第14話 商売は時には博打も必要です

公爵の申し出に言葉も出なかった。


「今、なんと?」

「だから、我が娘マーガレットの家庭教師をしてほしいと言ったのだ」


……わからない。


どうして、僕が……。


というよりも商売を教えるとはどういうつもりだ?


ルネリーゼ家は軍閥のトップに君臨する家柄。


当然のことながら、この家の者は軍人系のスキルを取ることが習わしになっている。


商売とは……解せない。


「一つ、聞いてもよいでしょうか?」

「なんだ?」


これで、この話の真意は見抜けるはず。


「マーガレット様に商会を立ち上がらせる気ですか?」


たしか、マーガレット様は14歳になったばかり。


スキルは15才の成人で得ることが出来る。


『商人』スキルを得て、公爵の後ろ盾……となるとかなり厄介な商売敵になってしまうぞ。


そんな相手を育てるなんて……僕には出来ない。


「ふむ? ……ハッハッハ‼ 勘ぐりすぎだ若き商人。ただ、娘が商売に興味があると言うから、勉強させてやりたいという親心だ。我が家は軍人。それに例外はない」


良かった……。


そうなると、この話、僕にもメリットが出てくる。


女の人と商売抜きの話をする練習が出来る。


彼女は『どうでもいい人』だ。


公爵の怒りに触れない程度なら、僕の練習台に。


「分かりました。ただ、納品の件もあります。それが片付いてから……ということでも宜しいでしょうか?」

「無論だ。商人が金を稼がずして、なんとなする。こちらは趣味のようなものだ。お主に任せる」


ようやく、屋敷を離れることに成功した。


とはいえ、悠長にしている時間はない。


まさかの一万本の注文。


できるだけ早く納品を完了し、御用商人の地位を得たい所だが……。


生産がとても遅い。


レイモンドからの材料調達、そしてノーラさんの製薬……。


どんなに頑張っても、一日100本が限界だろう。


それだと、100日もかかる。


それも不休でだ。


当然、品質の低下が起きる可能性は否定できない。


あくまでも、これは公爵からの挑戦状。


かならず、最高品質の新ポーションを一万本、用意しなければならない。


「なんとか、一週間で出来ないものだろうか?」


軍需品は高品質、短期納入がとても重要だ。


それを証明しなければ……。


辺りを見渡せば、労働力として使えるのは……『勇者』ばかり。


『聖女』や『賢者』もいるが……とても割に合わない。


安く……そして、製薬の知識、もしくはダンジョン探索者の実力があれば……。


ふと、考え事をしていると、見知ったような場所にたどり着いた。


王都のスラム街……。


そういえば……ノーラさん達はスラム街に住んでいたな。


ここなら……。


その街に足を踏み入れ、奥へと向かった。


途中途中の人たちを見たが、どれもが『有能な勇者様』ばかりだ。


そんな時に変わった建物が目に入った。


「なるほど……この手があったか」


商人として、これに手を出すという事は考えたことがなかった。


初期費用が高いし、何よりも維持費が辛い。


それに能力の判別が後にならないと難しいと言うとこもある。


だが、今の僕にはうってつけかも知れない。


『奴隷商会』


ここは奴隷として身を落とした者たちを借金を肩代わりすることで購入することが出来る。


奴隷は人ではなく、物として認識され、王国法も奴隷は人ではないと明記している。


つまり、購入者は物を壊すように、奴隷を殺しても罪には問われない。


それほど、奴隷とは酷い地位の者たちだ。


そのため、奴隷に落ちるものは大抵は莫大な借金を持っているものだ。


初期費用が高い所以だ。


それでも、店に足を踏み入れた。


「いらっしゃいませ。奴隷商会にようこそ」


なんとも、胡散臭いやつが出てきたな。


とはいえ、奴隷商は王国が認可を与えた、しっかりとした商売。


面倒事は少ないだろう……。


「奴隷を見させてくれ」

「畏まりました。我が商会は多くの奴隷を取り揃えております。用途をお伺いしても?」


もっともだ……。


「そうだな……」


僕が必要としている人材はもう決まっている。


ただ、それをここで扱っているかどうか、だな。


「エルフはいないか?」

「……もちろん、ご用意はしておりますが……何故でありましょう? 見目も悪く、スキルもない者など……役に立たないでしょう」


まさに、スキルこそ全てと勘違いしているものが言うセリフだな。


それにエルフは醜くない。


それどころか……まぁ、今はいい。


欲しいのはエルフの能力だ。


美女を買い求めるつもりなんて、全く無い。


そんな事で伴侶を得ても、何の意味もないんだ。


「案内してくれ」

「……畏まりました。それでは向かいながら、説明させていただきます」


進むとすぐに長々とした牢屋が姿を表した。


その中には所狭しと『商品』が並んでいた。


どれも汚く、目が死んでいた。


汚れた服には、掠れるような文字でスキルが書かれていた。


どれもが、いわゆる『ゴミスキル』と揶揄される者ばかりだ。


王国からの年給もなく、ダンジョン探索者としての能力もない。


他で働くことも許されない……そんな者たちの終着点。


それが、この奴隷商会なのだろう。


「奴隷は物の価値で値段が決まっておりません。全て、その者が作った借金で決まります」


……まぁ、常識だな。


正直、奴隷を買うやつは人を物としか見ていない奴らばかりだ。


かなり残酷な取扱をされるのも少なくない。


だからこそ、消耗品である彼らの見目や能力に何の価値もないのだ。


そんなものが欲しければ、見目のいい『勇者』や『聖女』を雇えばいい。


それで済むのだ。


それをわざわざ、奴隷に求める理由がない。


「こちらでございます。少々、臭いが酷いですが、勘弁をして下さい」

「商品なのに、少し取扱が酷いのでは?」


これはさっきまでの牢屋組とは一線を画する扱いだ。


まるで押し込められるように、柵の中に閉じ込められていた。


「エルフですから。こんな長寿の役立たずは在庫になって困るんですよ。こうやって、早く壊れてしまわないか、試しているところなんです」


それにしても酷いな……。


「それで? いくらだ?」


これ以上、ここに留まるっていると吐きそうになる。


「本当にお買い求めで? えーっと……この32番が金貨145枚……その13番が金貨51枚……」


奴隷商はパラパラと資料を見ながら、エルフを指差し、値段を告げていく。


概ね、一人あたり金貨100枚と言ったところか……。


今回の公爵からの受注で僕が得られる利益は金貨一万五千枚だ。


「全部で何人いるんだ?」

「1番が金貨112枚……は? えっと……ちょうど99人です」


どこが丁度なんだ?


まぁいい。


一週間で納品と考えると……ノーラさんと同じ位の製薬能力がある人を20人は欲しいな。


それと同時にレイモンドと同じ能力の人を同じ20人。


そうなると……40人は確保しておきたいな。


ノーラさんとシーラちゃんというエルフしか、知らないから、もっと調べたい所だが……。


奴隷の能力は確認できないし……。


「半分くれ。1番から50番までだ」


この博打のような商売には、冒険も必要だ‼

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