第3話 第2幕 対立

舞台左手にゴネリル リアが近づいてくる


ゴネリル 見て、小鳥たちが庭で歌っているわ


リア   よほどに幸せなことがあったのだろう。鳥が歌うのは幸せがあるからだ


ゴネリル ならば、わたしも歌おうかしら。わたし、幸せであふれているのよ。ねえ、よかったら一緒に歌わない?


リア   私が歌えば小鳥たちはさぞ嫉妬するだろう。私の幸せに比べれば、小鳥たちの幸せなんてとても小さなものだ


ゴネリル もったいない言葉だわ。わたしの幸せに比べれば、リア様の幸せなんてほんの些細なものなのよ

     今でもこれが、全部夢なんじゃないかと疑ってしまうほどに


リア   もう太陽はあんなに高く昇っている。これは夢なんかじゃないさ

それよりも、昨夜はよく眠れたかい

 

ゴネリル ちっとも眠れませんわ。だって、あなたが隣にいるのですもの。その寝顔を見ているだけで私は幸せ。眠るのなんてもったいないわ


リア   それは困ったな。寝不足は美容にわるい。今日からは別々のベッドで眠ることにしよう


ゴネリル まあ、意地悪ですのね。それならそれで、不安で眠れませんわ

     わたし、今でも思うのです。リア様の隣にいるのは、本当にわたしなんかでよかったのかしらと


リア   よいもわるいも


ゴネリル 幸せであるからこそに、不安もついてくるのです。今はこの幸せを手放すのが怖い。

     夜、眠れないのは他にも理由があるのよ


リア   どんな?


ゴネリル 時々夢で見るのです。リア様がわたしを置いてどこかに行ってしまうのです

     私、夢の中で何度も死のうと考えました。でも、目が覚めて、隣にリア様がいることを確認してそれでようやく死ぬことを思い直すのです


リア   それならばやはり隣で眠らなければならないな。私がいないと勘違いを起こして死なれては困る

     私が君の前からいなくなるなんてそんなことは到底あり得ないというのに


ゴネリル 信じてよいのかしら


リア   もちろんだ

 

    右からケント登場。


ケント  リア様


リア   ケントか、どうした


ケント  母君とクロ―ディアス様とがお呼びです。キャピュレット家のことで相談があるとのことで


リア   キャピュレットか、今はあまり考えたくないな


ケント  これも王の務めです


リア   わかっているさ。ゴネリル、少しここで待っていてくれ。では行こうか


 

     リア、ケント舞台右手へ 右からはクロ―ディアスとガートルード


クロ―ディアス   おお、リア王よ。娘のゴネリルとは仲良くやっているか


リア   はい、義父上。心配には及びません


クロ―ディアス   それならば結構。リア王に置かれてもこのクローディアスのことを実の父のように思ってくれてよいのだぞ。国の執務においても困ったことがあれば何でも相談してくれ


リア   はい。そう言っていただけると心強いです。して、キャピュレットのことで何かお話があるとかで


クロ―ディアス   うむ、そうであった。実はな、最近キャピュレットについてはよくない噂をたびたび耳にする


リア   よくない噂とは?


クロ―ディアス   うむ、謀反をな、企んでいるという


リア   まさか、そのようなことが


ガートルード  噓ではありません。わたくしも、たびたび耳にはしております。キャピュレットは先王の時から折り合いが悪く、リアに王位が移り、その治世が盤石でない今の内に行動を起こすべきだと言っているようなのです


クロ―ディアス  現に次期頭首となるティボルトは税率を高め、武器を買い集めているとの報告もある


リア   まさか、そのようなことが……。それに、キャピュレットにはコーデリアもいるのだ。みすみす謀反など起こすはずも……


クロ―ディアス  コーデリアもいるから、なのではないのか? あの悪名の知れたコーデリアのことだ。リア王をたぶらかしこの国を奪う算段であったものを、その目の濁らぬ王がゴネリルを選び、ほかに手はないと強行を始めるとも限らん


リア   では、どうすれば……


クロ―ディアス  キャピュレット家の爵位を剝奪するのです。それができるのは王であるあなただけだ


リア   そんなことをすれば、キャピュレットの臣民たちの生活にだって影響が出るだろう


クロ―ディアス  戦争になれば多くの国民が死にますぞ。キャピュレットの臣民には一時的に飢えてもらうことにはなりますが、そのあとで領地を没収し、食料を配布すれば、我がモンタギュー家の株も上がりましょう


リア   しかし、それでは


ガートルード  王となれば時には苦渋の決断となることもあるでしょう。ですがそれはすべて国民のことを思えばこそ


リア   少し、少しばかりお待ちください。私がコーデリアに宛て書状を書きます。よからぬ企みがあれば思いとどまらせるようにしたためます


クロ―ディアス  ならば少しの間だけ様子を見ましょう。しかし、リア王よ。あまり無用な期待はせんほうがよろしいかと思います


リア   大丈夫だ。きっと大丈夫。コーデリアならきっと



    クロ―ディアス、ガートルード、ケントは右にはける

    リア左に移動。 左からゴネリル


ゴネリル  まあ、怖い顔。いったいどうなさったのかしら


リア    どうしたもこうしたもない! 君の父上だよ!


ゴネリル  父が、なにか?


リア    キャピュレットの爵位を奪えと言ってきているのだ。そんなことができるものか! 君の父上は王妃の父になったことでまるで自分がこの国の王になったつもりでいる


ゴネリル  そんな、父は。おそらく父はこの国のことを思えばこその進言


リア    いや、ちがうね。あれはきっと怖れているのだよ。キャピュレットにコーデリアがいることで、わたしが優遇するとでも思っているのだろう

      だから早いうちにキャピュレットの血を根絶やしにしたいのだ


ゴネリル  リア様は、コーデリア様がいることで手心を加えておいでなのですか?


リア    そんなわけがない。私がそんな風に見えるか?


ゴネリル  差し出がましいことを言わせていただくのであれば……みえます

     

リア    なんだと!


ゴネリル  わたしは今でも不安なのです。リア様は、本当はコーデリア様のことをお慕いしているのではないかと不安を覚えるのです。違いますか?


リア    わたしのことが信頼できないのか


ゴネリル  信頼はしております。それでも、不安なのです

      わたしなんかがリア様の隣にいられるということが……きっと幸せすぎるのでしょうね


リア    いや……私の方こそ声を荒げてしまってすまない。だが、安心してくれ。私は、君を裏切るようなことは決してしない


ゴネリル  ああ、リア様……



       暗転 

     クロ―ディアス、ガートルードが右手 リアが左手


クロ―ディアス  キャピュレットはリア王の書簡にも対応なく、やむを得ず爵位の返還を命じましたが、ティボルトはこれをも無視。軍を準備しているとの様子。

     もはやこうなれば武力的な鎮圧しかありません


リア   なぜだ、なぜそのようなことに! あの書簡、確かにコーデリアに届けたのであろうな


クロ―ディアス   もちろんです。しかし、いささかあのような書簡。褒められた内容ではございませんな


リア   中を、見たのか


クロ―ディアス   当然です。これは、国家国民にかかわる重要な書簡。中を確認しないわけにはゆきますまい。

     尤も、内容に置いて特別問題のある個所は見受けられなかったため、予定通りに使いは走らせましたが、

     ふふ、しかしあれではまるで恋文ではないですかな

     リア王、あなたの妻はゴネリルだ。あのように先方がかんちがいをしてしまうような文面は控えたほうがよろしいかと

     しかしながら本件が、リア王による誘惑でキャピュレット家内部に揺さぶりをかける作戦だったというのならば、それはある意味効果的だったのかもしれませんがね


リア   クロ―ディアス、君は私のことを愚弄しているのか


ガートルード   リア、口を慎みなさい


リア   母上までクロ―ディアスの肩を持つというのですか


ガートルード   そうではありません。クロ―ディアスとて、この国を憂いているからこその助言です


クロ―ディアス   もうよい。母子で言い争いなどしている場合ではありません。単に、わたしの口が出すぎたまでのこと

     それよりも、今は一刻も早くキャピュレットの討伐をなさねばなりません。

     相手に時間を与え、戦火が大きくなるようでは国民の犠牲が大きくなるばかりです


リア   そうだな。戦いを避けることができないというのならば、こちらもすぐに軍を配備せねばなるまいな


クロ―ディアス   ならば取り急ぎ準備にかかられたほうがよろしかろう


リア    私が? 軍を指揮するのですか?


クロ―ディアス   もちろんです。内乱鎮圧ともなれば、国民にどちらに儀があるかをはっきりと示さねばなりますまい。そのためには王自らが先頭に立って指揮を執る必要があるでしょう。それに……


リア    それに?


クロ―ディアス   もしわたしが指揮を執るのであれば、今後の憂いを考えて、キャピュレットの一族は一人残らず討ち取ることになるでしょうな


リア    女子供であってもか?


クロ―ディアス   無論です。それでも良いというのであれば私が……


リア    コーデリア…… せめてお前だけも……

      わかった。私が自ら指揮をとろう


クロ―ディアス   賢明な判断です



          暗転

      舞台右より、リア王、続いてケント

      戦場にて


ケント   リア様、間もなくキャピュレットの居城になります


リア    うむ、ケントよ。さっきから思っておるのだ。キャピュレットの軍勢は、いささか手薄すぎやしないだろうか

      聞くところではキャピュレットの連中、かねてより軍を配備していたとの話。しかしこれではまるでわが軍が一方的に奇襲を仕掛けているようにも見えるではないか


ケント   あるいはそうなのかもしれませんな。謀反のたくらみありとはクロ―ディアス殿の作り話。権力の地盤をゆるぎなくするためにはキャピュレットが邪魔で、攻め込む理由など何でもよかったのかもしれません

      キャピュレットが滅んでしまえばそれでよかったのかもしれません


リア    そうとわかっても今更兵を引くわけにもいかない。すでに私は兵を率いてここまで来てしまったのだ


ケント   しかし、どのみちモンタギューとキャピュレットが対立を続けるならば、いずれはこうなる運命だったのでしょう


リア    そういえばケントは確か、キャピュレットの出自だったか


ケント   遠戚に当たります


リア    ならば、つらかったであろうな。この度の出兵は


ケント   わたくしはリア様に忠誠を誓った臣下にございます。この忠誠は揺るぎませぬ


リア    ならばその忠義に、もう一つ甘えさせてはもらえないか


ケント   何なりと


リア    もしこの戦がクロ―ディアスの仕組んだものであれば、コーデリアに対して刺客を送っている可能性もある。ケントよ、私の代わりに一足先に彼女のもとへ行き、保護してはもらえないだろうか

  

ケント   かしこまりました。この命に替えましてもコーデリア様は護らせていただきます



            ケント去る

          合戦の喇叭、歓声が響く


リア    皆の者! 出撃だー!




            暗転 剣戟、歓声が響く


          リアとティボルトが対面



リア    覚悟しろ! ティボルト!


ティボルト おのれ、卑劣なモンタギューめ


          二人の殺陣のシーン

          合間に会話を入れていく


リア    降伏しろ。命だけは助けてやる


ティボルト 降伏したところでどうとなる。卑劣なモンタギューは権力を誇示するため   

      に俺を生かしておくということはないだろうよ


リア    一族の命は保証してやる


ティボルト 信じられるものか


リア    私は王だぞ


ティボルト 王であるものか! 王の器ですらない。クロ―ディアスにいいように使われ

るコマでしかないわ 

ここで俺を討つもよし、お前が俺に討たれればなお理想的だ。クロ―ディアスは王の報復という大義名分を携えて全軍でこの領地を侵略するだろう

もう、俺たちに後はないんだよ

だがな、このままやられるだけというのも癪に障る。せめて、最後の最後まで悪あがきぐらいさせてもらうぞ



             リア勝利


ティボルト これで、キャピュレットも終わりか……


リア    終わりではない。まだコーデリアがいる。

      安心しろ、彼女だけは、彼女だけは私が何としても守って見せる


ティボルト お前が、コーデリアを守る? はっ、笑わせるな。お前に何ができるというのだ。妹を捨てて、クロ―ディアスの娘を選んだお前に、コーデリアを護るなどと片腹痛いことを


リア    違う、ちがうのだ! あれは!


ティボルト 何が違うというのだ! いいか、教えてやろう。コーデリアがプロポーズの時に冷たい態度をとったのはあいつの本心ではない

 

リア    な、なにを


ティボルト あれはなあ、オレがアイツに言ったんだよ。もしオマエが本当に愛しているならばどんな冷たい言葉を投げかけても受け入れてくれるはずだってな……

       だがどうだい? オマエはそんなコーデリアの気持ちを汲み取るでもなく罵り、裏切って他の女と結婚したんだ。――なあ、どんな気持ちだ? それでオマエは幸せになれたのか? そんなオマエに、妹を幸せにする権利なんてない。

       フフッ、先に地獄で待っているぞ。キャピュレットもモンタギューも関係ない。みんな、みんな呪われるがいい……

 

ティボルトは息を引き取る。

           リアは絶望のうめきをあげる

二幕が終了

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