第6話 第5幕 決意

   王城前   リア、旅立ちの準備 向かいにケント


リア     ケントよ、そんなに悲しい顔をするな


ケント    リア様、申し訳ございません。このケントの力及ばず


リア     そんなことないさ。君が裁判において、『たとえ王であっても内乱の責は免れない』となったとき、『処刑台を王族の血で汚すようなことがあってはならない』と言ってくれたから。私の首は今もつながっているんだ

       国外追放で済んだのは幸運だった


ケント    もったいなきお言葉。このケント、あなたに忠誠を誓えて幸福でした


リア     ああ、いろいろと世話になったな


          リア、振り返り歩き出す ケントは去る

          ゴネリルが駆け寄ってくる


ゴネリル   お願いです、リア様! わたしもつれていってくださいまし!


リア     ならん! お前まで王都を離れてこの国はどうなる? もう、モンタギュー家の一族はお前しかいないのだ。ゴネリル、お前が女王となってこの国を守って行かなければならない。いいな!


リア、すがるゴネリルを振りほどいて立ち去る


ゴネリル   ああ、リア様……


泣き崩れるゴネリルは胸元から薬の瓶を取り出す


ゴネリル   ああ、リア様のいなくなったこの世界で、どうして生きている価値などありましょう。それならばいっそ……


ゴネリルは薬の中身を飲み干し、苦しみながらにその場に倒れる


           コーデリアの邸


コーデリア  ああ、リア様。今、どこで何をされているのでしょうか。わたくしは、もうこのままあなたに触れることも出来ず、言葉を交わすことも出来ず、一目見ることもかなわない暗澹たる世界で望まぬ結婚をしなければならないなんて、それならばいっそのこと……


ケント入場 


ケント    コーデリア殿、何をそんなに悲しんでおるのだ。キャピュレット家に領地は返還され、家は再興することが決まったのだというのに


コーデリア  だってそうでありましょう。キャピュレット家の生き残りはわたくしただ一人。家を再興するというのは誰かと結婚をして、子をなせということなのでありましょう

       リア様のいないこの国で、どうしてそれが叶いましょう。わたくしにとってキャピュレットなどどうでもよいのです。しかし、わたくしが国を捨てて逃げてしまうなど、誰が許してくれるでしょうか

       それならばいっそ、この命を自ら断ち、天国でリア様が来られる日を待ち続けたほうがよほどに幸せというもの


ケント    コーデリアよ。そなたには死を持ってしてでもリア王と添い遂げたいと願う覚悟がおありか


コーデリア  もちろんですわ。ケント殿。愛するものの失った世界で、どうして生きていく意味などあるでしょう


ケント    うむ、よくぞ言った。ならば、この毒薬を飲むがよい

 ケントはポケットから薬の入った瓶を取り出す

ケント    この薬はな、飲めばたちまち呼吸が止まり、心臓も動きを止める。そしてそなた、コーデリアの遺体は町はずれの霊廟へと収められるだろう


 コーデリア、黙って肯く

ケント    しかしな、これは偽りの死の薬。一度心臓の動きを止めてもまた、一日もすれば止まった心臓は動き出す。そこでな、コーデリア殿はそのまま都心を離れ、遠く離れた郊外でリア王様とおち合い、共に暮らすが良い……


コーデリア  ああ、ケント様!

           

薬を受け取ったコーデリアは一気に薬を飲み干し、その場で倒れゆくところをケントが支える。そのまま舞台の袖にはける



               霊廟前にてリア登場


リア     ああ、国を追放されたこの私が、こうしてまたこの国に戻ってきたことが見つかってしまったら、今度こそ間違いなく処刑されてしまうのだろうか

       いや、もうそんなことはどうでよい。あのうわさが真実であれば、この命なんてどうでもよいのだ

       コーデリアが、コーデリアが死んでしまっただなんて……そんな、そんなことは嘘に決まっている


       リア、霊廟に入り安置されている棺を開け、コーデリアの死体を見つける


リア     ああ、コーデリア! コーデリア! 本当に、本当に死んでしまったのか!

       こんなことが、こんなことが!

       ああ、もうだめだ! こんな世界に何の希望もありはしない。

       太陽よ、もう昇らなくてもいい! 鳥も歌を忘れてしまっていい!

       風もそよぐな! 花も咲くな! こんな世界、すべてなくなってしまえばいいのだ!

              リア、コーデリアを見つめる

リア     ああ、コーデリアよ、なぜに君は死してなおこれほどに美しいのだ。なぜにこれほど美しい君がこのまま腐り、蛆にむしばまれなくてはならないというのだ。

       ああ、それならばいっそのことこの私もこの場で命を絶ち、ともに天国で暮らすほうがいいだろう

       ああ、コーデリアよ! 待っていていくれ! 私も、すぐに君のところに行くよ


       リア 短剣を胸に突き立てようとする。そこでコーデリアが起き上がる


コーデリア  まったく、しびれを切らしましたわ。あなた、いつになったらそのナイフを胸に突き立てるのかしら?

ナイフを振り上げるだけ振り上げておいて、その胸に突き立てる勇気もないなんて、なんて情けないことなのでしょう。きっとそのような一貫性の欠けた男に、ひとりの女を永遠に愛し続けるのなんてきっと無理ですわね


リア     な、何を言っているんだ。君は、わたしに死ねというのか?


コーデリア  あなたからの愛は、望んではいないわ。あなたは既に王などではなく、王の器でもありえない……


リア     確かに私は王ではなく、王の器でさえないかもしれない。それでも、あなたへの愛は誰にも負けない


コーデリア  そう、ならばわたくしのために今すぐ死んで。わたくしは心よりあなたの死を望んでいるのよ。それともあれかしらわたしのためならば命も惜しくないというのは嘘だったのかしら


リア     違う、ちがうのだ。そうではなくて……


コーデリア  つべこべ言わずにさっさと死んで!


        コーデリア リアの短剣を奪って胸を刺す


リア     これが、君の望んでいたことなのか……そうか、そうだったのか。どうか、許してくれよ、コーデリア……


          奥よりティボルト登場 コーデリアの隣に

ティボルト  うまくいったな


コーデリア  はい。お兄様――

 

ティボルト  リアに殺されたフリをした俺が亡き前王の格好で奴の前に現れた時、アイツは全く気付く気配もなく俺を父の幽霊だと信じ込むとは、実に愚かな奴だ


       ティボルトとコーデリア 棺を開け、ゴネリルの遺体を見つける


ティボルト  だいじょうぶだ。もうじき目を覚ます


       ゴネリル目を覚ます ティボルトはしゃがみ、ゴネリルの手を取る。


ティボルト  だいじょうぶ、あなたが飲んだ毒薬はコーデリアが飲んだものと同じ薬。一時的に、仮死状態をつくるだけにすぎません。その想いを貫く心こそが王たる器。あなたこそこの国の女王にふさわしい……さあ、これからはモンタギュー家とキャピュレット家、共に手を取り合いながらこの国を治めていきましょう


          ケント登場

ケント     ゴネリルは渡さない!


ティボルト   だれだ、お前は

 

ゴネリル    ケント様!


ケント     貴様のような奴とゴネリルの結婚を、この私が許すものか!


ティボルト   ほほう、おもしろい。ならば、やってみるがいい


         ティボルトとケントの殺陣 

 ティボルト優勢だが、ケントにとどめを刺そうとしたところでゴネリルが割って入る


ゴネリル   お願いやめて!


ティボルト  ゴネリル! 何のつもりだ!


ゴネリル   お願い! そのひとはわたしの、わたしの……


       ゴネリル 持っていた短剣でティボルトを突く


ティボルト  な……ゴ、ゴネリル……君は、私ではなくこの男を選ぶというのか……


 ティボルトはその場に崩れ落ちる。


コーデリア   おのれ、キャピュレットの野望ももはやここまでか……

 

      コーデリアはそれだけ言い残し、舞台を去る。


ゴネリル    ああ、ケント様!


           ゴネリルとケント抱き合いハッピーエンド

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