エピローグ:
6月のとある週末、梅雨の晴れ間の青空のもと、水島隆也と槙原裕子は都内式場で結婚式を挙げた。
披露宴では、槙原夫人の横に紋付袴姿の美月が、“父親”代役として座っている。見かけは美月だが、中身はまさしく本物の父親、槙原慎太郎だった。
宴は滞りなく進み、花嫁の裕子が父にあてたメッセージを読み上げ、花束をおくると、美月の姿を借りた父、槙原はたまらず涙を流していた。
表向きには、“父親のように世話になった人”という美月が感動している光景に、招待客もおもわず目頭をおさえていた。
「全員泣いているじゃないか。葬式かと思ったぞ」
式場の片隅で、スメラギとともに披露宴を見守る死神がぼやいた。披露宴が終わったら槙原を連れていくという取り決めだった。
「なにが悲しいのだ」
「悲しくなくても泣くんだ、人間は。血も涙もねえ死神にはわかんねーだろーが」
死神が人の目にみえない存在でよかった、スメラギは今日ほど心からそう思ったことはなかった。男性招待客たちと似たような黒いスーツ姿だが、死神は常に死臭をまとい、華やかさに欠ける。
「お前は自分の結婚式でも泣きそうだな」
「バーカ、泣かねえよ。つーか、結婚しねえし」
「なんだ、まだあの女のことを引き摺っているのか」
死神の視線が美月の姿をとらえていた。
「それ以上なんか言ったらブッ殺すぞ」
いつになく鋭く光ったスメラギの視線が死神を突き刺していた。
「死神を殺れるもんなら、殺ってみな」
「てめー」
スメラギの渾身の右ブローを軽く受け止め
「夜摩から言づけだ。1千万今日中に振り込んでおけだと」
「1千万?」
スメラギの裏返った声に、近くにいた招待客が数人振り返った。
「何の話だよ、1千万て」
「49日過ぎたら1千万という話だっただろうが」
もともとの槙原の依頼は娘の花嫁姿をみることだった。49日以内に依頼を解決できればいいが、49日すぎたら1千万支払えというのが、閻魔王こと夜摩との約束になっていた。人ひとりを49日以内で結婚させることなんてできるかとふてくされたものの、どうにか49日以内に槙原の娘の裕子と恋人、水島は結婚の約束をするに至った。娘が結婚すると知った槙原はその事実だけに満足して、おとなしくその身を死神に引き渡された。ちょうど1年前の6月のことである。
「ちゃんと49日以内におめーにおっさんを引き渡しただろーが」
「今日の結婚式出席をもって、依頼完了とみなすそうだ」
「は?」
槙原を結婚式に出席させてやったらとスメラギに言ってきたのは夜摩だった。めずらしく人情味があるじゃないかとおもったら、下心があったのだ。
「んっとに血も涙もねぇー」
心霊探偵スメラギ - 花嫁の父 あじろ けい @ajiro_kei
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