第12話 公爵令嬢は商売に興味津々みたいです

ノーラさんの後ろ姿は本当にキレイだなぁ……。


ここ、毎日のように部屋でじっとしている日々が続いている。


というのも、一つの報告をずっと待っていたからだ。


……。


「アルヴィンさん‼ 大丈夫です!」

「……ようやく、だな」


シーラちゃんとレイモンドに頼んでいた仕事。


塗り薬のポーションの使用回数が100回に達したのだ。


効果はいうまでもない。


低級の回復魔法師程度の効果があるため、多少の怪我はすぐに治ってしまう。


さらに持続時間があることも判明した。


塗ってからしばらくは効果が持続する。


そのため、毒沼での継続的なダメージを負う場所での使用で、限りなく無傷で通過することが出来る。


品質についても、長期間保管したが、効果の劣化は見られなかった。


実に最高品質の薬と言える。


「ノーラさん‼ ありがとうございます」

「いえ、私は仕事でやっているだけですから……」


なんだか、最近のノーラさんの態度が可怪しい。


もしかして、疲れているのかな?


「ノーラさん。少し休暇を取りませんか?」

「いえいえ‼ とんでもありません‼ もっともっと働かせてもらいます」


作れるだけ作るように頼んではいるんだけど……。


ちょっと、働きすぎじゃないかな?


「もっと、お金が欲しいんです」


そう言われると、何も言えない……。


今はノーラさんしか、このポーションを作ることが出来ないから。


「分かりました。無理だけはしないでくださいね」

「はい……」


ちょっと心配ではあるが、次のステップに入らなくてはな。


ポーションの性能を確認が終わったので、それを売り文句にして、販路を開拓しなければならない。


ただ、ここで問題なのは僕には商会の登録がない……ことではない。


信用がないことだ。


販売実績もない。


実家の時は、商会の名前が僕の後ろに控えていた。


そのおかげで、新参の僕でも商売をすることが出来た。


しかし、今は何もない。


ただ、高品質のポーションという商品があるだけ。


それを売り込めば、たちまち他の商会から難癖をつけられ、この街から追い出されてしまう。


それにポーションの悪評が流れれば、商品としての生存性が下がってしまう。


だからこそ、慎重に行動しなければならない。


そう……例えば、大貴族を味方につける……とか。


「アルヴィンさん、顔が怖いですよ」

「そうか?」


……。


本当はこの手は使いたくなかった。


実家の商会に関わっていた時の顧客に会うのはルール違反のような気がしたからだ。


それでも、今はこの手を使うしかない……。


ルネリーゼ公爵家。


「お待ちしておりました。今はアルヴィン様とお呼びしましょうか。旦那様がお待ちです」

「ありがとうございます」


先日、手紙を出した。


用件は近況と新商品についてだ。


特段、会いたいとも言わない。


それだけの内容で公爵は全てを見抜いてくれる。


それくらい、食えない人だし、有能な人なのだ。


すぐに返事と共に馬車を寄越してきた。


……心配して来てくれるのはレイモンドとシーラちゃんか。


「アルヴィンさん。本当に大丈夫なんですか? あの、公爵ですよね?」


まぁ、あの人の噂はあまりいいものではない。


暗殺……そんな言葉がちらちらと見え隠れする。


「何度も会ったことがあるから、問題ない。それよりも留守中も納品を頼むよ」

「それはもちろん……」


「シーラちゃんも無理はしないようにな」

「うん‼ 気をつけてね」


僕は宿屋を見上げていた。


ノーラさんは来ないのか……。


まぁ、出掛ける直前に少し声を掛けられたけど……。


ちょっと寂しいな。


「じゃあ、行ってきます。レイモンド、シーラちゃんとノーラさんを頼むぞ」

「お、おう‼」

 

箱詰めしたポーションを載せた馬車で、僕は公爵家に向かった。


王国でも数ある名家の一つであるルネリーゼ公爵家。


王族の流れを汲む、この家は代々、軍属の一族である。


王からの信頼も篤く、全軍の指揮を任せられることも少なくない。


そんな人とは、よく軍需品の関係で商談に訪れていた。


普通は部下に任せるところだろうが、そこがあの人の変わったところだ。


自分で見て判断しなければ、気が済まないのだ。


だからこそ、今回の話も食いついてくれたわけだけど……。


豪華な公爵家とは裏腹に、外見こそ立派な建物だが、内装は至って質素だ。


そんな廊下を執事に連れられ歩いていると……。


「お久しぶりですね。商人さん」


僕はすぐに膝を折り、臣下の礼を執る。


彼女は公爵の娘にして、巷では第一王子との婚約が決まったと噂されるお方だ。


王族と強い結びつきがあるルネリーゼ公爵家ならではの、外交なのだろう。


「ご無沙汰しております。マーガレットお嬢様」


彼女の不興だけは買ってはいけない。


僕はあまり目を合わせずに、じっと床を見つめていた。


「今日はどういったご用件で?」

「はい。商品を開発しましたので、公爵様に見て頂きたく」


キレイな足が視界に入り込んできた。


「商品……ですか。それはどういったものなのでしょう?」


どうして、そんなことを聞く?


もしかして、公爵様に会う前に探りを入られているのか?


まぁ、隠すようなことでもないか。


「少々、お待ち下さい」


腕に抱えていた箱から一つの瓶を取り出した。


「これが新たに開発したポーションになります。どうぞ」


瓶を差し出すと、マーガレット様は輝いた瞳で瓶を見つめていた。


その時にふと、『出会い』スキルが発動した。


『どうでもいい人』


彼女には、そう表示されていた。


まぁ、そうだよな。


一介の駆け出し商人と公爵令嬢がどういう関係になるというんだ。


最初からあり得ない関係だろうに。


少し考え事をしてた瞬間だった。


「ぬわっ!」


マーガレットお嬢様の顔が目の前にあった。


なんて、キレイな人なんだ。


吸い込まれるような青い瞳。


目鼻立ちがはっきりとしていて、街中を歩けば、皆が皆、振り向いてしまうだろう。


それは男女問わず……。


そんな女性の顔が間近に迫れば、驚くのも無理はないだろう。


商人としては……失格だな。


「それで? どういった物なんですか? 従来の物とどこが変わったんですか?」


随分とグイグイ来るな。


公爵のお嬢様がこんな物に興味でもあるのだろうか?


「おほん‼ お嬢様、そろそろお稽古のお時間では?」

「……わ、分かっていますわ‼ そ、それでは商人さん、ごきげんよう」


なんだったんだ……。


「それではアルヴィン様、参りましょう」


彼女との出会いは運命的なものだった。


だけど、僕はその時は彼女のことはないも思っていなかった。


ただただ、怒らせてはいけない人だと……。

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