名無しの手紙

Kurosawa Satsuki

短編集

名無しの手紙




ここは、私だけが生きる静寂の世界。

豊かな自然に囲まれながら、

退屈ながらも平和な日々を過ごしている。

時折寂しくなる事があるが、

最近は、こんな生活も悪くは無いと思い始めている。

そんな私の元には、何枚もの手紙が届く。

誰からなのか分からない名無しの手紙は、

どれも理解し難い変な内容ばかりである。

届く理由は分からない。

それでも私は、

受け取った手紙を捨てられないのである。




一枚目:

私は、幸せについて考えた。

衣食住に困らず、平等に学ぶことができ、

友人、家族、恋人が居て、

暑ければクーラーを付け、寒ければ暖房で温まる。

与えられるだけ与えられている筈なのに、

それでも、死にゆくもの達がいる。

虐めや、家庭内での問題など理由は様々だが、

幸せだと自覚しながらも、苦しい、消えたい、

死にたいと、負の感情に苛まれる時がある。

勿論、自分以上に辛い人は何億人もいる。

それは、私の小さな頭でも理解できる。

けど、それでも足りないと思うのは何故なのだろうか?

行き過ぎた根拠もない疑惑や、陰謀論、

思想が人々を狂わせ、差別や迫害を起こす。

今も昔も変わらない。

そうやって人は、自分を正当化する為の言い訳を

探している。

「俺達はきっと、鏡を見る術を知らないんだ。

少女よ、それでも人を美しいと言えるのか?」

真面目な顔でお父さんに言われた言葉は、

今でも私の心に深く刻まれている。




二枚目:

大人になるという事。

それはつまり、責任が増えるという事。

人の愚かさ、汚さを知るという事。

守るものが増えれば増えるほど、

自分を殺せなくなるという事。

俺が三十歳の時、娘が生まれた。

名前を恵美と決めた。

娘が成長し、幼稚園を卒業する頃、

妻が他の男の元へ去った。

その頃から徐々に娘の心が狂い始めた。

俺の精神も次第に壊れていった。

負の感情というのは、

捨てろと言われて捨てられるようなものじゃない。

一度付いた傷跡は、死ぬまで癒えない。

DNAというより、

親の日頃をみてあんな風になったのだろう。

例えば、俺の書いたものを読んだとか。

何にせよ、全部俺の責任だ。

ある時、娘が妙な事を言い出した。

「私、生きる事に飽きたの。

死ぬために色々試して見たけど、

意地が悪いなにかのせいで足が竦んで思い通りにいかないの。

まだ、怖いのかな?生きたいのかな?」

俺は、なにも答えなかった。

気の利いた言葉が思い浮かばなくて、

笑って誤魔化したが、娘は悲しげな顔で俺を見た。

俺に何かを訴えているような気がした。

…………………………………………

最後に笑うのは、泣かされた者。

最後に泣くのは、泣かせた者。

人生は、傷つき傷つける事の繰り返し。

それでも、

人を殺めたり深く残る傷を負わせた者は最期に泣く。

その涙は、嬉し涙や寂しい涙ではなく、

恐怖と後悔が混ざった懺悔の涙。

俺は娘に、因果応報の恐ろしさを教えた。

すると娘は、それでも神は咎めないと言った。

償いなんて、クズには無理だ。

弱い者が救いを求めて叫んでも、

どんなに祈っても神は応えない。

だから人の不幸は終わらない。

罪なき人が死んでゆく。

「ねぇ、どうして人は争うの?」

「それで利益を得る人がいるからだよ」

「例えば?」

「君でも知ってる組織とかね」

「私でも?」

「君はあの国が嫌いかい?」

「嫌いじゃない」

「でもね、この国でもあの国でも憎む者がいる。

あの国のせい、奴らのせいだってね。

こんな時代だからね。みんな正義に酔いしれる」

「私達は何も悪くないし、何も知らなかった」

「その通りだ」

「いつまで続くのかな?」

「早めがいいね」

この会話の後、俺は娘を両親に託して、

家から遠く離れた森で首を吊った。




三枚目:

夫に愛想が尽きた。

子供もいるが、

これ以上一緒にいても意味が無いと思った。

バカバカしいとさえ思い始めた。

そもそも、あんな根暗を好きになってしまった事

自体が本当に馬鹿だった。

子供が生まれて六年が経った頃、

離婚届をテーブルに置いて家を出た。

やっぱり男は金に限る。

欲求不満ばかりが募る中、私はよく耐えたと思う。

我慢してきたのだから、

今以上の幸福を望んでもいいはずだ。

新しい男は、大企業に勤めているエリートだった。

前の男よりもよっぽど頼りがいがあった。

私は、望んだ通りの幸せを手に入れた。

そして、二人目の子供を産んだ。

前の男の名前も忘れた頃、

知らない住所から気味の悪い手紙が届いた。

差出人は不明で、

表には、名無しの手紙と書いてあった。





四枚目:

小学生の頃、

ちょっとした事がきっかけで虐めにあった。

いかにも幼稚で古典的なやり方で受けたが、

最初の頃は我慢した。

給食に虫の死骸を入れられたりとか、

黒板に自分の悪口を書かれたりとか、

どの学校でもありそうなものばかりで、

こういうのは、無視が一番効果的だと、

強がって必死に耐えていた。

中学へ上がってからも相変わらず虐めは続いた。

自分が弱いのがいけないのだと、

ひたすら自分を責めながら日々を過ごした。

異性からは、気持ち悪いと避けられてばかりだった。

席替えで隣の席になった人は、必ず机を離してきた。

嘔吐する者もいた。

席替えがあった次の日に、

隣の席の子が欠席した事もあった。

そんなに自分は気持ち悪いのだろうか?

そんなに自分は醜いのだろうか?

そんなに自分は、

人として見られていないのだろうか?

近くにいるだけで本気で嫌がるクラスメイトを見ていると、なんだが自分が生きていちゃいけない気がした。

放課後、学校近くの神社へ行った。

長い階段を登り、誰もいない廃れた建物を見渡す。

それから、賽銭箱の前で腰を下ろし、

俯きながら歯を食いしばって泣いた。

悔しかった。

悔しくて、悔しくて仕方がなかった。

今までされた仕打ちを思い返しながら、

飽きるまで泣いた。

泣けど喚けど、

自分の泣き声が虚しく響くだけだった。

ズボンのポケットからスマホを取り出し、

電源を入れる。

クラスチャットを開いても、自分の悪口ばかり。

彼らにとっては面白いのだろう。

文脈から罪の意識を感じられない。

あぁ、もう嫌だ。

これ以上、こんな世界に居たくない。

あぁ、自分だけに都合のいい世界があったらな。

そんなくだらない妄想を頭の中で繰り広げていたら、

いつの間にか陽は沈んでいた。

真っ暗な静寂の中、狙ったからのように、

突然睡魔に襲われる。

そして、死んだように眠りについた。





五枚目:

私は死んだ。

木製の椅子と一本の太い縄を用意して自分を殺したんだ。

勿論、自業自得だよ。

自分でしたことなんだから、後悔したって意味が無い。

でもね、私の葬式の時に見ちゃったんだ。

今まで虐めてきた同級生達が、私の名前を呼びながら泣いてるの。

正直私は、反吐が出た。

だってさ、泣いてるフリして笑ってるんだよ?

命の尊さとか語り出したかと思えば、

自分には関係ないといった表情をして…

でさ、その中の一人がボソボソと呟いてるの。

「ざまぁみろ」って。

もう、何も信じれないよ。

その子はね、私の両親に友達だって話してたけど、

両親も嘘だって気づいてないんだよね。

でさ、その両親も、私に対して冷たかったんだ。

子供を子供と思っていないというか、

お前が不幸なのはお前のせいだって。

お前が変わらないからいつまでも虐めは続くんだって。

環境のせいにするなって。

逃げてるのはお前だけだって。

二言目にはお前よりも辛い人はいるってさ。

私もね、そう思ったよ。

私が全部いけないんだって。

私のせいで自分以外も不幸にしてるんだって。

頑張って…いや、私は頑張ってなんかいない。

周りはみんな、私以上に努力していて、

私の頑張りなんてどうせ大した事じゃない。

学校行って勉強したり、

バイトで稼いだお金を全額親に渡したり、

家の手伝いをしたり、

大学を諦めて就職しようかと悩んだり。

でもそれって、みんなしてる事じゃん?

知ってるよ。

私だって、私以上に苦しい思いをしている人達を無視してたもん。

朝のニュースで、私よりも歳下の子が自殺をした話が流れても、家を失くしたおじさんが公園のベンチで寝ているのを素通りした時も、

心の中で同情しつつも、

周りみたいに、見ないふりをしていた。

だからかな?

神様にまで嫌われたのは。

いや、結局それも言い訳だ。

人のせいにしているだけだ。

自分の間違いを正当化したいだけだ。

自分以外からは、そう言われるに違いない。

分かってるよ。

あぁ、私って可哀想。

そう言いたいだけだろって言われたらさ、

もう何も言い返せないじゃん。

死んだ後ね、警察が家に来たんだ。

黄色いテープの外からは、

スマホを片手に群がる野次馬達。

そして家の方を見ながら、

助ける事もなくガヤガヤと騒ぎ立てている。

当然、彼らには私を同情する気持ちなんてなく、

可哀想なんて微塵も思っていない。

あるのは自分じゃなくてよかったという安心感と、

それがもし自分だったらという恐怖。

私一人が死んだところで自分達には関係ない。

そうやって目の前の現実から目を背ける。

そして、三日もすれば綺麗さっぱり忘れる。

そして、世界は変わらず動いている。

まるで、

私という存在自体が初めからなかったかのように。

結局さ、

私って周りからしたらその程度の人間だったんだよ。

「ごめん、やっぱり私、できなかった…

自分の夢、叶えられなかった…私には、無理だったよ…」

これが私の最後の言葉だった。






六枚目:

先日、愛する者を失った。

結婚して、二年目の事だった。

また昔と同じ日々が始まった。

いつも通りに寝起きし、

いつも通りに朝食を食べずに家を出る。

いつも通りに仕事をこなす。

いつも通りに帰宅したら、

帰りに買ってきたコンビニ弁当を食べ、

缶ビールを一本飲み干す。

つまらない日常。

唯一の救いであった存在が消えた今、

俺は、死ぬことしか考えられなくなった。

前まで当たり前だと思っていた孤独だが、

今ではこんな自分を憎らしく思う。

憎いのは昔からだが、今度は違う憎しみだ。

他人に嫉妬する自分だとか、嫌われ者だからとか、

容姿も頭脳も人より劣っているからとか、

そういうことじゃない。

なんでもっと、愛してやれなかったのか、

なんでもっと、大切にしてやれなかったのか、

なんでもっと、幸せにしてやれなかったのか、

そんな言葉が、俺を責め立てる。

幸せというのは、当たり前になるとつまらなくなる。

そして、失った時に改めてその有り難さを思い知る。

分ってはいたが、

もう今更何をしようが無意味な事だ。

さて、これからどうしようか?

葬儀も墓参りも済ませた。

他にやれることと言えば、

亡骸に手を合わせる事くらいだ。

このまま死んでもいいが。

自殺はできない。

勝手にくたばったら、アイツに申し訳ない。

現に、今の今まで産まれてくるはずだった弟や妹達の為に生きようと努めてきたのだがら、

ここで死んだら今までの事が水の泡だ。

かといって、このままでいるのもつまらない。

「あぁ、今行くよ」

遠くの方から、妻の呼ぶ声が聞こえる。

声のする方へゆっくりと手を伸ばす。

静寂の中、妻の笑い声だけが虚しく木霊する。

「ダメだ…」

考えれば考える程、涙が溢れてしまう。

言い訳するのは簡単だ。

何をやっても、何を言っても変わらない事も事実。

だからといって、婚活して新しく家庭を築くのは、

裏切ってる感じがして気が引ける。

そもそも、モテるタイプでもないし、

子供二人分位は養えるお金はあるが、

後にも先にも妻以上に自分の事を理解してくれる

相手は居ないのだろう。

奇跡だったんだ。

悔しかった。

それは贅沢か。

理想が過ぎるのか。

「もう、いいんだよ」

色々考えているうちに、

妻の最後の言葉を思い出した。

「お前はそれでいいのか?」

「君はやっぱり幸せになるべきなんだよ」

「どういう事だ?」

それ以上の事は聞けなかった。

察した彼女も話を止めた。

その後妻は、息を引き取った。





七枚目:

ネガティブを捨てろ。

言い訳するな。

目の前の事から逃げるな。

環境のせいにするな。

全ての不幸はお前のせい。

周りの不幸もお前のせい。

大人の癖に甘えるな。

何があっても不平不満を言うな。

生きてるだけで有難く思え。

何があってもそう思い込め。

物は言いよう。

どんな時でも幸せだと思い込めば幸せは来る。

ピンチをチャンスに。

努力は必ず報われる。

報われないのはお前の努力が足りないからだ。

自分を可哀想なんて思うな。

他人の為に生きろ。

人の前で涙を見せるな。

前向きに考えろ。

君が死にたいと思った一日は、

誰かが生きたいと思った一日だ。

もったいない。

信じれば報われる。

祈れば神は応えてくれる。

薬に頼るな、リスカもするな。

被害者側にも責任がある。

死んだら他人に迷惑がかかるだろ。

お前の場合は病気じゃない。

お前の悩みはどうせ大した事じゃない。

みんな頑張ってる。

泣き言喚いているのはお前だけ。

他人と自分を比べるな。

お前よりも恵まれない奴がいる。


分かってるよ、そんなこと…

でもね…私だって辛いんだよ。


変われと言われて直ぐに変われるものじゃないし、

ネガティブを無くせと言われても、

過去のトラウマやら出来事が消える訳でもない。

綺麗事を聞くだけ聞いて、

結局は自分次第って言われると、

間違いではないけど、

なんか無責任というか、

見捨てられた感じがして悲しい。

それが言い訳だと言うけれど、

ならあなたは、幼い時から普通じゃ経験しようも無い

耐え難い苦痛を味わって、

それを事情も知らない他人から、

言い訳だの、手放せだの、

自分次第だのと身勝手な言葉を言われたら、

それに納得してポジティブになれますか?

全部捨てて忘れろと言われて直ぐに忘れられますか?

結局、人の苦しみは経験者にしか分からない。

他人に言っても、甘えとか、

大した事じゃないとか言われて笑われるのがオチ。

逃げるなとか、全ての不幸は自業自得とか、

そんな知ったかぶりの言葉は、

そこらの犬にでも食わせてしまえ。

そんな言葉が平気で言える君は幸せ者だな。

忘れろと言われて忘れられる人は、

ある意味すごいよ。

どんな苦痛も諦めたり、病んだりせずに、

全部受け入れて努力出来る人がいるなら、

その人は間違い無く天才だ。

私はその人を尊敬する。

でもさ、そうやって綺麗事ばかりほざいてる奴もさ、

結局、言い訳作って逃げてんじゃん。

自分は良くて他人は駄目なのか?


ネガティブを恐れるな。

ポジティブに固執するな。

自分の全てを受け入れろ。

疑問に思ったなら手を上げろ。

他人にとっての正しさよりも、

自分にとっての正しさでいいんだよ。

本当に苦しい時は、

今の環境が間違っていると感じたなら、

逃げてもいいんだよ。





八枚目:

空っぽ、空っぽ。

空っぽ、空っぽ。

空気が苦く、どこかが痛い。

幸福なのに分からない。

綺麗なものが許せなくなる。

歪な支配に犯されてゆく。

許せるものも許せなくなる。

嫌いなものが増えてゆく。

壊れた頭が怖くなる。

気づいた時には戻れなくなる。

努力の割には対価が少ない。

言い訳を探す旅に出たはいいが、

ワガママに足りないと嘆くだけ。

自分より不幸なあの子の涙、

普段は明るく優しいあの子の涙、

独り善がりの歌を聴いた。

大人も知らない世界を憎むその顔で、

狂気に満ちたその顔で、遠くの夕陽を睨んでいた。






九枚目:

俺が不幸なのは俺のせい。

あんたが不幸なのも俺のせい。

じゃ、あんたの責任はどこにある?

苦しいか?

俺もだ。

宗教的価値観の押しつけも、国同士のいざこざも、

もううんざりだ。

苦労が美徳、自己犠牲は素敵な事だ。

そう言ったのはあんただろ?

じゃ、なんで目の前の事から逃げようとする?

矛盾してんじゃねーか。

逃げるな?

じゃ、あんたが俺の代わりにやればいいだろ。

絶対に何があっても逃げんなよ?

どんな理不尽があろうと、不幸になろうと、

努力が報われなくても絶対に諦めるなよ?

諦めたりしたら、あんたの言葉は嘘になる。

ふざけんな、クソが。

どうせ、死んでもわかんねーよ。

生きてる間も気づかないなら、死んでも同じだ。

俺の存在否定して、自分の事は棚に上げて、

知ったかぶりで決めつけて、

俺と他人を勝手に比べて、

なのに俺が自分と他人を比べる時は、

それは違うと言いやがる。

お前はなんだ?

何がしたいんだ?

何が言いたいんだ?

お前は俺のなんだ?






十枚目:

貧しい家庭に生まれた少女。

父はお酒とタバコが唯一の娯楽で、

自分にだけ暴力を振るってくる。

母は、重度の快楽狂で、

借金返済の為に、自ら喜んで体を売る。

学校では、心身共に傷ができる程の虐めを受け、

教師に話しても笑われる始末。

お前が悪い、お前は恵まれているんだぞ、

世界にはな、お前以上に恵まれない子供がいるんだ、

当たり前に生きれる事に感謝しろ、

その歳にもなって甘えるな、

と言葉を返される。

友達もいない、兄弟もいない、

自分を理解してくれる人もいない、

いつ何があっても匿ってくれる人はいない。

一日の食事はというと、学校の給食だけ。

両親ともに不在な日が多く、だからといって、

金を置いていく事もないし、家には冷蔵庫すらない。

給食をこれでもかと貪り食って、

何とか一日分の栄養を摂ろうと努力する。

それでも足りないなら草や虫を食べる。

授業は真面目に聞いてるし、

宿題もサボらずに提出するし、

休み時間の合間で予習復習も欠かさない。

なのに、学校の成績は悪くなる一方。

徐々に頭が可笑しくなっていく。

次第に全てが馬鹿らしくなる。

生きることが辛くなる。

そして彼女は考える。

幸せについてひたすら考える。

教師が言っていた当たり前への感謝。

母親の言っていた子供は気楽で羨ましい。

父親が言っていた生かされている有り難さ。

近所の人が言っていた大人の苦労。

沢山、沢山考えた。

「幸せ、幸せ、幸せ、幸せ、幸せ…」

彼女の頭の中で、幸せという文字が羅列する。

「私は幸せ、私は幸せ、私は幸せ?私は幸せ、

私は幸せ、私は幸せ、私は幸せ?私は…」

幸せという言葉を繰り返しながら、

認めたくない一心で、

訳もわからずニタニタと笑みが溢れ、

そして何より頭が痛い。

誰もいない道端でしゃがみ込む。

両手で鼓膜を押さえつけながら、

何度も何度も泣き叫ぶ。

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!!」

自分の不幸は自分のせい。

他人の不幸も自分のせい。

神様が試練しか与えないのは自分のせい。

母が父に殴られるのも自分のせい。

あの子が自分を虐めるのも自分のせい。

全部、全部自分のせい。

「そうか、私は幸せになっちゃいけないんだ」

すると、前方から一台の車が…

暴走する車に轢かれた少女は、

血を垂れ流しながらその場に倒れ、

息を引き取った。

「幸せ?」

少女の亡骸を目撃して、

気持ち悪いと吐き捨てながら通りすがる主婦たち。

少女を轢いた車は少女を助けずに逃走し、

数時間経っても、救急車の音すら聞こえないままだった。

それでも、動かぬ少女はこれ以上無い程の、

万遍の笑みを見せていた。

死ねたのがよっぽど嬉しかったようだ。

その傍らには、歪んだ顔の女が少女を見下ろしていた。





十一枚目:

「お前、大変だな。

生きるのを手伝ってやろうか?」

男への不満をSNSで呟いていると、

後ろから虚ろな目をした男に声をかけられた。

「願いを叶える訳では無い。

あくまで手伝うだけ。

お前の願いはお前が叶えてやれ。

他人に期待しすぎるな。

だから今みたいにある事ない事文句が出る」

「偉そうに、てかあんた誰?マジでキモい」

「何を言う?お前よりは偉いさ」

「で?何が言いたいの?」

「お前の中の劣等感って奴だ、

他人に完璧を求めるなって事」

「意味わかんない…」

「今はまだ、分からなくてもいい」

気持ちの悪い男に捕まるなんて、

今日はついてないなと思いつつ、

その場から立ち去ろうとする私。

去り際に男は、偉そうな口調で私に告げた。

「傷つけるのは勝手だが、必ず自分の行いは自分に返って来るという事を忘れるな」

それから私の生活が一変した。

あの気持ち悪い男と出会ってから、

不幸ばかりが起こるようになった。

彼氏にフラれ、道行く男達から必要以上に避けられるようになった。

顔に何かが付いてるというよりは、

まるで人では無いモノを見るような目。

近所の餓鬼共から化け物と呼ばれ、

両親から絶縁を求められた。

合コン行っても、飲み会に参加しても、

私は嫌われ者として扱われる一方、

私よりもブスな女が優遇される。

少し劣るくらいならまだしも、

私が男だったら絶対に近づかないくらいのブスが必要以上に男から言い寄られる様を目の前で見るのは、気持ち悪いを通り越して吐き気がする。

私はとうとう独りになった。

死ね、死んでしまえ。

男のせいで、男さえいなければ…

より一層、男というものが嫌いになった。

前よりも憎しみが湧いた。

それから男だけでなく、

私以外の全てが敵に見えるようになった。

「愚かだな、皮肉なものだ」

するとまた、私の前に例の男が現れた。

「因果応報って奴だ、自業自得だろ?」

「うるさい!お前のせいだ!死ね!」

私は男を睨みつける。

目の前の男が憎い。

私は、見下したような男の顔が許せなかった。

「で、これからどうする気だ?

俺を殺すのか?それとも街中で暴れる?

いいよ、それでも。

気の済むまで狂えばいい。

そうやって自分の非を正当化しながら、

関係の無い奴らを憎めばいい」

「ふざけるな!私の気も知らないくせに!」

「お前もお前を傷つけた奴の気も知らなかっただろ?だから平気で傷つけた。違うか?」

「うるさい!うるさい!うるさい!」

私は男を殺そうと思った。

この男をどうやって殺そうか?

そればかり考えた。

私は間違えていない、私は正しいんだ。

だから罪悪感もない。

周りにバレても、きっと理解してくれる。

気持ち悪い男に付きまとわれていたと言えば、

友達も絶対に心配してくれる。

友達?そういや、友達っていたっけ?

友達、だったんだっけ?

次第に頭が可笑しくなる。

何もかもがアイツのせいだ。

そう思った瞬間、急に目眩がし始め、

私は意識を失った。

「お疲れ様」

最後に聞いたのは、男の低い声だった。





十二枚目:

正義ってなんなんだろうな?

善悪ってなんなんだろうな?

結局さ、俺の勘は正しかったんだよ。

俺の代で終わらせるべきだった。

人が人に戻るには、もう手遅れだ。

クズだけがいい思いをし、

そのクズの為に罪なき奴らが犠牲になる。

馬鹿げた世界だ。

何千年間その繰り返し。

神も仏も、救いが欲しい時に限って無視をする。

なんでこうも意地悪なんだ?

だったらもう、こんな世界はいらないじゃん?

これ以上続ける意味がどこにあるのさ?

神が腐っているから、人の世も腐る。

違うのか?

何億人が犠牲になった?

何億人を救えなかった?

綺麗なものだけ見てろってか?

文句があるなら批判してみろよ。

言ってくれよ。

それでも神が正しいと、

森羅万象、全知全能、

絶対的な正義であると豪語出来るのならな。

もうさ、俺も分かんねんだよ。

何が何だか…

それじゃ、またな。





十三枚目:

大した理由はない。

他人にとってはくだらない話だ。

もうそこは、俺の居場所じゃない。

本当に、ただそれだけだ。

息苦しかった。

教えというやつがわからなくなった。

あんたらにとって俺は、裏切り者でしかない。

教えを否定した罪人だ。

教えに背いた俺を責めるなら勝手にしろ。

憎みたければ憎め。

問題ない。

嫌われる事には慣れている。

人から好かれないのは昔から変わらない。

俺が不幸なのは俺のせい。

他人が不幸なのは俺のせい。

ふざけるな。

俺は、辻褄合わせの作品じゃない。

俺は、あいつの欲求を満たすための道具じゃない。

主を間違えるな。

他人にとっての正しさよりも、

自分にとっての正しさを信じるしかない。

あいつは、人を幸せにしたかった訳じゃない。

自分が幸せになりたかっただけだ。

でなきゃ、三度も壊さない。

善悪なんて、人のさじ加減でどうにでも変えられる。

誰でも言い訳ができる。

何度でも改変できる。

根拠はない。

クソ野郎が考えた、ただの感想だ。

クズはクズらしく、消えるだけだ。






十四枚目:

親戚の兄が死んだ。

死んだというか、突然消えた。

物心つき始めた頃からよく遊んでいたのだが、

当時中学生だった兄は、臆病で暗い性格のせいか、

クラスメイトから忌み嫌われ、虐げられていた。

兄が受けていたものは、机に落書きとか、

上履きに画鋲とか、そういう古典的なものから、

誹謗中傷、ゲームと称した暴力、根拠もない濡れ衣を着せられるなど、想像するだけでも酷いものだった。

そんな兄が失踪したのは、夏休みに入る前の日で、

最後に目撃されたのは、十数年前に廃屋になった虚神社(うつろじんじゃ)の辺りだった。

虚神社に纏わる古くからの伝承で、

鐘の扉が開く時、都合のいい世界へ行けるというのがあった。

しかし、虚神社での失踪事件は今まで一度も聞いた事がなく、噂なんてデタラメだと言う人もいた。

兄が失踪してから数日経った頃から、

自分の周りで奇妙な事件や事故が相次いで起こった。

兄を虐めていたクラスの人達に、

普通じゃありえない不幸が襲ったのだ。

授業中に窓ガラスが何度も割れたり、

機械的な低い声の幻聴が永遠と聞こえたり、

ドアや壁を強く叩く音が聞こえたり、

居ないはずの兄から何度も殴られる幻覚を見たり、

記憶障害に陥ったり、身体障害を患ったり、

化け物に食われる悪夢を繰り返し見たり、

兄が受けた虐めを受けたり、被害は様々だった。

兄の行方が気になった私は、学校からの帰りに虚神社へ行ってみることにした。

気の遠くなるくらいの長い階段を登り、

年季が入った鳥居を潜ると、

一切手入れがされていないせいか、

神社なのかも怪しい程にボロい建物が立っていた。

長い階段を登ったせいで足が痛かった私は、

賽銭箱の前で腰を下ろす。

すると、急に眠気が襲ってきて、

私はその場で気を失った。

気づけば、先程までいた神社とは違う場所にいた。

辺りを見渡すと、真昼なのに薄暗く、

信じられない程の静寂に包まれていた。

どう見ても、私にとって都合のいい世界とは思えない場所だった。

やはり、今まで語られてきた伝承は半分嘘だった。

とするなら、この世界は一体何なのだ?

いても経ってもいられず、近くにあった玄関から外へ出た。

辺りを見渡すと、人の形をしたものが道を行き来していた。

そのモノ達は、人の形をしているものの、

人とも幽霊とも妖怪とも言い難い姿をしていた。

その中の何人かが私の存在に気づいてこちらを見るが、襲うことも無く、

何事もないような様子で通り過ぎていった。

とりあえず、居なくなった兄を探すため、

再び歩みを進めた。

近くにいた怪異達に、兄の居場所の手がかりを聞きながら探索を進めるが、一向に居場所が掴めない。

手がかり一つも掴めず、途方に暮れていると、

同じ背丈の少女が、私に声を掛けてきた。

姿形は周りにいる奴と変わらないが、

綺麗な花柄のワンピースを着ていて、

遠目で見たら至って普通の女の子だった。

話を聞くと、兄の事を知っているようで、

兄のいる場所へ連れて行って貰うことにした。

三百メートル程歩いて回り、ようやく兄のいる場所へとたどり着いた。

そこは、先程まで私がいた虚神社だった。

兄は、私に気づいたらしく嬉しそうな表情でこちらに駆け寄ってきた。

兄は紛れもなく、以前と変わらない姿をしていた。

安心した私は、兄に事情を詳しく聞いてみた。

やはり、兄も私と同じ方法で気づいたらこの世界へ飛ばされたそうだ。

兄は、会いたかったと言いながら、私を強く抱きしめた。

どうやら、意図してここへ来たわけではないようだ。

一緒に帰ろうと私は言うが、兄は頑なに拒んだ。

ずっとここに居たい。

前の世界では居場所なんて無かったから。

というのが、兄の言い分だった。

それでも私は諦めきれず、兄を説得する。

どうすれば戻って来てくれるのかと聞いたら、

兄は、生きる希望が欲しいと答えた。

私は一瞬、意外な言葉に驚いたが、

一度冷静になり、兄の言う生きる希望を考えた。

例えば、兄は以前から彼女が欲しいとボヤいていた。

それならば、私が兄の気持ちを理解してくれそうな恋人を探せばいいと思った。

それがダメなら、私がなればいい。

とにかく私は、兄を連れ戻そうと必死になった。

後味の悪い罪悪感だけは残したくなかったのだ。

そして私は、以前兄を虐めていた人達が不幸な目にあった事を話した。

それを聞いた兄は、溜息をつきながら立ち上がった。

どうやら、ようやく戻る気になったようだ。

それから私と兄は、無事に元の世界へ戻ることが出来、しばらくして兄は、実家で暮らす事になった。

そして数年後、兄はまた失踪した。

もう私は、兄を探して連れ戻そうとは思わなくなった。

兄への気持ちが覚めたのは、

兄を連れ戻した時に、兄から受けた仕打ちのせいでもあった。




十五枚目:

私には殺したい程憎い女がいた。

職場の同僚なのだが、

自分が犯したミスを私のせいにしたり、

周りが見てる前で私の悪口を言ったり、

私に関する根も葉もない噂話を広めたり、

事ある毎に嫌がらせをしてきて本当にウザかった。

彼女からの嫌がらせの他に、

日々のストレスもあって、

会社から帰宅しても、心身共にボロボロで全然気が休まらなかった。

寝る前はいつも彼女の事ばかり考えて、

全く寝付けなかった。

精神科に何度か通ってみたけど、医師に伝えても軽くあしらわれるばかりで、私の気持ちが晴れることはなかった。

私は彼女を呪いたくなった。

「早く消えてしまえ」

「悲惨な終わりを迎えてほしい」

「私は、アイツのせいで何もかも失ったんだ。

今も幸せそうにのうのうと生きているアイツが許せない。アイツにはお咎めなしかよ。

なんでいつも私ばかり...」

「死ね、死ね、死ね」

そう願いながら、頭の中で彼女が死ぬ様を連想した。

それから五ヶ月が経過した頃、

彼女の訃報が知らされた。

死因は、他殺だそうだ。

同僚から聞いた話なので、詳細には分からなかったが、私は、ようやく苦痛から解放されたと思い、

ほっと胸を撫で下ろした。

けど、それで終わりじゃなかった。

毎晩、アイツに殺される夢を見た。

首を絞められたり、ナイフで滅多刺しにされたり、

崖から落とされたり、毒殺や銃殺など、

日によって展開と結末は違った。

多分、無意識下で恐れていたんだと思う。

当時付き合っていた彼氏にもその事を伝えたが、

全く信じて貰えなかった。

どれだけ必死に訴えても、誰も助けてくれない現実に失望した。

じゃ、私が悪いのか?

私が、私だけがおかしいのか?

そう思ったりもした。

都市伝説やその手の話には興味があったが、

怪奇現象や霊能力に関しては信じていなかったので、

怪談とかでよく聞く、近くの神社でお祓いをする

といった事はしなかった。

心身ともに疲弊していた私は、

自殺を考えるようになった。

もう、何もかもどうでもよくなった。

家族や恋人、職場の人達に迷惑が掛かるとか、

他人を思う余裕もなくなっていた。

ここは、借りアパートの二階にある狭い部屋。

私はふと、窓の方を見る。

次の瞬間、私はベランダから飛び降りた。

気づけば、病院のベッドの上にいた。

心電図の音で、まだ生きている事を知る。

腕には点滴の針が刺さっている。

色んな思いが頭を巡り、涙が止まらなかった。









十六枚目:

俺には価値がない。

両親も兄弟も俺も周りも、

みんな俺には期待しない。

凡人にもなれない糞ニート。

俺の居場所は画面の向こう。

今日も、働かない言い訳を探しながら、

キーボードをカタカタと鳴らす。

産んでくれなんて頼んでない。

病気なんだから仕方がないじゃないか。

こうして、誰かのせいにしながら生きている。

薄暗い部屋の中、独りぼっち。

部屋には、美少女フィギュアとか、

漫画とか、アニメの円盤とか、そんなんばっか。

俺はまだ大人になれないでいる。

いや、なりたくないんだ。

ずっと子供のままがいい。

あの頃に戻りたい。

あの頃の方が幸せだった。

いや、いっその事消えてしまいたい。

この世界からいなくなりたい。

罪悪感はある。

劣等感もある。

それでも地を這って生きている。

リア充してる周りが羨ましい。

俺はいつも不幸な目に遭う。

くそったれな人生だ。

良い事なんてひとつもない。

社会が俺を否定する。

負け惜しみじゃない。

俺は悪くない。

俺は悪くない。

俺は悪くない。

俺は悪くない。

そうだ…俺は悪くない。

…………………………………………

勇気をだして外へ出てみる。

有り金全部持って、知ってる街をほっつき歩く。

無計画に外出したから、何処へ行けばいいのか分からない。

コンビニ寄って、ゲーセン行って、

俯きながら、重い足取りで歩み続ける。

周りの視線が凄く痛い。

でも、気にしない。

「ママ〜、あの人変〜」

「こら!あんなモノ見てはいけません!」

気にしない。

気にしない。

気に…しない。

そんな時、彼女と出会った。

色白の肌、細くて綺麗な手足、

微かに靡く黒髪…

呆然と佇む俺に、彼女は心配そうに尋ねた。

「君、大丈夫?」

「大丈夫だと思うか?」

「大丈夫じゃなさそうだから声をかけた」

「何の用だ?」

「よかったら、相談に乗るよ」

俺は、今までの愚かな日々を彼女に語った。

「普通に生きたつもりだったんだけどな。

気づけばこのザマだ。

もう、自分の事すらわからなくなってんだ。

こんな事なら生まれてこなければよかった。

周りにそう言うと、世界には〜とか、

薄っぺらい綺麗事が返ってくるだけ。

違うのにな、そういう事じゃないんだよ…」

思春期の子供みたいな情けない発言だと自分で思う。

それでも彼女は、

笑うでもなく、呆れるでもなく、

親身になって、励ましてくれた。

「君はきっと、特別なんだと思う」

「俺が、特別?」

「そう、唯一無二のモノがきっとある」

「そう…なのか?」

特別だなんて、人生で初めて言われた。

ましてや、異性と話すなんて何十年だろう?

俺は、話す度に少しづつ心を開いていった。

それから俺たちは、友達になった。

毎日、同じ公園のベンチで色んな話をした。

どうでもいい事や、人生相談など、

日によって話題は違うから飽きなかった。

彼女といる時間が一番幸せだった。

軈て俺らは付き合い始めた。

ゆくゆくは結婚したいと思っていた。

彼女も同じ気持ちだったようで嬉しかった。

俺は、真面目に働き始めた。

彼女のすすめで、実力にあった場所で働いた。

肉体労働だったが、彼女の支えもあって、

どうにか頑張れた。

周りの視線も全く気にならないし、

職場でいじめられても、上司からいびられても、

動じない程の強いメンタルを手に入れた。

とある秋の夕暮れ時に、初めて彼女の過去を知った。

彼女は、幼少期に母親から虐待を受けていた。

父親は無関心だったそうで、

泣いても喚いても助けてくれない。

いじめも受け、不登校気味だったが、

それでも頑張って登校した。

本当に、俺以上の辛い経験を味わったのだ。

味方が自分以外にいなくても、

俺みたいに逃げなかった。

彼女の言葉を聞いて、貰ってばかりじゃなく、

俺も彼女を支えなければという気持ちになった。

そして俺は……

目を開けると、自室の天井があった。

そして、いつも見慣れた風景が広がっている。

俺は一人で発狂した。

巫山戯るな、巫山戯るな、巫山戯るな…

違う、違う、違う、違う…

俺は…俺は…俺は…俺は…

なんだ、結局夢なんか。

そりゃそうか。

だって俺、コミュ障だから。

……………………………………

俺は、幼い頃から内向的だった。

容姿も普通だったし、学力も平均点以上だった。

休み時間に、一人で本を読むのが好きだった。

自分だけの世界に浸れるからだ。

それでも、話しかけられれば普通に返すし、

体育の授業や運動会でも、積極的に皆と参加した。

傍から見ても、ごく普通の少年だ。

そんな俺に、奴らは言った。

「お前、キモい」

その一言で、全身が凍りついた。

信じられなかった。

信じたくなかった。

“なんで俺が?”

その一言で頭がいっぱいになった。

それから、クラス総出で俺への虐めが始まった。

本当に、本当に辛かった。

何度も死にたいと思った。

何度も消えたいと思った。

何度も自殺を考えた。

色々試してみたが、全部失敗に終わった。

今日も学校へ行けば、

アイツ(いじめっ子)らがいる。

今日は違う子を面白がって貶している。

虐められている女子の名は、月宮葉子。

俺の右隣の席で、物静かな性格をしている。

彼女が何かやらかした訳ではないが、

虐めっ子達に色々と難癖つけられているそうだ。

もちろん、俺も例外ではない。

時折、俺の元にやって来て、態とらしくぶつかってきたり、陰口を言ってケラケラ笑われたり、

物を隠されたり、黒板に悪口を書かれたり、

足をかけて転ばしてきたり、尾行されたり、

大人の前では良い子ぶっているのに、

割と犯罪レベルの事をしてくる。

何も言い返さないのは、強がりではなく面倒臭いから。

奴らには罪悪感がなく、汚れを知らない幼い子供のように目をキラキラさせ、口元をニチャニチャさせている。

人を人として見ようとしないからこそ、

どんな酷い事も平気で実行する。

まるで、悪意無く蟻の行列を踏みつけるかのよう。

本当に、吐き気がするほど醜くて汚い。

もちろん俺も、虐めの現場を見て可哀想だとは思う。

だからといって、月宮さんと仲良くするつもりはない。

虐めは、いじめられる方が悪いと世間は言う。

自分が弱いせいで舐められる。

無能だから怒られて、

弱音を吐いたらバカにされる。

笑っただけでキモいと言われ、

みんな自分から距離を置く。

嫌われないように取り繕っても、

簡単に裏切られる。

被害者ぶるなと言われるが、

結局どうすりゃいいんだよ。

虐める側は、自分達が何をしているのか客観視できず、事の重大さに気づいていない。

虐める側は、無自覚な事が多く、

その大半は、集団で行われる。

物を隠されたり、陰口を叩かれたり、

ノートや机や黒板に悪口を書かれたり、

暴力だってあるし、教師が虐める側に加担している事例も決して少なくない。

‘’気持ち悪い”

‘’臭い”

‘’ウザい”

‘’近づかないでよ”

‘’汚れる”

‘’死ねばいいのに”

‘’なんで来んの?”

‘’お前が悪い”

そんな言葉を当たり前の様に言ってくる。

親に言っても答えは同じだ。

そして、そういう奴らが常識や世界を語る。

自分は真面であると信じている。

毎日風呂に入ろうが、毎日手を洗おうが、

まるで人をバイ菌かのように言ってくる奴もいる。

触った物を擦り付け合ったり、

すれ違い様に、態とらしく鼻をつまんだりしてくる。

虐めがバレると、手のひらを返したり、責任を別の奴に擦り付けたり、自分は無実だと主張する。

もちろん、いじめられる側に問題がある場合も無くはない。

それでも、全部俺が悪いらしい。

そもそもの話、

“やられる方が悪い”

“自分に起こる不幸は全部自分のせい”

こういう奴に限って、他人のせいにする。

自分の罪を他人に擦り付ける。

自分は悪くないってね。

いじめられる側の自覚がないだけなのか。

そう簡単に変えられたらどれほど良いか。

原因と対処法が分かったところで、

理想通りに生きられれば苦労はない。

そんな完璧人間は一体何処にいるというのだ?

普通にしてても嫌われるというのに…

そんな、言い訳ばかりが思いつく。

体を鍛えようが、気にしないようにしようが、

自分の欠点を改善させようが、

奴らはありとあらゆる手を使って攻撃してくる。

自分を変えようが相手は変わらない。

結局虐めは、逃げるが勝ちだ。

いや、虐めに限らず逃げた方が身のためだ。

俺はその日から、外部との関わりを拒絶した。

それでも彼らは、俺の事なんか忘れて悠々自適に生きているのだろう。

結局、“ごめんなさい”の一言すら聞けなかった。

向こうは、悪気なんて微塵もないのだから当然だ。

そんな奴らですら、立派に生きているのに、

俺はこんな所で何をしているんだ?

なんで、成功して見返したいとか、

変わりたいとは思わないんだ?

自問自答を繰り返すうちに、意識が朦朧とし、

軈て、眠りについた。

機械の音で目を覚ます。

ここは病院だ。

しばらくすると、医師が入って来た。

医師は冷めた声で言った。

「安心して下さい、ただの貧血です」

軽い脳貧血と自律神経の乱れが原因だと、

医師は端的に説明した。

本当にそれだけか?と思ったが、

素人の俺に反論の余地はなかった。

両親は見舞いに来なかった。

音信不通の友人も来ていない。

俺は、このまま誰にも悲しまれることも無く

孤独死するのか?

それも悪くない…かもな。









十七枚目:妄想。

私は、知名も浅い素人作家である。

今年でもう二十歳になる。

私は、とある田舎の駄菓子屋を営む夫婦の間に生まれたひとり娘だが、両親は、私が十六の時に他界した。

原因は不明だ。

葬儀は出なかった。

私は、二人にそこまで愛されてなかったので、

彼らが死んだ事は気にもとめず、泣きもしなかった。

最低最悪な娘だと、我ながらに思う。

突然、親戚から駄菓子屋の経営はどうするのかと連絡が来て、特に都会でやる事もなかったので、

両親の後を継ぐため、田舎の家に帰る事となった。

JRの上越新幹線に乗り、一二時間程揺られながら

東京から、新潟へと向かう。

向かっている間、私は、

車両の座席に座りながら、ライトノベルを読む。

そうしているうちに、やがて新潟の広大な緑の畑や、大自然の景色が見えてきて、読み途中のライトノベルを閉じ、しばらくそれに見とれていた。

…………

私は、好きな偉人は誰かと聞かれれば、迷わず太宰治と答えるだろう、私は太宰治のような作品に憧れ、そして彼の言葉を真似ながら今まで自分の作品を書いてきた。

けれど、私は彼のような物語をどうしても書けなかった。

そもそも、彼の作品は、他者の為に描かれていて、一方私の作品は、どれもこれも自己満足の為に書いたものばかりだ。

そう、私は彼の作品において、彼が自分の為に書いた作品は、人間失格以外知らない。

故に、彼の作品についての知識は素人並に浅いのだ。

いや、そもそも太宰文学を理解していない私では、

彼の真似事など、当然出来るわけがなかった。

晩年でも「思い出」等の生い立ちが記された物語はあるが、それ以上は知らない。

けれど、人間失格を通して、彼の人生や人間性を知ったその瞬間から、私は彼の作品の虜になっていた。

勿論、彼のような碌でもない人生は歩みたくはない。

けれど、恵まれた環境下で生まれながらも、

不幸に終わった生涯。

その中での、経験や才能はつくづく羨ましく思う。

そうこうしているうちに、新潟駅に着いた。

真夏の日差しが、私を容赦なく照らす。

現在の時刻は、午後一時半。

私は、最寄り駅からバスに乗り、

実家のある南方の田舎街へ向かった。

窓の外を見ると綺麗な海が、太陽に照らされながら、キラキラと輝いていている。

ようやく、我が生まれ故郷へ戻って来たのだ。

私は浮かれ、期待に胸を膨らませながら実家近くのバス停で降りた。

波の音と鴨の鳴く声が、波風と共に私を出迎えてくれた。

私は、合鍵を使って裏口から上がった。

裏口玄関の直ぐ横に置いてある写真立てを見つめる。

思えばあれから二年が経っていた。

結局私は、あの頃と何も変わっていなかった。

変わったつもりでいただけだ。

自身への過度な期待。

心の中で密かに抱いていた自信。

それは思い違いでしかなかったのだ。

まぁ、無理に変わろうとは思ってないけどさ。

変わるというのは、とても怖い事だから。

さてと、さっさと着替えてもてなしの準備をしないと。

今日は、久しぶりに私が帰って来たのを知った高校の友達が、駄菓子屋に遊びに来る。

友達と言っても、所詮は上辺だけの関係。

相手も自分も傷つかない。

疲れない?

いや、むしろ楽だ。

関わりが深ければ深いほど、後々面倒な事になる。

それは、私が男であっても同じ事。

平和に平和に越したことはない。

しかしまぁ、今日の昼過ぎに帰って来たばかりだと言うのに、田舎の伝達の速さと来たら。

一時間も経たないうちに、高校の女友達が家へ来た。

みんな、いい意味で変わってしまっていたが、

相変わらず元気そうだ。

それから私達は、追憶にふけながら各々の成長を語る。

ある者は、絵の才能を活かし漫画家に。

そして、またある者は家業を継ぎ茶屋に。

皆が皆、一目で分かる程きちんと成長していた。

人は皆、自分の個性やずば抜けた才能がある反面、欠点を持っている。

けれど私は、歌も下手、ピアノ、バイオリン、色々試して見たが、どれも中途半端で失敗に終わり、直ぐ諦める、趣味の絵ですらロクに描けない、なんの取り柄もなく、これといった特別な才能はなかった。

それでも、こんな私でも唯一得意な事があった。

それは、妄想する事。

下手な文字で、自分だけの物語を描く事だった。

店の方を見てみると、小学生の子供達が店の外に置いてあるガチャを引いている。

そのうちの一人が、量産型のモブが出たと言って、その場に捨てた。

お金が勿体ない、どうせなら売ったり交換したりすればいいのにと、

私は心の中で思った。

今日の午後六時頃から、近所の神社で花火大会があるらしい。

外に出た所で、どこもかしこもカップルだらけ。

仕方のない事だ。

私にはもう関係がない。

現在の時刻は午後六時半。

私は、構わず創作に集中する。

勿論、女友達はとっくに帰っている。

この空間には、私一人。

今日は久しぶりの創作だ。

今のうちに途中経過の作品を書いておこう。

タイトルは、「余命宣告」。

学校ではいじめられ、両親がいない女子高生の主人公は、ある日、学校の帰り道で幽霊少年と出会う。

そして少年に、自分と代わってほしいとお願いされる。

主人公は、少年がきっかけで、同じ様な日を二度も繰り返す。

彼との一ヶ月を終えた主人公は、また新たに別の人間の少年と出会う。

恵まれなかった子供達の物語。

という、あらすじ。

一応、完成はしているんだけど、修正箇所がいくつもあって直さなくちゃいけなくてさ。

「僕と変わってくれますか。」

そう言われたのは、今から一ヶ月前の事。

七月の日差しが眩しく、こんな暑い日に、

放課後の帰り道で、見知らぬ小学生くらいの少年が、私に声をかけてきたのだ。

「お姉ちゃん、死にたいんでしょ?じゃ、僕と代わってよ」

少年は私を指を差しながら言ったのだが、

一瞬何を言っているのか分からなかった。

まぁ、死にたいとは思ってるけど。

「なんで私なの?ていうか、君誰?」

私はジト目で少年を見下ろすが、少年は困っている私を無視しながら話を続ける。

「実はさ、訳あって数年前に死んだんだ、

それで、まだやり残した事があって成仏出来なくてさ、霊感があって死にたがりのお姉ちゃんと出会ったという訳でして、一ヶ月、いや、一瞬だけでもいいから僕と入れ替わってほしいんだ。」

何だ、この子は。

まぁ、いいか。

少年は、人差し指を立てて、真剣な眼差しで言う。

明らかにお願いする態度じゃないが、まぁそこは良しとしよう。

「ふーん、まぁいいけどさ、それでそのやり残した事ってなんなの?」

「それは後々分かるよ、たまに変わってくれるだけでいいから」

さっき、一瞬だけって言ったじゃん。

「たまにでいいんだ…」

少年はニッコリと微笑んだ。

「さあ、早く帰ろう、両親に怒られちゃうよ」

「別に怒られはしないと思うけど、っていうか、幽霊なのに人間に触れるんだ…」

そんなこんなで、妙な疑問を残しつつ、私は彼に腕を捕まれながら家へと向かった。

云々…。

二時間程の創作を終えた丁度その頃、夜空に巨大な花火が上がった。

部屋の窓から見る花火は、儚くも綺麗だった。

芸術性さえ感じられた。

そういや今日は、海の方でも灯祭りがあったっけ。

いつ見ても綺麗なんだよな、あれ。

周りのカップルとか気にせずに、一人幻想に浸れる。

やっぱり、外に出ようかな。

コンビニに行くついでという事で。

ではでは、早速海辺へ。

何だ、意外と人いないじゃん。

小さい頃は、あんなに沢山いたのにな。

やっぱり、上京とかで若者も少なくなってきているし。

それでも、観光客は来てるんだね。

そういや、神社の方にも灯があったっけ。

街でも空へと飛ばしている。

綺麗、本当に綺麗だ。

思わず涙を流してしまった。

みんな、絵を描いたり願い事を書いたりして、

それを神様へ託す。

勿論、私も何回かやった事がある。

願い事は確か、お金持ちになりたいだっけ。

幼稚園の七夕でも同じ事を書いた気がする。

結局、お金持ちどころか、何も変わりはしなかったけれど。

まぁ、願い事なんて、所詮は占い見たいなものでしかなくて、こんな私如きの願いを聞くほど、

神様も優しい訳じゃないし。

おっ、もしかしてお前。

散歩中にすれ違いで再会した彼は、

中学の時に同じクラスで元彼だったが、

すぐに私を裏切ったクズ野郎だ。

もう二度と会いたくなかったのに、

こやつ、まだ地元に居やがったのか。

許せん、なんというか、よく分からんが、

とにかく許せん。

懐かしいなー。

あ、メアド交換しようぜ。

お前がいいなら、もう一度付き合ってやってもいいぜ。

うるせえ、その口閉じろ。

偉そうに。

そういう所が嫌いなんだよ。

あたしゃ、あんたなんかもう興味もないのだよ。

今すぐ私の前から消え去れ。

全く、なんでこんな奴の事を当時の私は好きになってしまったんだ。

私は、彼を無視して真っ直ぐ家に帰った。

翌日の朝。

午前九時頃。

会計の机に座って、うたた寝しつつ店番をしていると、小学生くらいの女の子が駄菓子を買いに来た。

こんな朝早くに客が来るのは珍しい。

それも、か なりのべっぴんさんときた。

おっさんみたい見たいな妄想は、やめやめ。

女の子は黙って店のミニかごに、駄菓子を入れている。

うまい棒三本、フル森二個、シガレット四箱、キャラメル、笛ラム二個、宝石箱の食玩、瓶のラムネ二本。

今日は、友達と遊びの約束かな?

合計、九百五十円です。

女の子は、無言で千円札を渡す。

五十円のお返し。

毎度あり。

さてさて、お昼は何食べようかしら。

そうめん?それとも、うどん?

今日は、カップラーメンでいいや。

ラーメンと言えば、しょうゆ味っしょ。

カップにお湯を注いで三分待ち、頂きます。

昼食を食べ終え、昨日の創作の続きを書き進める。

くだらない、自己満足の為だけに書かれた物語。

評価するに値しない、駄作ばかり。

ああ、つまらない、つまらないな。

“私が描く物語の主人公達は、みんな不幸になる。

ハッピーエンドなんて、そんなの書けない。

どうしても、残酷な結末になってしまう。

それが私の理想?

私は、悲劇のヒロインにでもなりたかったの?

もっと可哀想な自分を見て欲しい、

同情して欲しいとでも思ったの?

この物語での一番の敵は、加害者は私。

結局私は、あの頃から何も変わらない。

灰色で平凡で、つまらない。

いじめ、虐待、差別。

勿論、そんなものは人生で一度も無かった。

友達こそいなかったけれど、

先生、親にはちゃんと愛された。

衣食住にも困らずに、今まで幸福に生きてきた。

はず、そのはずなのに、

どうして私は、明るい物語が書けないのだろう?

どうしていつも、不幸な結末ばかりになってしまうのだろう?

自分の信じたいものを信じればいいとは言うものの、結局、何が正しいのかも、

何を信じればいいのかも分からなくなってきた。

分からない、分からないよ。

どうすれば…いいの…?

今も私の心は空っぽだ。”

これは、「妄想少女」で書いたセリフ。

私は、幸せを幸せと感じた事は一度も無かった。

欲求不満?

多分、当たり前に慣れすぎていて、実感が無かったのだと思う。

自分の心が、もっともっと満たされたいが為に、

自分よりも幸せそうな他人を見て比べる。

そして、自分は不幸であると、恵まれていないのだと錯覚させる。

“理想と夢の虚しさたるや。

残りは野良の腹の中。

我が汝の、汝が我の。

滅びなりけり。”

理想は理想でしかない。

夢の後は何も残らない。

そうやって、自分で自分を殺すのだ。

ああ、自分に才能があれば少しは真面目に生きられたのかな?

ああ、自分に自信と勇気があれば少しは人生も変えることが出来たのだろうか。

そんな文学時見た物語は書けないことくらい、

私自身、一番よく知っているのに。

さてと、暇が出来たことだし、ちょっと出掛けるか。

そうだ、隣町にある図書館に行こう。

バスで揺れる事、およそ十分。

大図書館の四階に、私の探している本がある。

太宰治の短編集だ。

「自信モテ生キヨ、生キトシ生ケル者

ソレ罪ノ子ナレバ」

これは、太宰治の言葉。

私の一番好きな言葉。

「人は誰しも罪の子なのだから、自信を持て」

という意味だと、私は個人的に解釈している。

多分これは、間違っているだろうけど。

そして、午後四時頃。

私は、図書館から出て、

また数キロ歩いた所にある大きな神社へ向かった。

今日はそこでお参りをしてから帰る事にしよう。

あと、夕食はどうしようか。

今日はお腹空いたし、トンカツでいっか。

私は、賽銭箱に五十円をそっと入れて、

両手を合わせ、心の中でいつもの口癖を唱える。

“平和に平和に、越したことはない”

そんなこんなで、買い物を済ませて家に到着。

さてさてここで、私ちゃんの三分クッキング。

豚ロースをフォークでグサグサ刺して、

卵、片栗粉、パン粉の順に付けて、

揚げ物用のフライパンに油を注いで、

火を付けて、ロースを入れて、焦げ茶になるまで揚げれば完成なのだ。

あとは、トンカツソースをかければオーケー。

さてさて、ご飯と一緒に頂きます。

そして、三十分でご馳走様。

お粗末様でございますと、食器を洗って、

お風呂に入ろう。

やっぱり最近、少し太ったかな。

胸も小さい。

はは、なんか嫌な気分。

今日は生理なくてよかった。

風呂から上がったら、瓶のサイダーを一気飲み。

冷蔵庫で冷やしてあるから、風呂上がりは特に美味しい。

懐かしいな、昔もよくやっていたっけ。

うちの駄菓子屋で扱っているサイダーは、

コンビニに売っているものとは少し違う。

とにかく甘いのである。

くぱぁ。

やはり美味い。

私は、テーブルに置いてあるリモコンを取り、

テレビを付ける。

ニュース番組で今日の朝に起こった事件の知らせ。

まだやってたんだ、電車のホームから飛び降りた二十代のサラリーマンのニュース。

こんなもん知らせた所で、自殺が減るわけじゃあるまいし。

みんな可哀想なんて思っちゃいないよ。

自分じゃなくてよかったという安心感、

それがもし自分だったらという恐怖、

ただそれだけさ。

臭いものには蓋をする。

だから、彼一人が死んだ所で自分には関係ないと、

目の前の現実から目を背ける。

人間なんて、所詮はこんなもん。

くだらない、くだらないよ。

さてさて、今日は歯磨きして寝るか。

その前に、読みかけの小説を読んでから寝よう。

今回読むのはこちら。

商品紹介系ユーチューバーの真似。

じゃじゃーん。

夏目漱石の道草。

まだ半分も読んでないんだよな。

大学教師となった漱石の日々の苦悩を描いた自伝的小説。

家族の物語。

裏に書いてあるあらすじが気になって四百五十円で購入したけど、あれから全然読んでなくて。

とほほ。

今日は、とりあえず五ページくらい読むか。

ふむふむなるほど、姉との会話云々…

それから一応、十ページくらい読んだのだが、

途中で睡魔に負けて、寝落ちした。

また私は、あの頃の夢を見た。

怖い、怖い、トラウマ。

思い出すだけで吐き気がする。

過去に何があったのかは、ここでは言えないよ。

けど、あの頃は、本当に色々あったんだ。

最悪がね。

それから目が覚めて、部屋の時計を確認すると、

もう昼の十二時を過ぎていた。

お昼は、何食べよう。

寝起きだから、重いのとかは食べれないけど、

一応、何かお腹に入れた方がいいよね。

私は、キッチンにある冷蔵庫を開ける。

やっぱり、何も無い。

調味料以外、何も無い。

しょうがない、またスーパーで買ってくるか。

昼と夜の分の買い物リストを、近くの電話横にあったメモ帳に書いていく。

昼食は、お好み焼き。

小麦粉とダシとマヨネーズはあるから、

卵とキャベツと豚肉と鰹節と揚げ玉。

それとソース。

デザートは、手作りプリン。

砂糖はあるから、後はバニラエッセンスと卵と牛乳を買う。

夕飯は、お刺身がいいな。

でも、いちいち生を切るのは面倒だから、

切ってあるやつにしよう。

ゔっ!!

突然、激しい心臓の痛みが私を襲う。

産まれた頃に発症した心臓病。

私は、そのまま意識を失って倒れた。

三〇一号室。

気がつけば、病室のベットの上にいた。

どうやら、遊びに来た友達が、倒れている私を見て、救急車を呼んでくれたらしい。

私は、見舞いに来ていた友達にありがとうを伝える。

けど、医師からの話では、私の余命は後一週間らしい。

一週間って、その日は私の誕生日じゃん。

はぁ、なんか嫌なタイミングだな。

こういう時に限って、神様は虐めてくるんだもん。

それで、身体は大丈夫なの?

友達が心配してくれる。

流石は、私の友達。

お主なら、良い女になるぞい。

誰目線やねん。

まぁいいか、無事なら。

本当は、無事じゃないんだけどね。

私は、また友達に嘘をつく。

でもね、楽しかった。

色々あったけど、

その結果、こんなにも優しくて良い友達に出会えたんだから。

後悔はない。

私は、満足よ。

病死。

私にとって、理想的な終わり方。

誰にも迷惑をかけないし、

友達にもトラウマを植え付ける事もない。

まぁ、向こうは何とも思ってないだろうし。

見舞いも、善人のただの同情だろうし。

三日も経てば、けろっと忘れるだろうしさ。

でも、それでいいんだよ。

それがいいんだよ。

私は、窓際にあるガラスの花瓶に添えられた二輪の百合を見ながらそう思った。

眩しい太陽に照らされ、みずみずしく綺麗に輝く百合の花。

青空、白い雲、陽の光、風鈴、白いカーテン、夏の涼しい風、点滴、そして病室。

こりゃ、幻想的だ。

いい絵の材料じゃないか。

描く人が描けば、きっといい絵になる。

私は、下手だから無理だけど。

百合の花言葉は、純粋、虚栄心。

何だ、今の私に相応しいじゃん。

百合を見ていると、今までの事が思い思いに込み上げてきて自然と涙が溢れ出る。

本当にこれで…

私は、泣きたい気持ちを抑えながら、左手で胸をぎゅっと締め付ける。

嫌、嫌だ。

本当は、嫌だよ。

もっともっと、絵を描きたかった。

もっともっと、小説を書きたかった。

もっともっと、友達と遊びたかった。

色んな所に行って、いっぱい好きな物を食べて。

好きなものを見て、好きな曲を聴いて…

………

それから一週間後。

私は、医師の告げた通りに息を引き取り、

この世を去った。

死ぬ前に私は、看護婦の人に頼んで貰った一枚の紙に、ただ一言こう書いた。

最後の最後で私が残した言葉。

それは…

「“平和に平和に、越したことはない”」






十八枚目:

昨日の朝、三歳の妹が死んだ。

原因は、母の育児放棄によるものだった。

食事もろくに与えず、家に居る時間も次第に減った。

毎日私が、母の代わりにオムツを変えたり、

ミルクを与えたり、身の回りの世話をしていたものの、五~六歳の私が一人でするのには限界があった。

父に裏切られ、シングルマザーとなった母は、

夜の仕事をやりながら、何とか家計を支えていた。

母は、帰宅する度に、毎回違う男の人を連れてきた。

おじさん達の中には、お小遣いをくれる人もいたが、

その代償として、体を触られる事もあった。

ワンルームの小さい部屋に充満した、

煙草や香水の匂いが、私は嫌いだった。

お酒をあおりながら、母は言った。

「なんで私が、コイツらの世話なんかしなきゃいけないんだよ...」

「こんな事になるくらいなら、産まなきゃよかったわ」

「なんで私ばかり...」

「アンタさ、どっか行ったら?

正直、私といるの嫌でしょ?」

「いい?男なんて信じちゃダメ、本当の愛なんて存在しないんだから」

もうこれ以上、ここには居たくなかった。

だから今日、人生で初めて家出をした。

僅かなお金と、お気に入りの絵本を持って、

遠くの公園まで歩いた。

「お腹がすいた」

私は、うるさいお腹を両手で押さえながら、

近くにあった時計台を見上げる。

現在の時刻は、夜の七時半。

辺りはすっかり真っ暗だ。

朝から何も口にしていないせいか、

頭も痛いし、フラフラする。

水道水をがぶ飲みしても、この腹は満たせなかった。

公園を抜け、近くにあったコンビニへ立ち寄り、

おにぎりを一つ買って食べた。

寒空の下で食べる梅入りのおにぎりは、

とても美味しく感じた。

きっと今の私を見て、可哀想と思う人もいるだろうし、羨ましいと思う人もいるのだろう。

私は、夜が明けるまで幸せについて考えた。

暖かい部屋で、温かいご飯が食べられること。

友人や、家族がいること。

生きれるだけのお金があること。

安心して、笑顔でいられること。

誰かに、認められること。

考えれば考えるほど、キリがなかった。

それでも自ら死を選ぶ人がいることを

、私は疑問に思った。

気づけば、すっかり夜も明けていた。

私は、昨日から一睡もしていなかった為、

近くにあった小川の辺りで寝ることにした。

目が覚めると、空はベージュに染まっていた。

朝のうるささが、まるで嘘のように静まり返っている。

まだ、頭も体も痛い。

小川が、こっちにおいでよと呼んでいる。

私は、それに抗うことなく、ゆっくりと川の方へ、

引き寄せられるように歩いていく。

視界が少しずつぼやけていき、

とうとう私は、川に向かって倒れた。

痛みもなく、苦しみもなく、

寧ろ、気持ちのいい感覚だった。

そして、遠く意識の中で私は思った。

人は、愛されないと死ぬんだなって。


END

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名無しの手紙 Kurosawa Satsuki @Kurosawa45030

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