第18話

「わたしに履かせてみて!」

 そんな叫び声が、家の中から聞こえてきた。


 レッスン場は、家の玄関のすぐ横。通り沿いのアルミサッシの窓は開け放たれ、声はそこから響いた。


 玲奈の声だ。


 いったい、何があったんだろう。


 花は木藤リオンとスタッフに頭を下げてから、レッスン場に入っていった。


 スタジオの中央に、双子がいた。横には、美沙子さん。

 そしてまわりには、美沙子さんの生徒たち。


 あ。


 花は思わず立ち止まった。


 玲奈は真っ赤なトウシューズを手にしている。


 あれは、わたしが失くしたトウシューズ?


 トウシューズを履いた片足で立ち上がった玲奈が、花に気づいた。

「花、あんたが持ってるこのトウシューズの片方、出してよ!」

「で、でも」

 今日も背中のリュックサックに、雅子先生からもらった赤いトウシューズの片方は入っているが。

 渡したくなかった。

 あの赤いトウシューズは、特別なもの。


「両足にこの赤いトウシューズを履いてうまく踊れると証明したら、選抜試験に合格なのよ!」

 そのために、木藤リオンとスタッフはやって来たのか。

 ということは、失くしたと思っていた片方は、木藤リオンが拾ってくれていたことになる。


 花は後ろを振り返った。木藤リオンが真剣な目でこちらを見ている。


「早く出してってば!」

 玲奈に急き立てられて、花はリュックサックからもう片方のトウシューズを出した。


 きっと玲奈はうまく躍るだろう。

 花はそう思った。

 

 だって、この赤いトウシューズは、魔法がかけられているんだから。


 そう。雅子先生の魔法。


 玲奈か真央のどちらかが合格するだろう。

 そうさせるぐらいの威力が、この靴にはあると思う。



「痛い!」


 玲奈の叫び声が響いた。


「どうしたの? 玲奈」

 美佐子さんがおろおろと玲奈の足元にしゃがみ込んだ。

「おかしいの。両足に履いたら、なんだか締め付けられて、甲が、痛い」

「サイズが合わないのよ」

 真央がトウシューズのリボンを引っ張る。

 玲奈から取り上げた真央は、即座に自分の足に履いてみる。

「あたしは玲奈より、ちょっとだけ足が小さいから、だいじょうぶ……」


 真央の表情が歪んだ。


「おかしい、おかしいよ。サイズはぴったりのはずなのに、履いた途端、締め付けられて、無理」

「そんなはずないでしょう?」

 美佐子さんが、声を荒げる。

「ほんとなんだってば。こんなに締め付けられたら、痛くて立てない!」


 苛立った美佐子さんが、まわりに集まるほかのレッスン生に、トウシューズをあてがった。

 だが、何人試しても、しっくりくる者はいない。


「残念だけど」

 ちょうどスタジオに入ってきた木藤リオンに、美佐子さんは悔しげな顔を向けた。

「うちの生徒には、このトウシューズが合う者はいないようです」

「もうほかに、履ける人はいないんですか」

 木藤リオンは、スタジオ内を見渡す。

「いませんよ。あとは子どもばかりだから」

「そうは思えません」

 そう言うと、木藤リオンは、しゃがみこんで真っ赤なトウシューズを拾い上げた。

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