第5話 一人でダンジョンはとても危険です

ダンジョン初日の後遺症で二日間ほど、筋肉痛で動けなかった。


「今日こそ、スパイダーを40匹、倒してやる」


高級宿からダンジョンの入り口を眺めていた。


高級武具に身を包み、今日もダンジョンに潜る。


「スライム……許してくれ!!」


偶然の一撃頼りでスライムを葬っていく。


出てくるドロップはスライムの素ばかり。


剣もネチョネチョだ。


ハンカチでそれを拭き取ると、剣が輝きを増したような気がした。


「さすがはいい武具だな」


関心をよそに、目標のスパイダーを探す。


「いた」


どうやら、群れで動いているようだ。


これは好都合。


前の僕でないことを披露しよう。


カバンから取り出したのは短弓だ。


力こそ必要だが、遠距離攻撃が可能な武器だ。


これでスパイダーを狙撃してやる。


「重っ!!」


なんだ、これ。


買った時は簡単に引けたのに……全然、引け……ないぞ。


「はぁはぁはぁ……親父、これにも呪いを掛けやがったな。あとでクレームを入れてやる」


返品をするために、カバンに短弓を仕舞っていると……。


ごごごごごっと地鳴りが……


「しまっ」


僕の殺気に気付いたスパイダー達が一斉に攻撃を仕掛けてきた。


僕は呆然と立ち尽くしていた。


「ああ、終わった……」


走馬灯が走っていた。


夢の中の人の記憶……。


その中に凄まじい事実が隠されていた。


スライムの素の使い道を見つけたぁぁぁ!


「こんなところで死んでたまるかァァァ!!」


僕は走って逃げた。


鎧が重い……僕が脱ぎ捨てながら、身軽になっていく。


「武器もいらん!!」


使えない武器など無用の長物。


他は……カバンもいらん!!


僕はほぼ裸になって、草原を突っ走っていた。


「さあ、今のうちです! 逃げて下さい!!」


誰だ? こいつ。


粗末な服を身に着けていた、風采の上がらない少年。


弓使いか?


『出会い』スキルが発動する。


こいつは……。


「ああ、頼む!!」


僕は駆け抜けて、距離を稼いだ所で振り返った。


「はぁはぁはぁ……」


あの人は……。


おお、さすがはダンジョン探索者だ。


弓矢でスパイダーとの距離をとって、いなしているな。


だが……。


「多勢に無勢か」


彼も大したスキルを持っていないのだろう。


このままだと、彼もスパイダーの餌食になってしまう。


「そうだ!! 短弓だ。彼に渡せれば……」


だが、どこにいった?


あった……。


だが、嫌な場所にあるな……。


「彼を見捨てることは出来ないな。彼は……」


僕は駆け出し、探求の入ったカバンの元に向かった。


「くっ……やはり、こっちにも来るか」


群れの一部が僕に気付いたのか、数匹が襲い掛かってきた。


今はほぼ無防備の状態。


こんな時に攻撃を受けたら……。


それに……。


「まだまだ死ねるかぁ!」


その時……僕の中に眠る力が……呼び起きない!!


当たり前だ。


そんな力、ある訳がない。


それでも死力というのは侮れない。


「掴んだ!!」


急いで、短弓を取り出し……。


少年のもとに駆け出した。


「受け取れ!」


「これは?」


ふっ……聞いて驚くな。


「金貨100枚の名品だぞ!!」

「そんなの使えないよぉぉ」


こんなときに……これだから貧乏人は……。


「生き残れたら、それをお前にくれてやる!!」


「やっほぉ!! 見ていろ!!」


さっきまでと動きが違う。


やはり人間は欲があると強くなるんだな。


高級短弓を手にした少年はまたたく間にスパイダーを倒してしまった。


「はぁはぁはぁ」

「よくやった。おかげで命が助かった」


彼には報酬として短弓を与えたんだ。


これで貸し借りはなしだろう。


「これ、本当に貰っても?」

「ああ、もちろんだ。このスパイダーの糸もお前がもらうといい」


「あ、ありがとうございます」


今までで一番いい笑顔だな。


さて……。


「お前は……『狩人』スキルか?」

「え? ええ。あなたは……『出会い』ですか?」


お互いに確認する必要はない。


服にそう書いてあるんだから。


だが、分からない。


『狩人』はそれなりにダンジョン探索に適したスキルのはずだ。


なんで、こんな場所をウロウロとしているんだ?


「見ての通りだ。それで? お前はルーキーなのか?」

「いえ、もうダンジョンに入ってから、3年は経っています」


それでは随分と先輩だな。


「そうか……」


少年の姿をじっと眺める。


靴も擦り切れて、穴が開きそうだ。


服もボロボロ……ダンジョン探索は上手く行っていないことが伺える。


大方、金がない……そんなところだろう。


「金に困っているのか?」

「え? どうして……」


自分では気付いていないのか?


「かなり汚い身なりだからな。その短弓を売って、服を買い直すといい」


金貨100枚の短弓を売れば、それなりの値段で買い取ってくれるはず。


『狩人』なら、別途料金も多くはないはずだ。


「いいえ!! 人からの贈り物を売るわけにはいきません」


随分と律儀な少年だな。


「それは贈り物ではない。報酬だ。それを売ったとして、誰も責めはしないよ」

「……」


悩んでいるな。


少年にはそれを考える時間が必要だろう。


「じゃあな。また、会おう」


僕には少年と再び会うことが分かっていた。


「ちょっ……お名前を……私はレイモンドと言います!」


……。


「僕はアルヴィンだ。じゃあな、少年」


レイモンドとの出会いは、僕にとって重要なものだった。


……。


とはいえ、今日は大損害だな。


武具をすべて失い、ドロップ品もなしだ。


だが、僕は高級宿屋でじっと見つめていたものがあった。


それがスライムの素。


ただの粘りのある液体だが、これが大きな商材へと進化を遂げる。


だが、そのためには……。


僕は再び、武具屋へと足を運んでいた。


ダンジョンに再び入るために武器を選びに来たのだ。


「今度はとにかく軽いものだ。持っているかどうか分からないほどのだぞ」

「無茶言うなよ」


今回のことで分かった。


僕には武具全般を使いこなす能力はない。


だが、最低限の防御は必要だ。


攻撃力も……だって、スライムだけが僕の標的なんだから。


金貨500枚と随分と高額になったが仕方がないな。


すると、案の定、レイモンド少年と再会した。


「随分と身なりが綺麗になったな」

「はい。あの後、良く考えて、装備を一新したんです」


それが賢い判断だ。


「これなら、もっと深いところに向かえるんじゃないか?」

「……あの!! 相談があるんですが……」


僕はニヤリと笑った。


彼との出会いは決められたもの。


彼は僕にとって……『きっかけ』だったのだから。

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