第7話 ダンサーたちの祭典 2

 無名の新人ダンサーでも、木藤リオンに選ばれるかもしれない。


 そのニュースは、花に希望をもたらした。


 といって、花は心の底から、自分が選ばれるとは思っていない。そもそも、その選抜会に、自分が行けるのかどうかさえ怪しいのだ。


 だが、花は、行動を開始した。目標ができると、日々の辛さは忘れられる。


 学校の授業中に宿題をすませ、放課後になると、花はいつもの公園へ向かった。花の稽古場だ。

 

 公園には、早い時間帯のためか、たくさんの子どもたちの姿があった。鬼ごっこをする小学生、砂場で遊ぶもっと小さな子たち。

 有難いことに、鉄棒に人はいなかった。今日はすぐ横にあるブランコに人気が集まっているようだ。


 いつものように、花は鉄棒に足を載せてレッスンを始めた。


 1番ポジションから始める。大きくプリエ。

 両足が大きく開いているか、自分で確認する。鏡がないから、下を向いて確認するしかない。


 5番ポジションでは、きっちり足が交差しているか気になった。膝が曲がらないよう、だが、力を入れすぎないよう気をつける。


 アラベスクをしたとき、ブランコの順番待ちをしている女の子たちから、

「わあー」

と、歓声が上がった。

「すごい、あんなに高く上がってる」

 女の子たちは、バレエが好きだ。きれいなものが好きなのだから。


 バーレッスンを終え、センターレッスンに入った。

 はじめはアダージョから。バーで確かめた足の位置を気にしながら、前や横に高く上げる。

 気持ちがよかった。

 伸びている。体全体が、リラックスしているのがわかる。爪先はスニーカーだが、花は気にしない。靴の中で、まっすぐ伸びた指先を感じる。


 砂場で子どもたちを見ていたママたちから、拍手が起こった。


 気分が上がる。トンベ、パ、ドブレから、ピルエットをした。回転は五回。

 よし、この調子。


 大きな動きに移った。アンティルラッセ、グランパデシャ。


 汗をかき始めたが、花は夢中だった。グランパデシャの高さが足りないと思う。

 いつも、高さは、砂場脇のまだ若いキンモクセイの木で測る。足先が梢の部分に届かない。もう一度。


 いつしか日は傾き、気づいていみると、公園の中に人気(ひとけ)はまばらになっていた。


 そろそろ帰らなくちゃ。

 公園の中央にある時計台の時計は、午後五時半を指している。


 今日、美佐子さんが指導するレッスンは、夜の大人クラスだけだ。今から帰って稽古場の掃除と準備をすれば間に合うだろう。

 食事の準備は、昨日のうちにすませてある。カレーを作ってあるのだ。


 花は汗を拭くと、公園を後にした。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る