第17話
伊集院さやかが話し終えると、スタジオ内は瞬間静寂に包まれた。
誰もが、木藤リオンの出方を待って、固唾(かたず)を飲んでいる。
「そうよ。片足だけのトウシューズで躍るなんて、失格よ!」
静寂を破って、叫んだのは玲奈だった。
「賛成。失格だと思います!」
真央も続けて叫ぶ。
そこかしこから、拍手が湧き上がった。玲奈と真央は満足げにうなずき合い、花を見た。
あんたなんかに優勝させないから。二人の視線はそう言っている。
花の目に、涙が滲んできた。
泣いちゃいけない。そう思えば思うほど、涙が溢れてくる。ここにいる誰もが、敵に思えた。誰も味方なんかしてくれない……。
花は踵を返して、スタジオの出口へ向かった。
「ちょっと、どこへ行くの!」
スタッフに呼び止められ、
「待ちなさい!」
と木藤リオンの声も背中で聞いたが、花は立ち止まらなかった。
ざわつく人々を強引にすり抜け、階段へ向かう。
「花ちゃん、待って!」
萌の叫び声も聞いた気がしたが、花は止まらなかった。
逃げ出したい。そう思った。
無心で踊り、賞賛を浴び、そしてまた突き落とされた。
なにも信じられないような、虚しい気持ちだった。
✩
「花、スタジオの掃除は終わったの?」
美佐子さんの声に、花は、
「今、やります」
と、応えた。
花はいつもの日常の中にいた。家事やスタジオの清掃、その合間に学校へ行く日々。
選抜試験以来、花は気が抜けたようになっていた。何を見ても聞いても感動できない。もちろん、こっそりとバレエの練習をするのもやめてしまった。
ただの家事手伝い。
そんな花の変化を、美佐子さんや双子は意に介していなかった。
選抜試験で選ばれたのは、まぐれだと思っている。
自分たちは、コールドにさえ選ばれなかった。それが悔しいのか、ぜったいに花の実力を認めようとはしなかった。
だけど、もう、どうでもいい。
希望をなくすと、なんて毎日はむなしく過ぎていくんだろう。
学校からの帰り道、練習に使っていた公園の脇を通るとき、バー代わりにしていた鉄棒を見るのは辛かった。今日も、顔を背けて通り過ぎる。
家に着くと、レッスンを受けに来た子どもたちが、建物の前で遊んでいた。ピンクのタイツを履いているからすぐにわかる。
だが、今日は、なんだか人数が多い。しかも、見たことのない車が停まっている。
バタンと音がして、車から見覚えのある顔が出てきた。
すっきりとした立ち姿は、ダンサーのものだ。だが、ダンサーというには、ちょっと年を取っている。おそらく、美佐子さんと同じくらいの年齢。
あれは、たしか。
選抜試験のときにいた、スタッフの一人じゃないだろうか。
そう思ったとき、続けて車から出てきた人物を認めて、花は棒立ちになった。
木藤リオン?
間違いなかった。木藤リオンがやって来たのだ。
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