第4話 友人の頼み


俺の名前は北長 勇樹。


気が重いが、友人の誘いに乗って飲み会に参加した。イケメン川山は気さくでいい奴だ。そして今日も彼女、響野さんを連れて来ていた。


ああ、うらやましいと少し思い。乾杯をした。


俺は飲み会だというのにオレンジジュースと言うお子様だった。

財布を開いてたぶんあるだろうと投げやりに適当に頼み、出されてくるものをゆっくりと食べていく。

そうして時間を潰すのが俺流の飲み会だった。


「勇樹、話があるんだ。」これはあれだ。結婚報告だな。

ようやく腹を決めたか?と俺は思った。

時々違う女の人といたりしている所を見かけていた。

本人は彼女さんを愛していると言っているが、俺から見たらうーんどうなんだと思っている。これで女癖が治ればいいなとか思っていると。


「実は立候補しようと思っているんだ。」いつもと違って真剣な顔をする川山。

「ん、何に?」

立候補?俺は疑問に思った。会社の中で出張でも決まったのか?俺はオレンジジュースを飲んでいた。


「市議会議員に立候補する。」

「ぶっ!」と俺は思わずオレンジジュースを噴き出してしまった。

ああ、もったいない俺のオレンジジュース!


「うんそう言えば今なんて言った。聞き間違いかな議員って聞こえたんだが?」

「ああ、そう言った。」その顔は今まで見たことのないほど真剣な顔をしていた。


「はっ?阿保かやめておけ。議員なんて俺の嫌いな職業ナンバーワンだぞ!」と俺は止める。そしてオレンジジュースを飲み干した。


「いや、俺は本気だ!」決意した男の目だった。その顔を見て俺は言ってやる。

「この国はもう終わりだ。俺には先が見える。この国が足元から崩れていく音がもうしている。それは止められない。」俺が行きついた答えを突き付けてやる。


「だが、俺はこの国を愛している。」まっすぐ見てくる目が俺はうらやましい。俺が闇なら、川山は光だろう。

「それは現実ではなく理想論だ。そんなものでただ飯食って美味しいか?」俺はオレンジジュースのお代わりを頼んだ。

「美味しくはないさ、だけど、俺はこの国をこの一歩から少しずつでも変えて行きたいんだ!」


「この国と一緒に死ぬなら勝手にしろ!俺を巻き込むな!」と怒鳴り散らかす。俺らしくない。親友の川山にあたったのかもしれない。


それに寄り添う彼女さん。たぶん彼女は賛成なんだろう。どこまでも彼を応援してやりたい。議員になる前にやることがあるだろうに!

くっそ女たらしめ!

リア充爆発しろ!

いやワンチャンいろんな女と付き合ったというスキャンダルで議員辞職する未来が見えた気がした。


なんでこいつと友達なんだろう。そうか前の職場で会っての腐れ縁だな。


面倒見のいいお兄さんみたいな奴だ。困っていれば相談に乗ってくれるお人好し。

きっと俺に兄がいればこんな奴だろう。顔が似てもモテないかもしれないが・・・兄と言うのは、今日でそれも終わりかもしれない。

「気分が悪い、俺は帰る。」おかわりのオレンジジュースだけは飲み干した。


ここで逃げて安く済ませようと決めた。会計を済まして外に出る。


「待ってくれ勇樹!お前に俺の手伝いをして欲しい。俺が信用を置ける奴はお前しかいないんだ!」と俺を引き留めるように言ってきた。

「はっ?なんで俺なんだよ。嫌だよ。」と俺が帰ろうとすると、目の前に出てきて土下座してくる。

「何やってんだよ川山。普段カッコつけているお前が土下座するなんて!だっせ!」と俺は言って立ち去った。


俺が見えなくなるまで川山は土下座していた。

そんな俺を睨みつけてくる響野さん。うん、彼女恐い人だったんだね。

もう関わりたくないな。そんな風に思いながら家に帰ろうとした足は若干だが重かった。


この時引き返せば未来は変わったのかもしれない。

俺と川山と響野さんの未来が・・・


それから毎日、川山から電話がかかってきた。俺は電話に出るのが億劫で、引きこもりになってしまう。

今日も仕事を仮病で休もうと、電話をしようとしてボタンを押している所で着信が来た。

俺は間違って通話に出てしまう。

「もう、うっとおしいな!」と俺は電話に出ると無言電話だった。

「?」と俺は訝しがる。いつもならよお、飲みに行こうぜとかラップ調に言ってくるのにおかしいな。

「なんだ、どうしたんだ?」と俺は疑問に思い聞いた。

それでも返事はない。

「だから、どうしたんだ!」と俺は苛立って叫び声を上げた。


一旦スマホを外し、画面を見ると川山の電話番号で合っていた。

もう一度耳に当てる。

「もしもし。聞こえてますか?」と俺は聞いてみる。そうしたら・・・

「・・・彼が死にました。貴方のせいで!」そんな金切り声の響野さんだった。

「はっ?嘘だろう。なんて言ったんだ!」と俺は聞き返した。

「貴方のせいで彼が、川山 太は死んだの!」そう言って電話を切った。

俺は彼女の泣き声が聞こえないはずなのに、いつまでも聞こえてきてならなかった。


「だが、俺はこの国を愛している。」そんな川山が言っていた言葉を思い出す。

お前が死んでいないのなら、意味のない言葉だ。

川山の土下座姿が遠ざかって行く気がした。

俺はあの時、少し嬉しかったのだろう。そんな気持ち忘れていたのにな・・・


俺はテレビをつけそのニュースをぼーっと見続けていた。

K市で川山 太 三十五歳 通り魔によって刺される。

「川山 太さんは若いながら市議会議員に立候補しようとしていて・・・。」と話し声が聞こえる。


結局この国は変わらない。何も変わらない。俺は再び絶望した。

すべてを諦めるにはこの死は大きく、俺に幻覚を見せるほどにこの死は大きい。

「あああああああああ。」叫んで、叫んで。隣の薄い壁がドンドンと叩かれるのもかまわずにもう忘れてしまった涙を俺は思い出していたのだった。

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