第6話 売り込みは買い叩く絶好のチャンス

高級宿屋にはラウンジがあったりする。


「そこに座ってくれ」

「い、いいんですか? 汚れたら、弁償とか……」


何を訳のわからないことを心配しているんだ?


「安心しろ。僕もほら」


汚れが付いたズボンを見せて、安心感を与えた。


「じゃあ……」


適当な飲み物を注文して、レイモンドの顔をじっと見つめる。


昨日とは全くの別人な気がする。


格好が綺麗になったから?


いや、覚悟が出来る男になったんだな。


「それで? 話ってなんだ?」

「あ、はい! えっと……こんな事を言うのは変かも知れませんが……」


僕はゆっくりと飲み物を口にして、レイモンドの言葉を待つことにした。


……。


考えてみれば、商会にいた頃は、こういう人の面接を何度もやった。


いろいろなスキル持ちがやってきては、自分をアピールする。


これだけ凄いスキルを持っている、とか。


こんなことが出来る、とか。


そういう奴は大抵、使えない。


スキルの上であぐらをかいている奴ばかりだから。


むしろ、スキルなんてどうでもいい。


その人がやりたいことさえ、示してくれれば。


そう言う人が僕の商会には必要だったんだ。


その点、レイモンドは合格だ。


『狩人』というスキルはダンジョン探索では大きなアドバンテージがある。


それをわざわざひけらかさないのは、なにか理由があってのことなのだろう。


「私の薬草を買い取ってもらえないでしょうか?」


薬草?


「どういうことかな?」

「はい……私はダンジョンでモンスター狩りをする傍ら、薬草採取が趣味で……」


ふむ……。


でも、たしか……薬草は商会の買取品目に載っていたはずでは?


わざわざ、僕に頼む理由がない。


「商会を利用すればいいのでは?」

「そうなんですけど……これを見て下さい」


レイモンドが瓶を取り出し、テーブルの上に置いた。


それは真っ黒い液体だった。


「これは?」

「薬草から絞ったエキスです」


瓶を持ち上げ、じっと見つめてみたが、特に変わった部分はない。


「開けても?」

「ええ、もちろん」


蓋を開け、臭いを嗅ぐと……。


「薬草だな」


何の変哲もない薬草だ。


これがなんだと言うんだ?


「分からないんだが?」

「商会では、その瓶だけで銀貨1枚で売れるんです」


ほお。


銀貨数枚で一日の生活費と考えると、なかなかいい商売だな。


「じゃあ、売ればいいではないか」

「ダメなんです。薬作成系のスキル持ちでなければ、売ることが出来ないんです」


そうなのか……。


実家の商会は薬関係はほとんど取り扱ったことがないから知らなかったが……。


「だったら、薬草で売ればいい」

「それだと、いくらにもならないので……」


そういうことか。


色々と見えてきたな。


『狩人』スキルを持っている彼が最上階層にいる理由。


そして、僕に商談を持ちかけてきている理由も。


「一つ聞いても? なぜ、僕なの? こう言ってはなんだけど、話を持ち込むような相手には見えないと思うんだけど」


「その……なんとなく……」


目が泳いでいるな。


まぁ、大方、色々な人に声を掛けているのだろう。


僕はじっと考えていた。


薬草のエキスが入った瓶……。


「いえ、違うんです! そのアルヴィンさんがその年で大金を持っているので、その……」


何を言い訳じみたことを言っているんだ?


だが、これはとても面白い話だな。


考えていたこととも合致する。


そう……夢の中の記憶とも。


「分かった。これを買い取ろう。ただ、そうだな……」


この薬草のエキスをあちこちに売られても面白くない。


『狩人』が作るエキスだからこそ、価値のないものと思われている。


だったら……これを買い占めるのが正しい選択だ。


まだまだ、利益が生み出される商売とは限らないが……。


「一瓶銅貨8枚だ。それでどうだ?」

「上限は?」


今は然程、数はいらないのだが……。


記憶の上では必ず成功する商売だ。


先行投資を多めにしても問題はないだろう。


「出来た量だけ買い取らせてもらうよ。ただし、専属で頼む」

「専属……というのは?」


「簡単だよ。僕以外には売らない約束をしてくれればいい。その代わり、全部買う、と言う話だ。どうだ?」


レイモンドはこれでもかと言うほど笑顔になった。


最初の暗い顔とは大違いだな。


まぁ、この話がまとまるなんて夢にも思っていない買ったのだろう。


だが、これは僕にとっても大きな話になる……予定だ。


「あと、一つ頼みたいことがあるんだ……」

「何でしょう? 何でも言って下さい」


夢の中の記憶……


スライムの素と薬草のエキスを合わせると……塗り薬として利用できるポーションが完成する。


これは画期的なものだ。


ポーションといえば、飲み薬だ。


この欠点は大きく言われていないが、効果が遅い。


一番は回復魔法による治療が早いのだが、治療費がとても高いのだ。


その点、ポーションは比較的手に入りやすい。


塗り薬のポーションは効果がすぐに出るのが特徴だ。


……。


「スライムの素も同時に集めて欲しい」

「そんなものを……理由を聞いても?」


正直、まだレイモンドを信用出来てはいない。


「悪いが、それは言えない。まぁ、タダ働きをさせるつもりはない。スライムの素も銅貨2枚で買わせてもらうよ」


スライムの素と薬草エキスで銀貨一枚。


商会に売ったときと同じ価格だ。


「やります! やらせてもらいます!」


レイモンドと握手を交わして、商談成立だ。


この2つの材料で僕は大きな一歩を踏み出そうとしていた。

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