第8話 ダンサーたちの祭典 3
ダンサーたちの祭典に出るには、まず、応募書類を送らなくてはならない。
ひそかに書類を取り寄せた花は、真夜中、みんなが寝静まってから書類を前にした。
名前、年齢、身長、体重。
一つ一つ、丁寧な字で埋めていく。
だが、バレエ歴の欄で、花の手が止まった。
花には、バレエ歴と言えるほどのものがない。子どもの頃、母に習った憶えはあるが、ほんの数年で母は他界してしまった。それからは、ほぼ見よう見まねで技術を習得してきたのだ。
バレエ団に所属していない者でも、応募できる。
それは真実らしく、バレエ団名は任意となっている。だが、バレエ歴を書かないわけにはいかない。
どうしよう。
迷ううちに、時間はどんどん過ぎていった。翌日も、花には、学校へ行く前に仕事が山のようにある。
朝食の用意と片付けに始まり、明日は昼間から子どものレッスンが行われるため、稽古場の掃除と準備をしなくてはならない。
二年。
えいやっという気持ちで、花はそう記した。母に習った期間だ。
普通なら、書類選考で落とされる。わずか二年で、名だたる踊り手たちと互角に戦えるはずがない。
実際の踊りを見てもらい、それで判断を仰ごう。
祈るような気持ちだった。
そもそも、人前で躍るだけでいいのだ。木藤リオンの相手役に抜擢されたいとか、コールド(群舞)の一人に入れてもらいたいなどとは思っていない。
いつしか花は、机に突っ伏して眠りこけてしまった。
夢を見た。
輝く舞台で、躍る夢だ。
ピルエットのあと、誰かに手を取られ、アラベスクに移った。その誰かは、いつかコンクールの舞台袖で会った男性ダンサーだった。
✩
「いつまで寝てるの?」
怒鳴り声が響いて、花は目を覚ました。
「朝ごはんはまだ?」
玲奈だった。
「ご、ごめんなさい!」
慌てた花は、勢いよく机から離れ、キッチンへ向かった。
その後ろ姿に、玲奈が怒鳴る。
「学校に遅刻したらあんたのせいだからね!」
慌てた花は、ダンサーたちの祭典事務局宛の封書を落としたことに気付かなかった。
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