第13話 交渉は奥手を隠している側が有利です

相変わらずの異様な部屋だな。


「久しいな。若き商人」


豪傑と呼ぶに相応しい当主はいつも軍服だ。


この部屋も武器が壁中を覆い、ここだけの武器だけで小国程度なら滅ぼしてしまいそうだ。


「ご無沙汰しております。今でもレオン様とお呼びしても?」


本来は家名で呼ぶのが礼儀だろう。


だが、この人は僕に名で呼ぶことを許してくれた。


それは実家があってのことだろうが……。


「構わぬ。私が許したのはお前であって、お前の実家ではない」


……やっぱり、この人には敵いそうにもないな。


「さてと……娘はどうだった?」


……どうして、それを?


執事が?


いや、伝えるだけの時間はなかった。


だが、この人の耳には聞こえないものも聞こえてしまうのだろうな。


「とても美しい女性になられたかと」

「そうか、そうか。あやつも嫁入り前。少しは落ち着いて欲しいものだがな」


やはり、婚約というのは本当だったんだな。


そうなると……王都はパレードを盛大にやるはず。


商機が増えそうだな……。


「何を考えている? 若き商人」

「いえ。お嬢様の婚儀、さぞ派手になさるのかと思いまして」


「そうか……」


言ってはいけない事だったか?


商人として、軽口は慎むべきだったな。


「お気に触ったのなら、申し訳ありません。僕としてはお嬢様を心から祝福したいと思って……」

「もうよい。それで? 手紙の話の続きを聞こう……」


幸先が悪くなってしまった。


これ以上、相手を刺激しないように箱から瓶を取り出した。


「これが新商品となります」

「ほう。従来のポーションと何が違う?」


ここからは腕の見せ所だな。


「従来品は……」


まずは論点の整理をする。


商品を説明するためには、こちらの訴えたい情報に集約していく必要がある。


今回の新ポーションの利点は塗れることだ。


効果が早く、治療効果が高い。


「ほお。それほどか」


食いついてきたな。


「はい。百回ほど、繰り返し使用し、その効果は証明されております」

「ふむ……反動は? これほどのものであれば、副作用はないか?」


公爵は軍閥のトップだ。


当然、この話は軍に納める商品を説明している。


そのため、軍の行動に支障が出るようなものは、例え効果が高くても使用は出来ない。


「もちろん、その点も調査をし、副作用は認められませんでした」

「それは重畳……ポーションはその携行性ゆえ、軍では大いに利用されている」


その通りだ。


ポーションが爆発的に普及したのは、どこでも使えるという手軽さだろう。


回復術師は、軍には多く配属されていない。


運用費が高いからだ。


そのため、治療が遅れるという事態が頻発した。


そこで登場したのがポーションという画期的な回復薬だ。


だが、それでも欠点は多い。


「それゆえ、新ポーションは有用かと」


回復術師を携行できるようなものだ。


「これは素晴らしいな。さて、そうなると……価格はかなり高いのだろ?」


商品の性能は認められた。


あとは軍として許容される価格かどうかだ。


旧ポーションは金貨1枚。


回復術師は、回復毎に金貨5枚。


「僕としては、金貨3枚程度を考えております」


材料はスライムの素と薬草エキスのみだ。


銀貨1枚の材料費。


それと加工料となるが……。


まぁ、物凄く利益率の高い商品だ。


「3枚か……少々、高いな。はっきり言って、旧ポーションを3つ買ったほうがマシに思えるんだが」


それは考えられる。


だが、これは画期的なアイテムだ。


「そうですか……では、もう一つだけ効能を説明しましょう」

「まだ、あるのか?」


効果持続性……これは回復術師ですら、出来ないことだ。


塗った箇所はしばらく間、怪我をしない。


その持続性は個人差があったり、最初の傷の程度で大きく変わる。


だが……。


「概ね、1時間程度は持続するようです」


行軍は平地や森ばかりではない。


当然、罠が設置された場所や汚染した河川、毒沼も進まなければならない。


その度に治療を施さなければならないが……。


「これなら、全身に塗れば、しばらくはダメージを負うことはありません。それはもちろん、敵の攻撃に対してもです」


こんなのが敵に回ったら、大変だろう。


短時間とは言え、無敵の軍隊が誕生するのだから。


ポーションが手に入れば、戦争には負け知らず……なんて時代が来るかも知れない。


「むむむっ……だがな……金貨3枚は……」


ここまでは既定路線だ。


ある程度、軍の予算は頭に入っている。


回復薬だけに多額の予算を振るわけにはいかないだろう。


だったら、タダで安くする方法を提示する。


それが今回の本命……。


「でしたら……金貨2枚まで下げましょう。それでしたら、どうでしょう?」

「本当か!? それならば……だが、いいのか? 金貨1枚分、利益が減るのだぞ?」


それは痛手だが……。


「その代わり……公爵に頼みたいことがあるのです」


僕が提案したのは二つ。


新ポーションの品質を保証してもらうこと。


これから販売することを考えると、一番の敵は旧ポーションを売っている大商会だ。


そいつらは新ポーションを潰しに来るだろう。


それには偽の性能をでっち上げるのが一番だ。


消費者は信用の大きい者の意見に流される。


僕は駆け出しだ。


結果は見え見えだ。


だが、公爵のお墨付きがあれば話は別だ。


そして、もう一つは……。


「僕はこれから商会を立ち上げます。公爵の御用商人にしては頂けませんか?」

「それはなんだ?」


御用商人は、言ってしまえば専属の商人だ。


公爵が入り用な物は全て、僕が手配する。


それがどんな物でも……。


「ふむ。だが、出来るのか? 立ち上げたばかりの商会に」


無理は承知だ。


だが、こうでもしないと大商会と肩を並べて商売なんて無理だ。


それにこれは最後のチャンスかも知れない。


新ポーションは夢の記憶での偶然の産物だ。


それがこれからも出てくるとは限らない。


だったら、次にくるチャンスを待っている理由はないんだ。


「出来ます‼ いえ、やってみせます」

「そうか……だが、すぐにとは言えない。実績を示せ。まずはこのポーションを一万本、用意せよ」


これでいい。


「性能の件は?」

「王国軍が使う物に不良品はない」


了承したと受け取ってもいいのだろうか?


「ありがとうございます」


これで商談は終わった……。


金貨2枚のポーションを1万本の受注。


大手柄じゃないか。


僕は揚々と退出しようとした。


「若き商人。娘をどう思う?」


後ろから掛けられた声に、ウキウキした足取りが止まった。


同じ質問?


何か、意味があるのか?


考えろ……。


さっきの事を……。


そういえば……。


「お嬢様は商売にご興味が?」

「おおっ‼ よくぞ見抜いた‼」


正解なのか?


「ありがとうございます。ポーションについて、詳しくお尋ねになられました。もし、商人であれば、さぞ恐ろしい商売敵になっていたでしょう」


「ふむふむ。さすがは若き商人だ。娘の気持ちをよく理解している」


全く、理解しているつもりはないんだけど。


「では、お主に頼もう。娘に商売を教えてもらえぬか?」


……は?


僕の中で時が止まった瞬間だった。


何も考えられないとはこの事だろう。

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