第12話

 誕生日でも何でもない日に、レストランであらたまって食事―待ち望んでいたプロポーズを受けるのかと軽く心が弾む一方で、夫人の言葉が重くのしかかっていた。


 そして、裕子が出した結論は、水島とは結婚できない、だった。


 水島に伝えなければならない。裕子はそう覚悟し、別れとなるなら一番きれいな自分の姿を覚えていて欲しいと、お気に入りのワンピースを選んで着飾った。化粧もいつもより念入りにし、しかし派手になりすぎないようにした。


 水島と過ごす時が最後になるなら、楽しい思い出にしたいし、水島にも楽しい時であって欲しい。裕子はつとめて明るく、話し続けた。黙ってしまうと、水島がプロポーズの言葉を言ってしまいそうで、そうなると断るしかない裕子の楽しい時間は終わってしまう。


 最後通告を先延ばしにしようと、裕子はひたすらしゃべり続けた。そしてとうとう、デザートの一瞬の隙をついて、水島がプロポーズした。


(嬉しかったの―)

 涙でせっかくの化粧は落ちてしまっていた。


(でも、ダメなの……)

 あの夫人が姑になると考えただけでも結婚生活への自信がなくなった。

 というのは裕子が心についたウソだと、裕子自身にもよくわかっていた。


(違う、本当は―)

 裕子もまた、夫人と同じことを考えてしまっていた。


 N県出身の人間を親族にむかえることで水島の将来にどれほどの打撃を与えてしまうのか、ひょっとして母から自分に球里熱のウイルスが伝えられているのではないか。絶対にそんなことはないのだと頭でわかっていながら、心がくだらない噂を受け入れようとしている。


(医者の娘のくせにっ!……)


 夫人は、医者の娘で妻だというのに、まったく医学的根拠のない噂を信じていた。裕子はそんな夫人を軽蔑しながら、自分もまた彼女と同じレベルの人間だった。


 そんな自分に、気分が悪くなって、食べたものを吐き出してしまった。だが、気分はすっきりしない。体のどこかにまだどす黒いものが凝り固まって残っていた。

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