第18話 助っ人は『盗人』でした

アルヴィン商会の本部は興奮状態に包まれていた。


「レイモンド、まだまだ薬草エキスが足りない‼ すまないが、もう一度ダンジョンに行ってくれないか?」

「分かりました!」


「シーラちゃん。スライムの素をもっと手に入らないかな?」

「えーっ! だって、スライム全部倒しちゃんだよ。また出てくるまで、無理だよぉ」


困った……。


急激な製造に材料供給が追いつかなくなってきた。


特にスライムの素が……。


レイモンドが言うには、薬草自体は豊富に存在しているのでしばらくは問題にはならない。


スライムだけは全てを倒し、再び出現するまでにある程度の時間差がある。


その時間が……今は惜しい。


……こうなったら……。


「シーラちゃん、下層への挑戦を頼めないか?」


新たなスライムの素の入手手段の獲得。


今はダンジョン以外で手に入らない以上は更に下に潜って、スライムの素を探さなければならない。


「別にいいけど、でも私以外は皆弱いよぉ?」


今の従業員で即戦力はシーラちゃんとレイモンドしかいない。


戦闘に特化した人が欲しい……。


だが、残りの資金が心許ない時に高額の人を雇う余裕はないし……。


能力の判別をしている時間も乏しい。


シーラちゃんをひとりで行かせるのも……論外だ。


持ち帰ってこれる荷物が極端に少なくなる。


……スライムの復活を待たねばならないか……。


ノーラさんから製法を聞き出したラングワースはまだ動きを見せていない。


この間になんとか数を確保しておきたいのに……。


「あの……ちょっと、いいですか?」


ノーラさんか……。


顔を見るだけで、ちょっとドキリとしてしまう。


「どうしましたか? 製造に何か問題でも?」

「いいえ! それは問題なく……」


良かった……。


「では、何か?」

「えっと……その……人を推薦したいのですが……」


僕は首を傾げざるを得なかった。


正直、何を急にいい出すんだ?


とはいえ、今はダンジョンの事情で商会の動きが停滞している。


なんとか、打破できれば……。


「その人とは?」

「はい……私と妹に良くしてくれた、珍しい人なんです。その人はたくさんの物を取ることが出来る人で。それをよくお裾分けしてくれていたんです」


たくさんの物?


要領を得ないが、少しざわつくな……。


「その人はエルフなんですか?」

「いいえ。人間で……『盗人』のすキルを持っていた方でした」


……『盗人』‼


そうか……その手があったか‼


なるほど……たくさんの物を取れるか……。


悪くないな。


「その人を是非、紹介してくれ‼」

「はい‼ じゃあ、すぐにでも、連れて……」


僕は手で制した。


もしかしたら、この局面を打破してくれる人物かも知れない。


「僕も行こう。頭を擦りつけても、お願いをしなければならないからね」

「そう、ですか。分かりました。製造の方は一旦、休憩にしても構いませんか?」

「ノーラさんに一任している。その判断は君がやってくれ」


……その人は存外、近くにいた。


このスラムの住人だったみたいだ。


「あのぉ……ボレスさん、いらっしゃいますかぁ」


相変わらず、ここの住人の家はボロばかりだ。


もっとも、ボレスという人はその中でも『いい家』に住んでいる部類だろうが。


「いるよぉ。ちょっと待ってねぇ……って、ノーラじゃないか‼ どうしたんだ?」

「えっと……実はボレスさんに紹介したい人がいて……」

「なに!?」


ボレスという人は口ひげを蓄えた、優男だ。


身長も高く、顔自体はモテそうだな……スキルが『勇者』であれば、だけど。


『盗人』はその性質上、人が近寄らない。


だが、それは大きな間違いだ。


実家の商会にもいたから分かるんだ。


この『盗人』の本領は……。


だが、それよりも……なんで、この人、僕を睨みつけているんだ。


いや、睨みつけるというよりは値踏みされている?


「これがねぇ……ノーラの旦那さんか。あまり、冴えないねぇ」


……。


「ち、違いますよ‼ アルヴィンさんは私の雇い主で……」

「なにっ!? てめぇ‼ エルフだと知って、こき使っているんじゃねぇだろうな‼」


随分と荒っぽい歓迎だな。


だが……信頼を置いても良さそうな人物だ。


人間で、ここまでエルフの事を考えてくれる人は滅多にいない。


「私はアルヴィン商会の代表をしています。アルヴィンと申します。ノーラさんにはすでに金貨百枚以上の報酬を与えています。これがどういう意味か分かって頂けますよね?」


いちいち回りくどい説明は不要だ。


ストレートにノーラさんの待遇を言ったほうがいいだろう。


「えっ……本当なのか? ノーラ」

「はい。アルヴィンさんと出会わなければ、私と妹も奴隷になっていたと思います」


「すまねぇ。とんだ、早とちりをしてしまった。謝る‼」


これでいい。


「いいえ。むしろ、エルフに対して、そのような態度を取る人を初めてみました」


……いや、二人目か。


まぁ、それはどうでもいいか。


「そんなことはねぇよ。ここはスラムだ。助け合わねぇとな。それで? 本題は何だ?」

「ええ。単刀直入に言いますが、僕のところで働きませんか? もちろん、それ相応の対価を支払います」


……なんだ、この間は。


「じょ、冗談だろ? 俺はただの『盗人』だぜ?」

「その技能が今は必要なんです。それに……ボレスさんはエルフを嫌がりません。それがとても気に入りました」


「ノーラ。この人、本気なのか?」

「そうですよね……私も最初は疑いましたが……本気、なんですよね」


そうだったのか……まさか、疑われていたとは……。


「一つ聞くが……報酬っていうのは歩合か? こういっちゃあ、なんだが……俺のスキルは効果がはっきりとは見えない。だから……」

「分かっています。まだ、考え中の段階でしたが……歩合をお望みではないのであれば……月々の定額でどうでしょう? 『勇者』達の年給のようなものです」


「ほ、本当にもらえるのか? いくらだ?」


……頭の中で様々な計算をした。


この人が生み出すであろう利益……。


「とりあえず、最初は金貨20枚を月々にお支払します。それに歩合を上乗せするという形でどうでしょうか?」

「働きによっては、金貨20枚以上をもらえる、と?」

「ええ。場合によっては、基本的な20枚の方も上げていくつもりです」

「信じられねぇ‼ そんな強気な話は初めてだ‼ 気に入った。俺も参加させてもらうぜ」


……良かった。


『盗人』スキル……。


それは直接的に物を盗むという代物ではない。


これはドロップの量を増やすことが出来る、というものだ。


特にレア度の低いものであれば、あるほど……手に入る量が増える。


最底辺のレア度であれば、効果は抜群だ。


まぁ……戦闘能力はほぼない。


そこは考えどころだな。


こうして、『盗人』のボレスがアルヴィン商会に加わった。

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