け物だから。

みんなと違うから。

普通じゃないから…。

…………………………………………………

私には、お姉ちゃんがいた。

お姉ちゃんは、私と違って普通だった。

だけど、私のせいでクラスメイトから虐めを受けていた。

お姉ちゃんが受けた虐めは、私のより過激だった。

髪を引っ張られたり、頭から水をかけられたり。

服を破られたり、虫の死骸を無理やり食べさせられたり…。

お姉ちゃんも同じく、化け物女とみんなに言われた。

お前のせいだよ。

二度と私に近ずかないで。

お姉ちゃんは、私にそう言った。

だから私も、これ以上迷惑をかけたくなくて、

お姉ちゃんを避けるようになった。

ごめんね、本当にごめんね。

けどもう、私にもどうすればいいのか分からないよ。

お願いだから、そんな悲しい顔しないでよ。

お願いだから、泣かないで…。

………………………………………………

お腹が空いた。

今夜は、お父さんもお母さんも帰って来ない。

今朝、お姉ちゃんが死んだから。

死因は、学校の屋上から飛び降りた為。

恐らく、虐められていたから。

だから、しばらくの間うちには帰って来ない。

ガスも水道も止められている。

冷蔵庫には何も無い。

お金もない。

万引きする勇気もない。

仕方がないから、近くにある雑草でも食べよう。

公園に行けば、水もある。

私はまた、外へ出た。

……………………………

お父さんとお母さんが離婚した。

お母さんは、仕事のし過ぎで倒れた。

私を引き取る人は、誰もいなかった。

とうとう私も、一人になった。

放課後。

いつも通りに帰宅すると、玄関の前に一匹の猫がいた。

その猫は、白い毛並みに、青く綺麗な瞳をしていた。

大丈夫だよ、私はあなたを虐めたりしないから。

私は、黒く汚れた不潔な手で毛並みに触れた。

それでもこの猫は、私を怖がらなかった。

餌もあげられなくて、ごめんね。

こんな私を、許してね。

白猫がにゃーと鳴く。

そして、私の膝にゆっくりと乗ってくる。

今日からこの子と私の二人きり。

寂しさを紛らわすには丁度いい。

私は、暖かい毛並みを撫でると、

布団も敷かずに寝てしまった。

……………………………………

玄関のドアを叩く音で、目を覚ました。

そっと玄関へ向かい、覗き穴から覗いて見ると、

いつもの取り立て屋がいた。

家賃すら、ここ何ヶ月も払っていない。

今は、そんなお金もない。

お父さんもお母さんも不在。

私にはどうする事も出来ない。

しばらくの間、音が止むまで部屋にいよう。

私は、静かに部屋へ戻り、布団を深く被った。

居ませんよ、誰も。

ありませんよ、何も。

あぁ、そうだ。

夜になったら、公園に行かなくちゃ。

何ヶ月もお風呂に入ってないんだもの。

頭も体も、ちゃんと洗わないとね。

……………………………………

お母さんが死んだ。

倒れてから十日目の朝だった。

過労死なのか、自殺なのか、

原因は、分からない。

けれど、私は病院へ行かなかった。

白猫も、いつの間にか姿を消した。

私はまた、独りになった。

そんな今でも、相変わらず黒い化け物が見えるんだ。

正体不明の彼らは、私に対して危害を加えようとはしなかった。

ただただじっと、私を見ていた。

もしかしてだけど、この黒い化け物達は、私みたいに元々は人間だったのかもね。

ナーンて。

今更気づいても、遅いよ。

そんな事を考えていると、

数いる化け物達の中の一人が、私を手招きした。

大丈夫、怖がらないで。

こっちにおいで。

ありのままの自分を受け入れて。

君は僕らと同じ。

違う!違う!!

私は、あなた達じゃない!

これ以上、化け物にはなりたくない!

もう誰も傷つけたくないの…。

君にはもう、守るものも失うものもないだろ?

僕らだってそうだ。

今の自分を、受け入れるしかないんだ。

それでも、嫌だよ…。

早く、早く戻して。

それが出来ないなら、私を…殺して。

真っ黒な目から涙が溢れ出た。

ワガママは、いけないよ。

さぁ、こっちに来なさい。

今更何をしようが、もう、手遅れなのだから。

どうすればいい?

私は一体、どうすればいいの?

分かんないよ。

急に、ありのままの自分を受け入れろなんて言われても。

私には、分からないよ。

もう、嫌だよ。

返して。

私を、私の大切な人を、返して。

化け物は、何も答えなかった。

ただじっと、悲しい表情で私を見下ろしていた。

…………………………………

今夜はずっと、部屋にこもって考えた。

自分の体の、色々な部分に触れてみた。

近くにある鏡を見た。

そこには、人型の黒い化け物がいた。

やっぱり、夢じゃないんだなと察した。

涙はもう、枯れてしまった。

生きる事にも疲れた。

前の私は、どういう顔だったっけ?

無愛想で可愛げもない顔だったっけ?

どんな服が好きだったっけ?

好きな食べ物はなんだっけ?

好きな人は、誰だっけ?

今となっては、思い出せないや。

タンスの一番下の引き出しを開く。

そこには、昔読んでたお気に入りの本や宝箱が収納されていて、その下に、ピンク色の日記帳があった。

ページをめくると、雑に描かれたイラストと、

今まで読んだ本の感想が書かれていた。

読み進めていくと、なんだか懐かしい気持ちになれた。

虐めの事や、親族から差別された事、両親の喧嘩、

読みたかった本が書店で売っていた時の喜び、

占い本や魔導書を図書館で読み漁ったり、

近所を回りながら、一人探検ごっこをしてみたり、

過去の嫌な事も良かった事も全部思い出せた。

あぁ、そういえば、こんな事もあったな。

今になって思えば、自分が抱えていた悩みなんて、

大した事じゃなかったな。

あぁ、思い出ばかりに浸っていたら、

なんだか少し眠たくなってきた。

今日こそは、いい夢見れるよね?

私は、そのままゆっくりと目を閉じた。

………………………………

ついに、この日がやって来た。

みんなが言う、普通でいたかったけれど。

当たり前が欲しかったけれど。

でも、もういいんだ。

私は、今の自分を受け入れる事にした。

私は、どうすればいい?

僕に、喰われればいい。

今から君は、僕の一部だ。

おいで、玲香…。

うん…。

……………………………………

ある所に、醜い姿の女の子がいました。

女の子は、周りの人達から化け物と呼ばれていました。

両親、兄弟からも嫌われ、彼女は今までずっと、

孤独に生きてきました。

ここで、作者が言いたいのはただ一つ。

これを読んでるあなた自身が、この主人公と同じ立場だと想像してみてください。

そうすれば、きっと答えが解るはずです。

この物語の主人公と、同じ気持ちになれたならね…。



END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幼い少女の独り言 Kurosawa Satsuki @Kurosawa45030

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る