第5話 次なる人材



俺は葬式に参加し、生前の川山の写真を見ていた。


今日は沢山の友人が参列した。

それだけでどれだけ慕われていたのかがわかる。


「惜しい男を亡くした。」とか。

「優しかったのに。」とか。

「もう一緒に飯食えないじゃないか。」とか。


泣き崩れる奴等の多いこと。


俺は何も言わずに花を供えた。

それを睨みつけている響野。


俺は手を合わせて元の席に戻った。


遺体は黒塗りの車で運ばれていく。

遺族と響野さんが乗って行った。



弁当をもらったが食う気になれずにの写真を見続けていた。


なんだか川山が死んだと言う実感がない。

今にもあの写真から出てきそうだ。


「兄貴。」と声をかけてきたのは、久しぶりに会う元会社の同僚の西島 拓真だった。


俺と拓真、川山は特に仲が良く一緒に食事に行っていた。


「おおう、久しぶりだな。元気にしていたか?」と俺は聞いた。

「はい、でもこんなことになってしまうなんて・・・」と俺と一緒に椅子に座る。


これと言って差し出してきたのは美味しくもないジュースだった。プロテイン製の。


「川山が飲んでいた奴か・・・」

「そうですね。」


俺はそれに口をつけて飲む。

「何がおいしくてこんなもの。」


「ただ筋肉をつけたかったんじゃないですか。」写真を見ながら言ってくる。


「その筋肉が役に立たなくて死んでちゃ意味ないだろう。」と俺は飲み干したはずのそのプロテイン製のジュースを握りつぶす。


俺のスーツがびしゃびしゃになった。

「まだ残ってやがった。あいつめ!」


「いい人でしたよね。」

「ああ。イケメンなのを除いてな。」


「どうするんですか?」と拓真が聞いてくる。

「何がだ?」と俺はその意図がわからない。


「俺も川山さんから話は受けました。ただやっぱり学がなくって、難しい話はわからん。でも、兄貴ならわかるんじゃないのか?」


「今更できることはねぇーよ。」

「本当にそうですか?」


「俺も同じもんだ。いい大学出ても、外に出たらそれが役に立たずに埋もれて行った。それにこの社会の仕組みに疲れちまった。それが北長 勇樹と言う男だ。」


「それは逃げなんじゃないですか。」


「お前にいい言葉を教えてやる。三十六計逃げるにしかずってな。逃げたもんが勝ちなんだ。」俺は海外に移っていった。高学歴の友人たちのことを思い出していた。


「そんな事俺は嫌です。俺はバカだけど、逃げるのなんて真っ平です。」


光輝いていやがる。

まぶしいな、まるで川山みたいじゃないか。


俺は立ち上がった。


その場を後にしようとして、殴られた。


俺の身体がよろめく。

プロテイン製が地に落ちた。


「何やりやがる。」と俺は拓真を睨みつける。

「俺はバカだけど、目を覚ます方法を知ってます。」と堂々と言いやがる。


「ちなみにその方法は?まさか殴って目を覚まさせるなんて言わないよな!」


「違いますよ。正しくはボコボコにして目を覚まさせるですよ。」

拓真はやる気に満ちていた。右のストレートが俺の腹を抉る。


俺は腹を抑えうずくまる。


「まだまだですよ。」襟元を左手でつかむ。

そう言って俺の顔面を何度も殴った。


「てめぇ。」と言って左手を振り払った。


俺も右の拳で殴りかかる。

それを西島は顔面で受けた。


俺は殴った手を痛がる。

一体いつぶりに人を殴っただろうか?

「痛い。」と素直に言った。


顔が腫れ、もはや原型を留めていないんじゃないか?



「殴れましたよね!」

「ああ、それがどうした。」


「逃げるんじゃなかったんですか?」

「そんな気分じゃない時もあるんだ。」と言って格好を付けたがもう限界だった。


俺は顔と手の痛さでぶっ倒れた。


〝ああ、まだ弁当食べてなかったな。〟と思いながら気を失った。



次に目覚めたのは休憩室だった。

俺のオデコにはおしぼりが乗っていた。


近くにある鏡を見ると顔が腫れている。

これじゃしばらく仕事に行くことは出来ないだろう。


サボる理由が出来たと少し喜んでおこう。


「確か名前は北長君だったか?」とそこにいたのは元国会議員の偉い人だった。


「近松先生でしたか?」と俺はテレビで見たことがある男に話しかける。

「先生はよしてくれ、今は隠居して若い子の活躍を応援している身なんだ。」と言って笑った。


近松さんは政治家として尊敬できる人だった。

しかしある時、政治資金の過剰な使い込みが判明して、それの責任を取って議員を辞任した。まぁ潔い人ではある。その後に色々出て来なければ・・・


「どうしてここに?」と俺は思わず聞いていた。


「彼を政治家に推薦したのは私なんだ。」

「はっ?」と俺はなんでこんな大物が川山を推薦しているのかわからなかった。


「ふふ、そう言う反応は良くされるんだ。慣れているよ。」と笑いかける。


「あれはいつのことだったか。私は後進の育成に自分の経験を聴かせたりしていたんだよ。もちろん誰も聴きはしなかった。川山君が現れるまではね。」


「先生この経済を回すのは人と言う話ですが、現在機械により簡素化された社会で本当に人間が必要なのでしょうか?」と質問してきたんだ。


「よく覚えているよ。私は多少言葉に詰まった。なんせ講義で始めて質問を投げかけられたんだ。嬉しすぎてそのことについて話し合い過ぎてしまった。皆が引いてしまうほどにね。」とペットボトルのお茶に口を付ける。


「それで結局どう答えたんですか。」

「非常に難しい事だよね。機械と言うのは人間の代用品にできる。しかし、どうしても人間が必要な部分もある。事をとうとうと話したんだけどね。」


「どう言ってました?」


「結局人は必要はないのですね。と彼は結論をばっさり突き付けてきたよ。」


「政治家の皆がそれに目を反らしている。人を省略して、それが人の労働を奪っている核にたどり着く。普通の人なら、政治家や官僚の弁舌で気付かないように仕向けられている。それに大企業が困るそう言う仕組みが出来上がった。人がいらない社会の出来上がりお零れをもらうだけの日々さ。」


「あーあ、それだけなら楽に生きて行けるように聞こえる。」

「そうだねその富の行き先を考えたら、歪な世界の出来上がりさ。」


「答え合わせはしないでおきます。」

「そうだね。それが賢い選択だよ。」と言って言葉を切った。


「本当はそんなことを理解している君をスカウトに来たんだけどね。」

「それは無理でしょう。」俺は自分がその器でないことを理解している。


「そうだね。君には足りないものがある。議員としても人としてもね。」


「流石先生ですね。」

「ふふ、伊達に魑魅魍魎が渦巻く世界で生きて来たわけじゃないよ。」


真剣な顔になる。

「・・・惜しい男を亡くした。川山君なら私の変わりにこの国を変えてくれるとおもったんだけどね。」と天を仰いだ。



「それなら一人推薦しておきます。」ここからが本番だね。


「うん?」と聞き返す先生。


「響野 吉乃を私は押します。」


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