第22話 カリスマを扱うのは難しそうです


売り子問題を抱えつつ、ついに待ちに待った報告がやってきた。


執務室として使っている部屋には、各部門の代表者が集まっていた。


製薬部門新ポーション担当のノーラさん、同部門の薬草エキス担当のレイモンド、採取部門のシーラちゃんとボレス、雑務部門のエーラだ。


なぜか、呼んでもいないハイエルフのイーラ様までもがいる。

正直、身内の話だから遠慮はしてほしいが、無理に追い出せば、魔石の話がなくなってしまう恐れを感じて、強くは言えない自分が悲しい。


まぁ、『出会い』スキルはイーラ様を『敵』だとは認定していないようなのでスパイみたいなことはしないと……信じている。


「アルヴィンさん、ついにやりましたねぇ‼」


堪えきれずに真っ先に声を上げたのはレイモンドだった。

涙を堪えながら、叫ぶ姿はさすがの僕でも来るものがあった。


「レイモンド、本当に頑張ってくれた。そして、皆も‼」


一同を見つめ、皆が安堵した様子でにこやかな表情を浮かべていた。


今日がちょうど、公爵から特別発注を受けてから一週間が経過した。


その短い間に……。


「ノーラさん、出来上がった量はどれくらいですか?」

「えっと……二万と少しです。まだ、品質管理が出来ていないのも含めると二万五千本ほどになるかと」


凄いじゃないか!

一日に百本が限界と思われていた製造をエルフを大量に雇い入れ、その上、新たに人材を登用しただけで、これだけの成果を上げることが出来た。


こんな飛躍は正直、実家の商会でも味わったことがない。


だが、これで喜んでばかりもいられない。


納品までは危険が転がっている。

実家の商会では納品途中で野盗に襲われると言った危険が何度もあった。


それを撃退するのは高額で雇った『勇者』だったが、今回はそんなものはいない。

今回はそれを雇うつもりもない。


だったら、どうする?

答えは決まっている……皆で行けばいい。


ここの従業員の半分はダンジョンで鍛えられた猛者ばかりだ……といっても、ほとんど薬草採取とスライムを相手にしていただけだけど……。


それに良くも悪くもエルフは目立つ。

これを使わない方法はない。


百人のエルフが大きな荷車を囲みながら歩く……それだけで衆人の目に止まるのは当たり前だ。


そこに我がアルヴィン商会の旗を掲げる……。


それが公爵家までの途まで続けば、いい宣伝となるはずだ。


もちろん、エルフを連れている以上は大半は悪い評判だろう。

だが、対策も万全だ。


なにせ、イーラ様がいらっしゃるのだから!


「さあ‼ イーラ様、例の魔石をもう一度、僕に譲って下さい‼」

「いやじゃ」

「……今、なんと?」


あの魔石は持ち去られた後、回収はされたが、効果が無くなっていた。


最初は違うものと入れ替わったと思った。どうみても、道端の石ころだから。


でも、少しは効果があったから、やっぱり本物だって喜んだんだが、その効果は途切れてしまった。


「派手な使い方をしおって‼ おいそれとエルフにこれを渡すな‼ 馬鹿者が‼」


と怒られる始末。


もちろん、何度も弁明をしたが、イーラ様は聞く耳を持ってはもらえず、今に至る。


この高揚した部屋にいたら、少しはこちらに融通してくれると思っていたんだが……。


「そこをなんとか……」

「たわけが‼ こんな物に頼らなければ、出来ない商売なんて止めてしまえ‼」


……ごもっともです。


本当に返す言葉もなかった。


僕は新ポーション完成に浮かれて過ぎて、完璧を求めすぎた。

失敗をしない方法ばかりを考えすぎて、従業員のエルフを魔石という化粧で誤魔化そうとしていた。


それでは今までのやり方と何も変わらない。


エルフは嫌悪されるべき対象ではないし、迫害を受けてもいい理由もないんだ。


それを僕自らが証明しなければならない……はずだったのに。


「すみませんでした。それでは、イーラ様はもう用はないので退室してもらえませんか? 身内でもない方にいられると迷惑なんです」


もう、イーラ様と会うこともないだろう。

もう一度、あの大人の姿を見たかったけど、それはきっと許されないことだろう。


僕は決心したんだ。

イーラ様にはもう頼らないと。


ただ、イーラ様の態度が違和感を感じたのは僕だけではなかった。


「イーラ様‼ どうなさいましたか? 涙など、流して。ゴミでも入りましたか?」


エーラ……多分、違うと思うぞ。


「たわけが‼ どうして、妾を除け者にするんじゃ‼ どいつもこいつも妾をすぐに煙たがるんじゃぁ!」

「ち、違いますよ? 決して、我々エルフは……」

「黙れ‼ ハイエルフの気持ちがお前に分かるか! 妾は人の子と話しておるんじゃ!」


どうしたものか……。

正直、どう反応していいものか困る。


だって、ただ、子供が駄々をこねているようにしか見えないから。

ここにいるエルフは皆、あたふたしているように見えるが、男二人はそんなエルフの尻を追いかけるのに必死になっている。

……使えないな。


「この場は従業員だけしか聞いてはいけない話をするところなんです。イーラ様をどうこうという意味ではないんです。正直、本当にどうでもいいんです」

「それがダメなんじゃ‼ もっと妾を相手にせい‼」


本当に困ったぞ。

ハイエルフはエルフという種族の中では、神の次に尊い存在だと教えられた。


もちろん、こんな子供にそんな神々しさを微塵も感じられたことがない。本当に可愛い子供にしか見えない。

そんな子供がかまってちゃんを演じられることほど、面倒なことはない。


エルフに頼むならともかく、なぜ、僕なんだ?


「分かりました。では、こうしませんか? イーラ様も我が商会に参加しませんか?」

「なに? それは人の子の下に付けということか?」


イーラ様の表情が一瞬で変わったのが分かった。

ただ、それが怒っているのか、はたまた、怒っているのか、分からなかった。


ただ、急に湧いて出てきた人に経営に口出しされるのは面白くない。

それが例え、国王陛下だったとしても、それは変わらない。


それを譲ってしまえば、商人など、ただのゴミクズと何ら変わらないのだ。


「ええ。僕の下で働いてもらいます。もちろん、皆と同様に対価を支払います」

「……それを受ければ、ここにいても、いいのかの?」


これは同意したという意味だろうか?

それとも、何かの引掛け?


この少女の表情は本当に読みにくい。


「もちろんですよ」


だが、どうする?

この人の配置先がないよな……。


どの部門にもエルフがいる。イーラ様を入れれば、間違いなく……イーラ様が主導を握ってしまう。

これは組織としては、非常に困る。


だが、今以上に部署を構える必要性が……いや、ちょっと待て。


無理筋だが、一応聞いてみてもいいかな?


「分かったのじゃ。ただし、条件は二つじゃ。一つはエルフの下につくつもりはない。もう一つは時々でいいから、妾の相手をしてくれ……ええじゃろ?」


どうして、こんなときに大人姿になって上目遣いをしてくるんだ……。


後ろにいる二人の生唾を飲む音が聞こえてくる。


「……二つの条件は飲む代わりに……魔石を作ってもらっても、いいですか?」

「そんなのは容易いことじゃ‼ 今日は祝い酒じゃぁ‼」

「おおっーー‼」


寂しがり屋のイーラ様がアルヴィン商会の仲間に加わった。


「……って違うでしょ! 今日は納品の日だって‼」


イーラ様の興奮を押さえるのは大変でした……。

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