第5話 第4幕 裏切り


              舞台右側 ケントの執務室に照明

           ケント立っている。リア、右へ左へとうろうろ歩き回る



リア     ああ、私はどうしたらいいんだ。地位も名誉もプライドなんてもう何もいらない。欲しいのは、コーデリアただひとり……

       しかし、今となってはもうどうすることも出来ない。わたしはすでに結婚してしまっているし、コーデリアは国家に反逆した家系の娘。どうしたってこの想い、成し遂げる事はかなわない。ああ、ケントよわたしは一体どうしたらいい……


ケント    リア王様。本当にコーデリア様以外に何もいらないとお思いですか?


リア      ああ、もちろんだとも。彼女のためならば、この命だって惜しいとは思うまい


ケント    もし本当にそうお思いならば、国も地位も名誉も捨ててコーデリア様とどこか遠くの地に逃げる……という道もあります


リア     しかし、王のわたしが逃げるなど……


ケント    それには心配及びますまい。実質、今この国を統治しているのはクローディアスです。リア様が今ここでお逃げになっても、すぐに国が傾くということはありますまい

 もし、その覚悟がおありとあらばこのケント、お二人の逃亡に助力いたします


リア     ……わかった。ケントよ、その助け、借りられるか?


ケント    はい、お任せください


            リア、右に消える。右の照明消える

        舞台左のコーデリアの部屋に照明 コーデリアが座っている

        照明の消えた右の部屋よりケントが入場

             コーデリア立ち上がる


コーデリア   ケント様、本日はどのような御用で


ケント     ああ、わたしはな。知っているとは思うがリア様の側近をしておる


コーデリア   存じております


ケント     ふむ、それでな、立場上にもこの国の未来を案じてもおるのじゃ

        そこで、気になる問題がひとつ


コーデリア   何でございましょう


ケント     リア様がな、妃もある身でありながらも、たびたびこちらの邸に足を運んでいるという事実をつかんでしまったわけじゃ


コーデリア   な、何かの間違いでは


ケント     隠さなくてもよい。

        わたしはな、もしこんなことが明るみになれば国民からの反感を避けることも出来ず、この国は滅んでしまうのではないかと危惧しておるのじゃ

        そこで、この件が明るみになる前に不穏のため刈り取っておかねばならんと、そう思っているわけじゃ


コーデリア   つまりは、私のことを処刑しようと


ケント     不穏の種子はコーデリア殿だけの話ではない。リア様もまた、不穏の種であることに替わらないのだ


コーデリア   まさか、リア様までも!


ケント     うむ、わたしはそう考えておる。これからのこの国において、リア様は必要な方ではない。クロ―ディアス様に、それとゴネリル様もおられる


コーデリア   あなたという人は……


ケント     ふははははは。そう怖い顔をするでない。何もわたしはコーデリア殿やリア様を殺してしまおうなどと考えておるわけではないのじゃ

        ただ、この国にはもう必要ないと言っているだけのこと。

        

コーデリア   それでは!


ケント     うむ、リア様もその覚悟がおありのようじゃ。モンタギューでもなく、リアとしてでもなく、ただ、コーデリア殿の恋人として生きる覚悟がおありのようじゃ

        して、コーデリア殿はどうか? キャピュレットの名を忘れ、ただリア様の恋人として生きる覚悟がおありかな


コーデリア   ああ、もちろんでございます。わたくしには、リア様以外望むものなどありはしませんもの!


ケント     よろしい、ならば今夜。この場所に行かれるがよい


           ケント、コーデリアに手紙を渡す


ケント     この邸の鍵は開放し、見張りのものもわたしが追い払っておく。

        どうか、リア様を幸せにしてやってくれ……


コーデリア   ああ、なんともったいないお言葉。この御恩、一生忘れません



郊外にある廃墟。草木も眠る深夜

リア登場あたりを見渡しコーデリアの姿を探す 

誰もいないと悟り落ち着かない様子でうろうろ歩き回る


リア      ああ、コーデリアはまだ来ていないのか……

        もしかすると、彼女はここへは来ないなんてことがあるのだろうか……わたしを一人置いてどこかへ逃げて行ってしまうかもしれない……

        わたしはそれに値するだけの罪は犯してきた……

        いや、まさかな。コーデリアに限ってそんなはずはない。彼女はきっと……


             奥でぼんやりと光、前王が現れる


リア     コーデリア? いや、ちがう。誰だ


前王     リア、我が息子よ。父の顔を忘れたか


リア     父上? いや、まさか。父は死んだはず


前王     お前にどうしても話しておかねばならぬことがあってな。こうして姿を現したのだ


リア     どうしても話しておかねばならないことですと?


前王     リアよ、心して聞くがよい。わたしの死んだのは病のためではない。殺されたのだ


リア     殺された?


前王     毒を飲まされたのじゃ


リア     一体誰がそのようなことを?


前王     わからぬか? お前の母、ガートルードじゃ


リア     は、母上が? いったいなぜ?


前王     うむ、あれと弟のクローディアスは恋仲にあった様じゃ。それでわしのことが疎ましくなったのじゃろう


リア     そ、そのようなことが……まさか


前王     女の心というものはな、うつろいやすいものなのじゃ。しかしなリア。母を恨んではならんぞ。悪いのはおそらくクローディアスの方じゃろう。あやつめ、おそらく権力欲しさにガートルードをたらしこんだのであろう。気をつけろよリア、奴は次にお前を国から追放しようとするやもしれん


リア     気を付けるも何も……もう少しで私は国を捨てて逃げ出すところでした。いや、こうしてはいられない。すぐさま城へと戻り、母上の不義の真偽を確かめなくては!


          王の幽霊は消え、リア王は右へ立ち去る。

          コーデリア、左から入場 暗闇の恐怖におびえながらうずくまる。


コーデリア  リア様。遅いですね……

       もしかしてわたしは、また騙されてしまったのでしょうか……



            王城、右手がクロ―ディアス寝室 

ベッドの上にガートルードとクロ―ディアス 照明を消して見えなくする

           左に兵士 寝室の前に立つ

           左からリア入場急いでいる様子

             

リア     どけどけ、そこをどけ


兵士     リア様! 何用ですか! 


リア     至急クロ―ディアスに聞かねばならないことがある。そこをどけ!


兵士     いくらリア様とはいえそれはかないません。今、何時だと思われているのですか。クロ―ディアス様もお休みになられています


リア     ふざけるな! 国の一大事だというのに呑気に眠っている暇などあるものか


兵士     いや、しかし、今はその……


リア     なんだその様子は。貴様、怪しいな。何を隠している


兵士     い、いえ、私はそんな……


                リア、剣を抜く


リア     ええい、怪しい。そこをどけ!


兵士     ひ、ひいいいい


         兵士逃げる。リア、ドアを開け寝室に照明

      ベッドの上にいるガートルードとクロ―ディアスが驚いて飛び起きる


リア    やはり、母の不義は事実であったか! おのれクローディアス! 剣を獲れ! 父の敵、ここで晴らす!


クローディアス  何を偉そうにこのクソガキが! ええい、この際きさまも逆賊としてこの場で成敗し、この国は私が貰い受けようぞ!


     クローディアスは剣をとり、リア王との激し殺陣を演じる。

 激しい剣戟の末、クローディアスの剣がリアをとらえる。リアにとどめを刺そうと突いたクローディアスの剣は我が息子を守ろうとするガートルードを貫く


クローディアス  ガートルード!


リア    母上!


    ひるんだクローディアスめがけてリアの剣が振り下ろされる


リア    母上……せめてもの手向けだ。クローディアスとはあの世で共に暮らすがいいさ……

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