第21話 売り子の教育はとても重要です
売り子の問題は解決したと言っていいのだろうか?
ハイエルフと名乗る怪しげな美少女が預けていった魔石。
その魔石をエルフが持つと、今まで嫌悪していた人間の態度が大きく変わってしまう。
レイモンドやボレスのような、エルフにいい印象を持つ奴らの態度は変わらない。
それも『呪い』が大きな原因らしい。
まぁ、今はそれはどうでもいいことだ。
この魔石さえ手に入れば、エルフを売り子として出すことに憂いはなくなる。
ただ、魔石は貴重品だけに手元には一つしかない。
つまり、この恩恵をもらえるのは一人だけ。
……ちょっと、厳しいかな?
新ポーションの売れ行きは旧ポーションと比べても大きく劣るということはないだろう。
それを考えると、売り子一人というのは心許ない……。
やはり、新たに雇って……。
「私‼ 絶対にアルヴィン様のご期待に答えてみせます‼ そして、イーラ様のご厚意にも‼」
妙に熱くなっているエルフが一人いた。
「……エーラ。本当に出来るのか?」
「もちろんです‼」
まぁ、当分は軍に卸すだけでもそれなりの利益はあるはずだ。
店舗での売上はそこまで必要ではない。
エルフと一緒に仕事をしてもいいという奇特な方を探している暇も今はないからな……。
「分かった。ただし、三人でやることだ。表に立つ人が一人、裏方が二人だ。魔石は代わり代わりに持つこと」
「そんな……私がこれを持っていてはいけないのですか? 折角……殿方が言い寄ってくれるのに……」
それが目的だったか。
いや、あのプロポーズの嵐に旨味を感じてしまったみたいだな。
「ダメだ。エーラも大切な従業員なんだ。体を壊すような働き方をさせるわけにはいかない。これが守れないようなら、お前以外のものに頼むつもりだ」
「そんなぁぁぁぁ」
エーラはなんとか諦めてくれたが……。
問題は……他のエルフたちだ。
魔石の騒ぎを聞きつけた者たちがこぞって魔石を奪いにやってきたのだ。
しかも、男たちが声を掛けられると聞けば……。
それは大変な騒ぎだ。
「おだまりなさい‼」
おだまりなさい!?
まさかのエーラの言葉に他のエルフも僕も黙り込んでしまった。
「これはイーラ様から与えられ、アルヴィン様から直接命じられた私の仕事。それを奪うような真似は許しませんよ‼」
「横暴よ‼」
「エーラさんだからって、許せないわ‼」
「ぶーぶー‼」
もはやカオスだ。
「でも、安心なさい。二人は下につけることが許されたわ。つまり、その者たちにも魔石を手にするチャンスがあるということ。これがどういう意味かお分かり?」
「えっ?」
「ええっ!?」
……。
この人……。
魔石で人身掌握しようとしているぞ。
「エーラ様‼ 是非、私を‼」
「私をぉぉぉぉ」
エーラのほくそ笑む顔に若干の恐怖を覚えてしまう。
この人に権力を渡すのは危険だな。
僕は手を何度も叩いた。
「聞いてくださぁい‼ 今回の売り子ですが……面接を行います。売り子としての適正を見させてもらいます。そして、採用は6人。希望の方はエーラに伝えておいたください」
最初から、こうすれば良かった。
「あ、あのぉ。アルヴィン様? 当然、私は採用と考えてもいいんですよね? 一応、ここの子たちの監督をしないと行けない立場ですし。当然……」
「悪いけど、さっきのは白紙で頼むよ。考えてみれば、監督する立場の人を売り子に専念させるのはどうかと思うし」
「そんなぁぁぁぁぁ」
その後の面接は酷いものだった。
どのエルフも何を勘違いしたのか、男受けするような格好? というべきなのか、前の囚人服を少し弄ったものを着てきた。
なんというか……全体的に勘違いをしているような。
そもそも、売り子にセクシーさは必要としていない。
売れるものさえあれば、商品は売れる。
もちろん、売り子の存在は小さくない。
だが、それは商品を汚さない程度に存在していればいいのだ。
こんなスケスケの服を着た美女が売り子に立てば……売れ行きは凄いことになるかも知れない。
だが、それは……商人としては禁じ手だ。
商品に自信がないものだけが取る、最悪手。
周りの商人からも見捨てられ、一度きりの成功だけでその者は終わってしまうだろう。
彼女らには悪意はないのだろうが、その軽率さに苛立ちが出てしまう。
その中で、二人だけがいつもの制服でやってきた。
そのうちの一人がラーラだ。
「君は皆と違う格好なんだな」
こっちの格好が普通なはずが、スケスケが当たり前と思うほど頭がおかしくなっていた。
細めで見たら、透けてくるのではないかと思うほど、疑心暗鬼になっていた。
もちろん、支給している制服にそんな裏技は存在しない。
「はい。売り子の経験のあるノーラさんに教えてもらって」
実に素晴らしい‼
って、当たり前のことを言っているはずなのに、妙に感心してしまった。
「他にはどういうことが出来るんだ?」
「えっと……ごめんなさい。私、今まで、何をやってもダメで。だから……」
ふむ……。
「一つ聞くが、なぜ、この面接を受けに?」
他の者は実に正直だった。
異性とお近づきになりたいがため、と。
エルフという種族はかなり色欲なのかもしれない。
「私は……なにか、一つでも身につけたいんです。誰にも負けないものが」
この日から猛特訓が始まった。
僕の売り子へ求めるレベルは非常に高い。
礼儀や商品の知識は言うに及ばず。
あらゆることに対応できるために、周辺地理やダンジョンの理解も必要不可欠。
気配りをするために相手のどこを見るべきかと言ったテクニックも教え込んだ。
そして、美女である者への最大の侮辱かも知れない……が、やらねばならない。
質素な制服、装飾品や化粧の禁止……これらは全て商品を目立たせるための事。
それほど、エルフの美しさは商品にとっては毒となるのだ。
それをやっても、目立ってしまうエルフに閉口せざるを得ない。
「ラーラ。君はこれでどこに出しても恥ずかしくない売り子だ。そして、これが魔石だ」
「これが……」
その時のラーラの表情は恍惚としたものだった。
僕はこのとき、何も知らなかった……。
その日、彼女は魔石と共に姿を消していた。
もちろん、奴隷である彼女はすぐに捕まることになる。
それでも王都に一晩でまことしやかな伝説が生まれる。
色欲のエルフ……恐ろしい。
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