第4話 第3幕 対立


              夜のリア邸   

リアが通り抜けようとするところをゴネリルが後ろから呼び止める



ゴネリル    リア様、こんな夜更けにお出かけですか


リア      ああ、少し仕事を残していてな


ゴネリル    ここのところ、毎日ですわね


リア      気づいていたのか


ゴネリル    はい。わたし、リア様が隣にいないものだから寝付けなくて


リア      そ、そうか……


ゴネリル    お仕事が忙しいのならば仕方ありません。そのくらいは我慢します


リア      すまないな……


ゴネリル    そういえば、あのキャピュレットのご令嬢のコーデリアはどうしているのかしら。ケントが保護して軟禁しているとの話ですが


リア      どうかな、わからない。ケントに任せてあるからな

 

ゴネリル    あのお方も不憫な方。家族をすべて失ってひとりぼっちよ。きっと心細いでしょうに。誰かが……心の支えになってあげるべきだということは理解しております


リア      そうだな。ケントに進言しておこう


ゴネリル    それではリア様。お仕事頑張って


リア      ああ、君にまたさみしい思いをせてすまない


ゴネリル    いいのです。そのかわり……


リア      なんだ?


ゴネリル    そのかわり、必ず戻ってきてくださいね


リア      ああ、わかっている



           リア退場


ゴネリル   ああ、リア様は今日も行ってしまわれた。わたしだってわかっているので          

       す。お仕事ではないことくらい

       彼女のところ……コーデリアのところへ行っているのですわ

       ああ、私はこんなにも嫉妬で狂いそうだというのに、その気持ちをぶつけることすらできないでいるの。

       だって、怖いのですもの……

       彼女のところへ行かないでとわたしが言えば、きっとリア様は私のことがお嫌いになるでしょう。

       いいえ、すでに好きでいてなどないのでしょう。

       それでも、わたしはそれを受け入れるのが怖い。

       だから、受け入れないためにこうしていつも去っていくリア様の後姿を眺めるだけ……


                 ゴネリル退場


          キャピュレットの軟禁された邸 夜、2階に窓にあかり


            庭にリア登場、遅れて2階窓にコーデリア


リア    ああ、あの窓から差してくる光は。さしずめコーデリアは太陽だ。

      美しい太陽、さあ、昇れ。そして嫉妬深い月を殺しておくれ。

      月に仕える乙女のあなたが、主人よりもはるかに美しいそのために嫉妬し、色ざめているのです


            リア、蔦をつかんで壁を上りコーデリアの部屋に


リア    ああ! コーデリア! 私はあなたを裏切り、さらにはあなたの兄まで手に掛けた。今更許してくれなどと言えようもない。こうして会う資格さえないというのに……

      どうしたらいいんだ。それでもあなたを想うこの気持ちはとどまることなく……いや、むしろ増していくのだ。許されないと知りつつもあなたをどんどん好きになってしまう!


コーデリア ああ……リア様。わたしなどにそんなことを言ってはなりません。わたしは罪深い女なのです。

 兄の敵であるはずのあなたがどうしても憎めないのです。いいえ、それどころかその愛は一層増すばかり。今や国家に牙をむき、家も取り潰された卑しい身分のこのわたしがリア王様のことを愛しいと思うなんてなんと許されないことでしょう。わたしは罪深い……


リア    人を愛するとはなんと罪深いことか


コーデリア ああ、ならばリア様はなんと罪深きお方。このように夜毎わたくしのところへ訪れ、愛をささやくなど。あなたにはすでに妻もありましょうに


リア    言わないでおくれコーデリア。あれは間違いだったのだ。わたしは初めからコーデリアと一緒になりたかったのだ。愛しているのは初めからコーデリアただ一人だ


コーデリア それでもあなたはわたくしを選びませんでしたわ


リア    ティボルトがいけないのだ。あのようなことを君に言わせるから、つい私も


コーデリア それでもティボルトはわたくしの兄なのです。わたくしはキャピュレットの人間。モンタギューのあなたは兄の敵


リア    ああ、なんということだ。なぜ私はモンタギューの家に生まれたのだ。そうでなければティボルトと争う必要もなく、誰の目をはばかることもなくコーデリアを抱きしめられたというのに


コーデリア ああ、リア様、どうしてあなたはリア様なのですか。敵はあなたのそのお名前だけ。あなたがモンタギューの名を捨ててくれれば、わたくしもキャピュレットの名など捨て、あなたに抱きしめられるというのに。


リア    しかし私はモンタギューの人間なのだ

      ああ! あなたはどうしてコーデリアなのだ


コーデリア ああ……どうしてあなたはリアなのでしょう。モンタギュー、それが何なのですか。あんたの腕でもなければ足でもない。その名をお捨てになれば一緒にいられるというのに

      リアという名にしてもそうです。名前などというものが一体何なのですか  

      あの、わたくしたちがバラと呼ぶ花も、その名がなくとも薫りに違いはありません。わたくしも名など捨て、ただ、互いに恋人と呼べばよいのです


リア    ああ、それができればどんなに幸せだろう。私には、コーデリア以外もう何もほしいものなんてないというのに

 

コーデリア ああ、リア様


リア    月よ、頼むからもうしばらくそこにいてくれないか。今は、夜の闇だけが私たちを味方してくれるのだ



         リアとコーデリアは窓の奥に消え、部屋の明かりが消える

            時間経過後、外が明るみ始める

             窓に立つリア、後ろにコーデリア


コーデリア もういらっしゃるの? まだ朝には時間がありますわ

          ひばりの声


コーデリア 今聞こえたのはナイチンゲイル。ひばりではございませんわ


リア    いや、あれはナイチンゲイルではない。みてごらん、あの意地悪い朝の光を


コーデリア 朝日が憎いわ、わたくし、月夜が恋しくございます。ずっと月夜が続き、あなたが死ぬその時までそばにいられたらいいのに……


リア    もう少し待ってくれ。そんな夜が、きっともうすぐ来るはずだ。私が死ぬその時まで、コーデリア。君が隣にいてくれる夜がもうすぐ来るはずだ


        リア、窓から飛び降り立ち去る


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