第20話 エルフが美女というのはやっぱり共通認識だったみたいです

新ポーションの製造は順調に推移していた。


今のところ、ラングワース商会に動きはない。


これを喜ぶべきことか、嵐の前の静けさと思うべきか……。


「アルヴィン様、お呼びですか?」


雑務を担当してもらっているエーラがやってきた。


「来てもらったのは、売り子の件だ」


そろそろ販売をする準備を進めなければならない。


場所や規模については、大まかに決まってはいる。


ダンジョン前の広場で、そこそこの大きさでやるつもりだ。


この辺りの許可は特に必要がないから、困るようなところではない。


一番の問題は売り子だ。


現在、従業員のすべてと言ってもいいが、エルフで構成されている。


それゆえ、売り子もエルフということになるが……。


正直、かなり心配している。


ノーラさんの売っている姿を目撃しているからだ。


性能うんぬんではなく、エルフが売っているというだけで価値が下がり、買ってくれない。


これをどうやって打開していくか……。


それを相談するためにエーラを呼び出したのだ。


「申し訳ありません。ずっと考えていたのですが、よい案が思いつきませんでした」

「謝らなくていい。僕の方こそ、エーラの考えを採用しなかっただけだ」


エーラからの提案はエルフを貶めることだった。


奴隷紋をつけ、囚人服を身にまとう。


そうすることで買い手は売り子を見ないで、その後ろにいる人間を見ることになる。


つまり、エルフという存在を消すということだ。


それだけは絶対にしなくなかった。


エルフというだけで迫害を受け、エルフというだけで不遇な扱いを受ける。


そんなことはあってはならない。


そして、商売でもエルフを雇っていることの不利益を認識させてはいけない。


エルフは優秀だ。


美しく、スキルがなくても素晴らしい働きをしてくれる。


それに従順でまじめな種族。


それだけに卑下されていい対象ではないんだ。


……とはいえ、綺麗事だけで商売は回るわけではない。


そう言う意味ではエーラの提案は実に理に適っている。


「その悩み、解決してみようかの」


なんだ?


どこから聞こえ……。


ちっさいエルフだな。


「君は……」

「イーラ様‼ どうして、ここに……」


何者なんだ?


「いい息吹に誘われての。お前たちも元気そうで何よりじゃ。この人の子がお前たちの主かの?」


男の子? いや、女の子か?


どちらとも取れる、中性的な顔立ちの子供エルフ。


だが、エーラの態度は明らかに変だ。


子供を見るというよりは、恐れを抱いていると言う感じだ。


「あ、あの。この方は我々を奴隷商から解放してくださって。今はこの商会でお世話になっています」

「ほお。見た所、人間のようじゃが……随分と殊勝なことをやっておるのぉ」


見た所も何も、どう見ても、人間だと思うが……。


「君は……イーラと言うのかな? どこから来たのかな?」

「ふふっ。人の子よ。妾のことはイーラ様と呼ぶことを許そう」


あれ? 話が噛み合っていないぞ。


まぁ、子供の戯言みたいなものだ。


「分かった。それでイーラ様はどこから来たんだい?」

「北から」


それだけ?


まぁいいか。


「悪いけど、今は大人同士で話し合いをしているんだ。君は……おっ! シーラちゃん‼ こっちに来てくれぇ」

「どうしたの? お兄ちゃ……い、い、い、い、イーラ様! どうして、ここに」


どうしちゃったんだ?


「おお、シーラか。大きくなったな」

「はい!」


蚊帳の外とはこのことだろうか?

このイーラ様とは何者なんだ?


「シーラちゃん。このイーラ様と遊んでいてくれないか?」

「ひいい。だ、ダメだよ。お兄ちゃん。この人は……」


要領が得ないな。


さっきから、みんなどうしたっていうんだ?


「よい。人の子には妾が子供にしか見えぬのじゃ」

「いや、どうみても子供にしか……シーラちゃんよりも小さいし」


「たわけが。ならば、これならどうじゃ?」


……うそ、だろ?


こんなことがあるのか?


さっきまで子供だったエルフが……素敵な美女になってしまった。


どのエルフよりも妖艶さが加わり、見ているだけで跪きたくなるほどの神々しさ。


「あなたは一体……」

「妾はハイエルフ。エルフの長にして、人間の敵だったものじゃ」


分からない……何を言っているんだ?


だが、この人が特別な人だってことはすぐに分かった。


……。


「そのハイエルフが何の用で、ここに?」

「なんじゃ、随分と冷静じゃな」


考えてみれば、どうってことはない。


ただ、美女が一人増えただけだ。


それよりも仕事の話を遮られたことに若干の苛立ちすら感じる。


「用がないから、帰ってもらっても?」

「人の子のくせに、強気な……まぁ、よい。お前にこれを与えよう」


……なんだ、この石ころは。


その辺から拾ってきたやつか?


「困りますよ。こんな物を拾ってこられては。一応、ここで製薬をやっているので、極力、外のものは……」

「たわけが‼ この神聖な物をゴミ扱いするではない‼」


神聖なものと言ってもなぁ……ただの石ころにしか見えない。


商人の勘からも全く食指が動かな……。


急にビジョンが頭に流れ込んできた。


夢の男の記憶……彼もこれと同じものを手にしている。


喜んでいる? 見つけたことに狂喜しているようだ。


「……魔石?」

「ほお。人の子のくせに、博識じゃな」


魔力を封じられた天然鉱石。


ダンジョンの最奥からしか採掘が出来ないと言われる幻の品。


その利用価値からも、魔石の価値は信じられないほど高い。


「これを僕に譲ってくれるのですか?」

「エルフを救ってくれた、せめてもの礼じゃ。だが、それはお前のために与えたのではない。エルフたちの呪いを解くためのもの」


「言っている意味が分かりません」

「ふむ……。では、試すがいい。エーラ。少し、街を散歩するぞ」


「ははっ‼」


……行ってしまった。


「お主も来るのじゃ‼」

「あ、はい」


再び子供姿に戻ったイーラ様とエーラは街中を歩いていく。


もちろん、街の人たちの怪訝な顔は変わらない。


時々交じる野次の声も相変わらずだ。


「さて、お主よ。さっきの石をエーラに渡すがいい」


……あれ?


「なくしちゃったかも……」

「たわけが‼ あれを作るのに、どれほどの時間が!」

「あ、ありました」


この子供、なんだか面白いな。


「エーラ」

「お預かりします」


……特段、変わった様子はない……よな?


すると、一人の男がエーラに近づいてきた。


また、攻撃をしてくるつもりか??


「俺と付き合ってくれ‼」

「ちょっと待ったぁ‼ 俺と付き合ってくれ‼」

「俺が先だ! この野郎! 近づくんじゃねぇ‼」


マジか……。


「これがエルフの呪いじゃ」


いやいやいや、そんな涼しい顔して言っている場合じゃないよ?


エーラが大変なことになっているんだ‼


男たちのプロポーズの嵐は凄まじかったが、魔石を手放した瞬間、男たちの態度が急変した。


つばを吐きながら、霧散していった。


えっと……何が起きているのでしょうか?

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