だるまさんが転んだ〆
Kurosawa Satsuki
本編
一章(さよならサンカクまた来てシカク)
私は今、夢を見ている。
それも、とても長い夢だ。
私の意思とは関係なく、勝手に進行していく様や、
まるで小説のストーリーの中にいるような感覚は、
実に不思議である。
………………………………
お金もない、才能もない、
やる気も、熱中できる程の趣味もない、
何をやっても中途半端、
夢もなければ、希望もない、
無愛想で、周りからも嫌われていて、
自分の殻にこもり、自分は悪くない、
悪いのは全部社会のせいだと言い訳ばかりし、
そのくせ、他人からの目を気にする、
最低最悪な、ゴミ以下の存在な私…。
そんな私にも、平等に朝は来る。
平日のルーティーンは大体同じ。
九時に起きて、顔を洗ってすぐに着替え、
バイトに行く支度をする。
そして、化粧もせずに家を出る。
勿論、朝食も抜き。
バイトを七時間勤務した後、
近くのコンビニで弁当なりお酒なりを買い、
帰宅する。
その後は、シャワーを浴びてからコンビニで買ってきた弁当を食べ、お酒を飲みながらノートPCで好きな動画を見て、
余裕があれば、読書をしたり、絵を描いたり、
小説の続きを書いたりして、
十二時には、歯を磨いて就寝。
その繰り返し。
なんの面白みもない女の日常。
部屋は、家賃月六万のワンルームのボロアパートの二階を借りていて、休日に掃除をしているから小綺麗ではあるが、女性物のグッズどころか、
家具もあまり置いていない。
テレビやタンスなどといった余計な物は置かず、
布団、衣類などが入ったスーツケース、ちゃぶ台、冷蔵庫などの、自生活に本当に必要な物だけを置いている。
それでも前までは、山積みになった大量のアニメグッズが部屋中に散乱していた。
勿論、要らないグッズは全部売ったし、
本当に残したい物は、金庫の中に入れた。
後は、まぁ、ダンボールの山が、押し入れにあったりもする。
最近、彼氏と上手くいっていない。
原因探せば色々あるけど、
最近は、二人の時間も取れずにいる。
それに、数日前から連絡が来ない。
浮気かどうかは分からないけど、
そうだとしても、
九十パーセントは私が悪いのかもしれない。
以前からデート中でも、
私が彼に対して冷たい態度を取り続けていたせいか、彼の態度も付き合いたての頃よりも、
かなり横暴になった。
あの頃は本当に、自分でもどうしていいのか分からなかったし、そもそも、彼に私は見合わなかったのかもしれない。
どんなに手を伸ばしても、
どんなに追いかけても、届かない。
願えば願うほど、求めれば求めるほど、
それは、最悪という形で、私に返ってくる。
ならば望まなければいい。
最初から期待なんてしなければいい。
本当に大事だと思うのなら、関わってはいけない。
彼の為に、自分の為に。
それに、この時の私は、本当に彼が死ぬなんて、
思いもしなかった。
私の考えた事と全く同じ方法で。
「宅配便でーす」
日曜日の朝。
頼んだ覚えのない荷物が届いた。
届いたのは、小さなダンボール箱。
送り主は不明だが、宛先は、私の所で間違いはない。
恐る恐る、中を開けてみる。
中には、手紙と一緒に、
硝子細工のオルゴールが入っていた。
手紙には、
“このオルゴールは、純粋な心を持つ者にしか分からない特別な力がある”
と、書かれていた。
私は、その言葉を聞き、このオルゴールを送ってきた相手が、彼氏だと気づいた。
昔、まだ二人の仲がよかった頃、
とあるデパートで目にした綺麗な硝子細工のオルゴール。
そのオルゴールを見ながら彼がこの言葉を言っていたのを思い出した。
オルゴールのネジを回し、聴いてみる。
「改造、したんだ…」
オルゴールから流れてきた曲は、
明らかに、デパートで見つけた時と違う曲で、
それは、紛れもなく、彼が口ずさんでいた曲だった。
“もういいかい。
まだだよ。
あなたに贈る愛のうた。
空から一滴の雫が落ちた。
恵の雨か、悲しみの雨か。
魔法の言葉。
愛のうた。”
特別な力。
そんなものは、勿論ない。
今聴いている曲だって、ただの心地のいいメロディーにしか聴こえない。
そう思ってしまうのは、やっぱり私も、
汚れてしまったからなのだろうか?
私の姪っ子に“めぐちゃん”という可愛い女の子がいる。
その姪っ子が、ある時私にこんな質問をした。
「愛してるってなあに?」
私は、まだ五歳の姪っ子の意外な言葉に、
思わず驚愕した。
「好きでもない人でも、
同じ事言うの?」
だが、私も私で思っていた事だったので、
迷わず答えた。
「言葉とは、呪文のようなものだ。
例え愛していなくても、
自分で自分を騙すことで、自我を保とうとする」
「どうして?」
「本当に好きでもない人といたら馬鹿らしくなるだろ?
虚しくなって、思わず逃げ出したくなる。
けど、そうしないと生きていけないから、
相手がどんな相手だろうと、
愛してるを言わなくちゃいけない。
おそらくそれが、君の母親だ」
この子の母親は、私の実の姉なのだが、
彼女は昔から問題児であったが為に、
近隣からも嫌われていた。
姉が結婚したのは、六年程前だが、
姉は、自分の旦那の事があまり好きではなかったらしい。
好きでもないのに、と、この子が言ったのは、
恐らく、両親の冷めきった空気や、言葉だけの“愛してる”に、気づいているからだろう。
「両親にも、聞いたのかい?」
「聞いたけど無視された。大人は多くを語らない。ママやパパだってそう…。
私達子供よりも、世間や物事を知っているはずなのに、怒るだけで、理由を聞いても曖昧な返答ばかりして、やましい事、知られて不都合な事があるみたいに何度聞いてもはぐらかすの」
「とはいえ、誰もがそうだって訳じゃないけどね。
でもそれって、とても悲しい事なんだと思う」
「私って、愛されてないのかな?」
「なにかあったの?」
「ママに、産まなければよかったって…」
私は、涙を流す姪っ子を、
優しく抱きしめた。
明らかにこれは、こんなに幼い子に対して言うべき発言じゃない。
まだ小さいのに…と、この子の事が心配になる。
「一度、姉さんと話してみるよ。
大丈夫、私がちゃんと叱ってあげるから」
「ありがとう、お姉ちゃん…」
姉と旦那が交通事故にあい、他界したのは、
その次の日の事だった。
一人取り残されためぐちゃんは、
一旦私の両親の元で預かることになった。
「私、お姉ちゃんがいい…」
めぐちゃんはそう言っていたが、
私は、彼女に何もしてあげられなかった。
………………………………
辛いと言ってるから辛くなる訳じゃない。
辛いから辛いと言ってるだけで、
そもそも、辛い事がなかったら、
辛いなんて感情はここにない。
何が、生きてるだけで幸福だよ…。
何が、私より可哀想な子は沢山いるんだよ…。
ふざけんな。
私の涙も知らない癖に、
私の人生を勝手に語るな。
幸せかどうかは私が決める事だ。
あなたじゃない。
そういい、家出をしたのは、今から五年も前の話。
成人する前の事で、娘の将来を心配していたからなのかは知らないけど、
父親が、受験の事や、就職活動、 今後の事など、うるさく言って来たので、
それに腹を立てた私が怒りをぶつけ、
それに逆上した父と大喧嘩になり、家を出た。
幸い、バイトもしていたので、
一人で暮らしていける程の経済力はあった為、
飢え死にする事もなかった。
昔から絵を描くのが好きだった私は、
憧れの某アニメ制作会社に就職しようとするものの、一次の書類審査でことごとく落ち、
それから何度か別の制作会社に受けるも、
全て失敗に終わった。
まだ、した儲けの中小企業ならいけるかもと思ったけど、もう私には、受けようという気力すらなかった。
「このダンボール中身、棚に並べといて」
バイトの勤務は、主に、レジ打ちと、棚の整理だ。
難しくはないし、荷物を運ぶ以外は重労働って程ではない。
だが、今日はやけに疲れやすい気がする。
頭痛、吐き気、めまいが私を襲う。
「ん?大丈夫か?」
「あ、大丈夫です」
「体調悪いなら、早退してもいいんだぞ?
無理するな」
異変に気づいた店長が、すぐに駆けつけ、
背中をさすってくれる。
とりあえず私は、店長と一緒に休憩室に向かった。
ダメだ、失敗した。
前も同じようなことがあったし、これ以上休むとバイトをクビになってしまう。
それに、みんなに迷惑をかけたくない...けど。
今日は流石に無理...。
あまりの気持ち悪さに、思わずその場で吐いてしまった。
「ごめんなさい...」
それから少しだけ休んだ後、店長の説得もあり、
渋々早退することにした。
今日は早めに帰れたけど、少し時間が空いたな。
久しぶりに自炊でもしよう。
とは言っても、家の冷蔵庫には銀色の缶ビールくらいしかない…。
仕方ない、近くの緑スーパーまで買い出しに行くか。
今晩は体調も悪いし、脂っこいものは食べられないな。
久しぶりに作るか。
茶碗蒸しの崩し。
低コストで低カロリーの食べ物、茶碗蒸し。
昔は、よく作ってよく失敗した。
だから、開き直って、いっその事茶碗蒸しの崩しって事にしようってなったんだっけ。
材料は、茶碗蒸しと同様。
卵、本だし、醤油、みりん、塩、カニカマ。
卵二個、出汁400CC、醤油小さじ1、みりん小さじ1、塩ひとつまみを混ぜ、
茶碗にカニカマと一緒に入れ、
鍋に水を注ぎ、茶碗を入れ、強火で七分、弱火で三分、固まらない程度に茹でる。
みずみずしく、美味しんだよな〜これが。
セットしたタイマーが一定の音で鳴り響く。
そろそろ出来たな。
みずみずしい茶碗蒸しの崩しの出来上がり。
鍋の蓋を開けると、茶碗蒸しから、ほのかなダシの香りが漂ってくる。
ちなみに、蒸しプリンも、材料は違えど、作り方は似ているから参考にして欲しい。
なんて、誰に言ってんだ私は。
それじゃ、いただきます…。
そして、夜中の一時。
茶碗蒸しを食べて直ぐに、少し休もうと思ったが、
だいぶ寝過ごしてしまった。
昼の時より体調も良くなってはいるが、
まだ頭がズキズキと痛む。
夜中だけど、今日は休みだし暇だから、
近所のコンビニまで散歩しに行くか。
とはいえ、財布には五百円しかないけど。
「いらっしゃいませー」
コンビニを入ってからまず初めに行くのは、
奥のドリンクコーナー。
普段はお酒を買うが、今日は缶のサイダーにしよう。
その次は、お菓子コーナーで板チョコを手に取り
、そのままレジに持っていく。
「合計で三百円です。五百円ちょうだいします。
二百円のお返しです。ありがとうございましたー」
店員さんにお辞儀をし、素早く店を出る。
誰もいない真っ暗な公園へ行き、ベンチに腰を下ろす。
「はぁ...」
私は、星の見えない夜空を見上げながら、あの頃の記憶を思い出す。
あの日、公園で出会った謎の少女。
そして、あの子が口ずさんでいた歌。
私も何とか思い出しながらあの歌を口ずさむ。
“遠くから 僕らを 見下ろす星
夜空で光る 無限の星
もしも 僕が死んだら
何人が悲しむかな?
何人が笑うかな?
未来 世界
絆と魔法
僕 らの 進む道は
きっと もっと…
悲しみも 苦しみも
消えてしまえばいいのに
いつか この夜空の 星達のように
本当の意味で 輝ける日が
来るといいな”
あれ?歌詞違ったっけ?
曲の名前すらも覚えてないや。
そういや、あの子、今どこで何をしているのかな?
……………
これは、今から数日前に見た夢の話。
私は、疲労で頭が朦朧とする中、繁華街の狭い通りを歩いていた。
すると、人気の少ない場所に、一件の占い店を見つけた。
看板を見ると、“一回三千円、なんでも答えます”と書かれている。
少々お高いが、丁度占い師に聞いてみたい事があったので、試しに占ってもらう事にした。
店の中へ入り、先に、お代の三千円を支払ってから席に着く。
占い師の顔を見ると、ブロンドの長い髪を肩まで垂らしたごく普通の黒服の女性だった。
私はてっきり、魔女のような姿を想像していた為、少し拍子抜けした。
「お名前は?」
占い師に、名前と生年月日を聞かれ、それに答える。
「今回は、何を占いましょうか?」
所詮は占いだ。
半信半疑で都合のいい言葉だけ信じればいい。
例え、的外れな回答が返ってきたとしても、
なんの不思議もない。
私は、占い師に四つの質問をした。
一つ目、「あの、自分の人生を自分の思い通りに出来ますか?この先の自分の人生は、自分が想像した通りの結果になりますか?」
二つ目、「今までの記憶を持ったまま、人生をやり直せる事は出来ますか?」
三つ目、「私に来世はありますか?
もしあるなら、どんな来世ですか?」
四つ目、「誰もが平等に幸せになれる世界はあると思いますか?」
占い師は、しばらく考えた後、一つ一つ答えていった。
「一つ目の回答、自分の思い通りに生きるのは不可能に近いです」
「それはつまり、運命からは逃れなれないということですか?」
「人生は、生まれる前から既に決まっています。不可能なものは、どう足掻いたところで不可能ということです。
出来ないことにいつまでも固執していては、
人は成長できません。
出来る事だけを信じ、続けていれば、
いつかは報われます。
勿論、報われない努力もありますが」
言っている事はまともなのかもしれないが、
言い方がどうも宗教的で胡散臭い。
占いでもなんでもないし、
ただ適当に言っているだけなのでは?
「二つ目の回答、今までの記憶を持ったまま人生をやり直すことは出来ます。
ただし、人によりますが…」
「三つ目の回答、来世は誰にでもあります。
何になるかはその人次第ですが、人も、人以外の生き物も、生と死を繰り返します。
ただ、生まれ変わりの際に、前世の記憶を失いますが…」
「四つ目の回答、理想は理想でしかありません。平等なものはありますが、全てのものが平等な世界は存在しませんし、有り得ない事です」
理想は理想でしかない。
それは、彼氏がよく口にしていた言葉だった。
「でも、みんな平和を望んでるはず」
「平和と平等は違います。
共産化で、自由と平等を求めた結果、
崩壊した国々を、貴女もご存知のはずですよ。馬鹿な真似は、妄想の中だけにした方が良いです」
馬鹿な真似か。
この占い師、意外と口が悪いな。
「では最後に、貴女の運勢を占いますね」
占い師はそう言って、後ろにあった棚からタロットカードを取り出した。
占い師がカードをランダムにシャッフルし、
三枚を机の上に並べた。
「この三枚から、一枚選んでください」
私は迷わず左側のカードを選んだ。
すると案の定、死神のカードが出た。
普通なら、気を使って、どんなカードが出ても、安心させるような言い方で、
こうすれば大丈夫、とか、言いそうだけど、
この占い師の場合はどうだろう?
「残念ですが、もう後がありませんね。
生きる意味も分からないまま平凡に生き続けるか、それとも何もなし得ずに死ぬか、どちらか選択しなければなりません」
やはり、想像通りの答えが返ってきた。
それでも私は、めげずに聞いてみる。
「でも、もし…自分の力で人生を変えられたら?」
「人生を失敗した人が口を揃えて言う言葉、
それは、“今は無理でも、自分はいつか絶対に人生を変えられる”。ごく普通の人生を歩む人は、ごく普通である事を望む一方、奈落に落ちた人は、非現実的な叶うはずもない理想を夢見る…。
幸せは人それぞれだし、それを望むことは自由ですが、そういう人に限って、何もせずに終わっていく…。そして、死ぬ間際に、
今までの自分の人生は一体なんだったのだろう…と、後悔するのです」
「私は最初から、自分に期待してない」
「どちらにせよ、老い先短い人生です。
今のうちに好きな事を好きなだけしてみてはいかがですか?やり残した事、やりたくても出来なかった事を…」
そりゃ、やり残した事は沢山ある。
けど、それが出来たら苦労しない。
今までそれが出来なかったし、
今後も出来る見込みがないのに、
お金も時間もない私に、どうしろって言うんだ。
「ですが…」
「ですが、そんな貴女にも人生を変えられるたった一つの方法があります」
「方法?」
「それは、姪っ子の存在です」
「姪っ子は関係ないと思うけど…」
「理由は秘密です。今ここで話してしまったら、面白くないですから」
「別に面白くはない…」
「ラッキーアイテムは、ブルーローズ、青い薔薇です」
「花言葉は、不可能か…」
「いいえ、奇跡です」
「存在しないものって意味もあった気が…」
「最近変わったんですよ、
現在の花言葉は、夢かなう…だそうですよ?」
「待って、さっきもう後がないって…」
「一人では…ね」
占い師はそう言って、私に一輪の青い薔薇を差し出した。
青い薔薇は、冬頃に咲く花で、
勿論それは、造花だった。
偽物の青い薔薇。
つまり、夢は叶うなんて嘘。
言葉は気休めでしかないという事なのか…。
二章(世界の終焉ラッパの音)
また今日も、憂鬱な朝が来る。
そして、いつものように、
くだらないツイートをする。
居場所がないから死にたい。
わざわざツイートするのは、
自分でもどうしたいのか分からないから。
構って欲しいし、助けて欲しいし、答えを貰いたいから。
まぁ、誰も答えてくれないけど。
幼い頃の私は、無邪気で明るい、
ごく普通の女の子だった。
両親がお金の件で喧嘩していても、
学校でクラスメイトにからかわれても、
何があってもニコニコしていた。
無邪気でいれたのは、物事に対して、
かなり楽観的だったからだ。
狭い世間の中でしか暮らしていなかったからだ。
あの頃の私は、本当に無知な子供だった。
「ねぇ、何してるの?」
夕日が沈みかけているある日の放課後。
私は、公園のブランコに座る同い年くらいの一人の少女を見つけ、 声をかける。
「別に、ただ一人で妄想していただけだ」
長く綺麗な黒髪と、桃色をベースにした服を着たその少女の口調は、大人びているというよりは、男の人のようだった。
「家に帰らないのか?両親が待っているのだろ?」
「二人とも、帰って来るのが遅いから、
まだ帰らなくても平気。
あなたも帰らなくていいの?」
「昔は、有った。今は、分からない」
少女は俯いたまま、こちらを見ようとしない。
話すのが嫌なのかとも思ったが、
嫌そうでもなく、何を考えているのか分からない、とても不思議な表情を浮かべている。
「なぁ、星を見た事あるか?」
「星?ここじゃあまり見えないよ?」
「ここじゃ、都会の灯のせいで見えないが、
田舎とか、真っ暗で静かな場所で見る星は、
携帯のカメラじゃ映らないが、凄く綺麗なんだ」
「見た事あるの?」
「あぁ、大切な人との思い出だ」
彼女はそう言いながら、今度は上を見上げながら、ほんの少し微笑んだ。
そうこうしている間に、時刻は六時半。
辺りは暗くなり、もう帰らなきゃいけない時間だ。
「また明日遊ぼうね!」
私はそう言って、彼女と別れ、帰路についた。
家に着くと、両親はまだ帰って来ておらず
、私は安心して、ほっと一息ついた。
ふと、台所にあるテーブルの上を見ると、私の分の質素な夕食が置かれていた。
それも、白米と昨日の残りの味噌汁と、たくあんだけ。
あーあ、他の子は、もっと美味しいものを食べているんだろうな…。
そんな事を思いつつ、一旦自分の部屋に向かった。
部屋には、二段ベッドと机、タンスなどがあるが、
そのほとんどが、姉の物だ。
私のはというと、姉のお下がりばかり。
私だって、欲しい物いっぱいあるのに。
なんか、つまんない。
今日出された宿題くらい面白くない。
あ、宿題…すっかり忘れてた。
今日出された宿題は、算数と国語の作文。
作文のお題は、“幸せについて”。
今日、国語の授業の時に白井先生が言っていた。
“幸せの形というのは、人それぞれで、
これが幸せだと、はっきりとは分からない。
だから、そこまで悩んで書かなくてもいい。
例えば、
お菓子を食べることが幸せ。
友達と遊ぶことが幸せ。
困っている人を助けるのが幸せ。
生きていることが幸せ。
といったように、曖昧であっても、
自分が納得する答えを見つけて欲しい。”
……....................................
「ねこねこカッパ、恥じて鹿」
「それ、どういう意味?」
「感情的になっても、良いことなんてないって意味」
「へ〜」
「あの…」
「なに?」
数秒間、口を噛み締めながら、
何かを思い詰めたような表情で俯き、
「ごめんな…」
と、私に謝った。
「え?どうして謝るの?」
「なんでもない、今のは忘れて…」
やっぱり彼女は、男の子みたいな言い草で、
照れ隠しをする。
彼女に何か嫌な事をされたわけでもないのに、
なぜ謝るのか、私には分からなかった。
“子供 部屋から見える星
夜空に 瞬く無数の星
子供 部屋から 見える星
夜空で 輝き続ける星”
「それ、なんて曲なの?」
「アストラ、意味は、星」
「星?スターじゃないの?」
「スターも星だけど、アストラの意味では、
他にも、天や星座って意味もあるんだよ」
それからまた、私達は、しばらくたわいもない会話をした。
日も暮れた頃、そろそろ帰ろうか迷っていると、彼女がブランコから立ち上がって言った。
「なぁ、都会でも星が見える場所があるんだけど、今から一緒に行くか?」
「でも、遠くないの?」
「そんなに遠くはない、ここから四十分は歩くけど」
「私、行きたい!」
そして私達二人は、都会でも星が見えるという場所へ向かう為に、荷物を持って公園を出た。
住宅街を抜け、石橋を渡って、薄暗い丘を登ると、ようやく目的地に着いた。
下を見下ろすと、都会の光が辺りをつつみ、
夜空を見上げると、綺麗な星達が、空いっぱいに輝いていた。
「この星々は、もしかしたら、俺ら人間と同じ、失敗作なのかもな…」
「どういう事?」
「偶然の産物…みたいなもの」
星の数ほど命があるとは聞いた事があったが、
彼女から聞いたのは、意外な言葉だった。
私は、彼女の言葉がよく分からなかったが、
広大な美しい空を見上げながら、
彼女が話終わるまで、黙って聞いた。
「見ろ、あれが双子座、そして東にあるのが蟹座で、蟹座の隣にあるM四十四って惑星は…」
「小さすぎてよく見えない」
「そうだな…じゃ、そろそろ帰るか」
私達はまた、丘を降りて、来た道を戻り、
私の家の近くでさよならを交わした。
家に上がって、台所を確認するが、
両親はまだ帰ってきていなかった。
そもそも、帰ってきていたとしても、
二人とも心配して叱るような人じゃないから、
普通の家の子達のように、
恐怖に怯える必要もなかった。
それから彼女と会うことはなかったが、
二人で一緒に見た、綺麗な星空を、
思い出を胸の奥にしまって、
いつまでも忘れないでいようと思った。
思い出を忘れずにいようとするのは、
当時の私にとって、珍しい事だった。
……………………………………
バイト帰りの夜、私はふと思った。
どのSF作品にも、
監視社会という設定が存在する。
もしかすると、この先の未来も、
同じようになるのかもしれない。
その作品達を元に、今もなお、
計画を進めているのかもしれない。
不思議だな。
まるで夜空が、ホログラムで出来た人口空みたいだ。
星と星の繋目がはっきり見える。
多分、私の気のせいなのかもしれないけど…。
………………………………
私はまた、夢を見た。
忘れたくても忘れられない過去。
拭っても拭いきれない後悔の涙。
一度手放した幸福は、
何度願おうと、もう二度戻らない。
時々、自分自身が嫌になる。
自分の手で自分を殺したい。
そんな感情が頭をよぎる。
でも、感情的になるのはよくない。
それは私もよく理解しているつもりだ。
けど、だからといって、
感情を押し殺してばかりいると、
いつか絶対、自我を失い。
取り返しのつかない状態になる。
けど、私にはそれを止めてくれる人はいない。
自分の事は自分にしか分からない。
他人の気持ちが理解出来れば苦労しない。
自分で自分を慰める事しかできない以上、
相手と深く関わる事はしない方がいい。
大切な人なら尚更、
傷つけたくないのなら、期待をするな。
嫌われたくないから、自分に嘘をついた。
他人に嘘をついた。
そうすることでしか、自分を保てなかった。
「本当に苦しい時は、逃げたっていいんだぞ」
ずっと我慢して、いつまでも自分の中に溜め込んでいたら、いつか自我を失い、身を滅ぼす。
大人になると、自分の気持ちに素直になることが難しくなる。
かと言って、泣きつく相手もいないと、
どうしようもなくなって、自らの意思で死を選ぶ。
幼い頃の私は、大人になるのが怖かった 自分が自分でなくなる気がした。
大人になるという事、それは、全ての責任を背負う事。
子供の頃に出来なかった事ができる代わりに、失うものも多くなる。
少しずつ社会の闇を知り、嘘と隠し事が増え、
そして気がつけば、あの頃嫌っていた大人の姿に自分もなっていた。
私の人生は、私にとって荷が重すぎた。
自分で自分の首を締めているだけだとか、そうならない為にはとか、思われるかもしれないけど、
なんだか勝手に決めつけられているようで悲しくなる。
私の涙も知らない連中に、
私の何がわかるんだ?と、言ってやりたいところだが、もう、言う気力すらない。
「ねぇ、知ってるかい?」
「自殺制度という存在を」
「君が死ぬことを望むのなら、一度、死役所に申請してみるといい」
「行き場を失った者たちの最後の選択」
「この制度が出来てから、世界人口の5割が減った」
「お金は要らない、老若男女、身分、過去の経歴、一切関係ない、持ち物は君の肉体だけ」
「裸で来ってもいい」
「苦しみも、恐怖も、痛みもない」
「この世界に生きる者たちは皆、
それを望んでいるんだよ」
「楽に死ぬか、それとも、このまま死んだように生きるか…」
「さぁ、君はどうする…?」
そうか…全く…便利な時代になったものだ…。
けど…それでも私は…。
3章(虚無の跡)
今日私は、死のうと思う。
自分で書いたシナリオに沿って、
綺麗な夕日が見える高層ビルの屋上から、
この身を投げて死のうと思う。
長いようで短かった人生。
後悔もなければ、思い入れもない。
どこまでもくだらない、つまらない人生。
そんな私の人生に、終止符を打つ。
そう思うのは、もう潮時だから。
これ以上ココに居たところで、
意味はない。
そう思ったから。
……………………………
この世界は残酷だ。
だからこそ美しい。
と、誰かが言った。
最後に私が目にしたその光景は、
思わず涙が出てしまう程に、
儚く、虚しく、そして美しかった。
もう、失うものは何もない。
最後くらいは、笑おう。
心の底から、私らしく…。
私はまた、夢を見た。
今までの記憶が、一つ一つ脳裏に映し出される。
これでよかったのだと、私は安心する。
心も体も、溶けるように少しずつ軽くなっているのが解る。
そして、真っ暗な闇の中、私の記憶は終わる…。
END
だるまさんが転んだ〆 Kurosawa Satsuki @Kurosawa45030
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