第23話 パレードの宣伝効果は絶大

異様な光景が街道に現れた。


大きな荷馬車。それを囲むようにエルフが整然と歩いている。


そして、荷馬車には大きな旗が風と共に大きくなびいていた。


我がアルヴィン商会の初の商隊だ。


もちろん、これだけで十二分に人の注目を集めることが出来ている。


これをやった目的は唯一つ。


襲撃を恐れてのことだ。


ずっと沈黙を守っていたラングワース商会。


それが動くとしたら、このタイミング以外にはないはず。おそらくだが、こちらの動きはほとんど筒抜けと考えたほうがいい。


僕が実家の商会にいた頃は、相手の行動を把握するために多くの時間と資金を費やしてきた。


それはどの商会でも同じこと。


つまりは、我が商会の情報も細部はともかく、大まかには知れ渡っていると考えてもいい。


それは……公爵との取引内容だ。


これが上手く行けば、我がアルヴィン商会の新ポーション販売で先に出ることは間違いなく出来ない。


うちの商品を汚すことは、納品している先の軍への攻撃と同様なのだ。


そんなことはどんなに大きな商会でも躊躇してしまうようなことだ。


ここを乗り切れれば……。


だからこそ、奇策としてエルフによる護衛を考えついた。


もちろん、ダンジョン組や製薬組は今までどおり、作業を続けてもらっている。


今回だけが仕事ではないのだ。


これが終われば、もちろん、更に大きな仕事をしなければならない。これはただの始まりに過ぎないのだから。


荷馬車の護衛としてのエルフは、残り組。


戦闘能力も乏しく、製薬技術もない。まぁ、能力を見極めるのはこれからでも十分だろう。


ただ、これではアルヴィン商会にとって、あまり良い事ではない。


どんなに綺麗事を並べても、やはりエルフは忌み嫌われる存在だ。


それが街道を堂々と歩けば、王都民の視線はかなり冷ややかだ。それは掲げている旗にも注がれる。


そうなれば、我が商会の評判は始まる前から悪くなるのは必定だ。


そんな愚かな真似を僕がするわけがない。


当然、策を講じてある。


それが……。


「全く……あんな急ごしらえの魔石など長持ちするものではないぞ?」

「いいんです。今日さえ、保ってくれれば」


新たに加わったハイエルフのイーラに最初に依頼したのが魔石の作成。


最初はかなりゴネられたが、なんとか頼み込んで作ってもらえることになった。


それをエーラに手渡し、商隊の先頭に立たせれば……不思議と視線はエーラに集中する。


例え、二十人のエルフが後ろに控えていても、まるで影に落ち込んだように存在を消してしまう。


それほどの美しさがエーラにはあった。


全ての観衆を虜にし、客をどんどん引き寄せていく。


もはや街道は商隊とそれを囲む王都民でごった返している。


これこそ、まさに僕が思い描いた理想像。


これならば、どんな組織が相手でも手出しは出来ないはずだ。


「分かっておるんじゃろうな? 約束の件、ゆめゆめ忘れるでないぞ」

「何度も念押ししなくても大丈夫ですよ。僕は商人です。約束したことは必ずお守りいたします」


にこやかに笑うイーラ様を横目に、僕はニヤリと笑った。


実はこの作成を依頼するのに、かなり頭を悩ましていた。


それは魔石の現物がないということだ。


王国でも年に一度、出るかどうかの貴重品だ。


もしくは遠国にはなるが、大量に産出する地域があると聞く。


まぁ、どちらにしろ、簡単に手に入るものではない。


だが、今回の輸送にはどうしても魔石が必要不可欠。


どうにか頼み込むと、イーラ様はいくつかの魔石を持っている事が判明した。


……金貨一万枚。


それが魔石の価値だ。


その辺の石ころみたいなものが、フザケた値段となっている。


これを買うだけで、今回の公爵からの頂戴する儲けの殆どが消えてしまう計算だ。


それはなんとか回避した。


……そこで僕は一策を講じた。


それは……僕の時間を売ることにしたのだ。


今の僕は大したことはない。


一週間で金貨一万枚を稼ぐ程度の男でしかない。


だが、これからアルヴィン商会が成長すれば、一日で一万金貨……、数時間で一万金貨……、数分で一万金貨と稼ぐことが出来るようになるだろう。


そうなれば、僕の時間の価値も増大していく。


だからこそ、将来性のある今、売りに出すチャンスなのだ。


イーラ様もその価値が分かっているからこそ、貴重な魔石を快く放出してくれた。


ちなみにイーラ様に売り出した時間は三日だ。


これを多いとみるか、少ないとみるかは人によって様々だろう。


あの『勇者』を一日雇うと金貨が50枚必要となる。


それからみれば、破格の値段とも言えるが……あんな者たちと一緒にされても困る。


まぁ、それはともかく……。


街道を練り歩く僕達は、ついに目的の地であるルネリーゼ公爵家にたどり着いた。


本来であれば、軍への納品物であるから基地に届けるべきであるが、ここに持ってくるように指示をしてきたのは当の公爵だ。


事前に手紙を出し、日時を確認したのだが、返ってきた内容が今だったのだ。


実はこの隊列には軍も同行している。


エーラの熱狂的なファンが押し寄せないのも軍人たちの睨みが効いているせいもあるのだろう。


これについても、あとで公爵にお礼を言わなければならない。


どんどん積み上がっていく、公爵への恩。


これを返していかなければ……と思うかもれ知れないが商人である僕はそうではない。


恩はあればあるほど、その相手との関係が深まるのだ。


言い換えれば、信頼の裏返しとも言える。


恩があれば、無理も言えるし、裏切りもされにくい……まぁ、都合のいい相手を仕立てるのに恩を売るのは最適な方法だ。


もちろん、僕は公爵にとって、都合のいい相手を演じ続ける。


その裏で僕は巨万の富を公爵を通じて、得る……それが商人だ。


「お主……何やら、悪い顔になっておるぞ?」

「そうですか? これでさらに商会は大きくなりますよ」


「ふむ……のう、お主。少し相談があるんだが……」


……イーラ様の提案は僕を悩ませるものではなかった。


むしろ……。


「すぐに行動に移せますか?」

「しばらく、留守になるが……寂しいか?」


そんな事はどうでもいい。


だが、これから忙しくなる。


「もうちょい、妾の相手をせよ‼」

「僕の時間を使いますか? だったら、いくらでも……」


「もうよい! こんなところで使っては勿体無い。お主がもっともっと忙しくなってから、使ったほうが何倍も面白いからのぉ」


……ついに公爵屋敷に到着した。


このあたりになれば、観衆も姿が見えないくなる。


貴族屋敷が並ぶ地域には、一般の市民は立ち入りが許されていない。


さっきまでの騒がしさが嘘かのように、静けさだけが広々とした貴族屋敷街に広がっていた。


「待っていたぞ、アルヴィン!」

「アルヴィン商会。依頼された一万本の新ポーションを納品に参りました」


これから始まる……。


アルヴィン商会の伝説が……。


あれ? 何か、重大なことを忘れている気がするな……。

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