第十八話 「うれしかった」
「これより閉会式を行います。優勝は青組です」
グラウンド中にわっと声がひびいた。
結局、赤組は負けてしまった。
女子はリレーで勝てたけど、男子リレーで負けてしまったのだ。
「あーあ。負けたら意味ないじゃない」
莉鈴の小さな声に、列に並んでいた女子たちの視線が集まる。
確かに、優勝は逃してしまった。
けれどそれは決して意味のないことではないと思うのだ。
私が口を開こうとすると、レイナがそれを制した。
「けれど、皆さん、とてもがんばりました」
いつもの調子でレイナがたんたんと言った。
その言葉に、みんなが口々に「そうだよね」「うちらがんばったよね」と明るい声を上げた。
莉鈴はじろりと私をにらんだ。けれど、それだけだった。
私たちはなにも言葉を交わすことはなかった。
これってつまり……停戦ってやつ?
そんな私の心の声に誰かが応えてくれるでもなく。
今年の久留隈小学校運動会は、無事に終了したのだった。
みんながそれぞれのお父さんお母さんと帰っていく中、私はまたレイナにおんぶされていた。
そこへお父さんが血相を変えて飛んでくる。
なんだかレイナに似ているなあ。さすが製作者。
「アオイ! よくがんばったな。ケガは大丈夫か!?」
「お父さん。大丈夫だよ。病院行けって言われたけど」
「じゃあすぐ車に――」
あわてるお父さんのズボンのポケットから、ピリリ、と電話の着信音が響いた。
「ごめん二人とも、ちょっと。――はい、上原です……はい? いや、これから娘を病院に連れて……え? そんなことになってるの? でも今すぐには――」
どうやら仕事の電話らしい。
私とレイナは顔を見合わせて、あきれたようにため息をついた。
「もー。いいよお父さん。行ってきなよ」
「アオイ。しかし――」
「レイナがいるから大丈夫」
「ご心配なく、茂彦氏。かかりつけ医並びに保険証と現金の場所は記憶済みです」
「いつの間に……」
今度はお父さんと顔を見合わせて苦笑い。
こういうところは抜け目ないんだよな。
「ほら、早く行って!」
「でもお昼ごはんもまだだし――」
「晩ごはんまでに帰ってきてくれればそれでいいよ、お父さん」
「でも……」
「では私たちが先に立ち去りましょうか」
「アハハ、いいねそれ」
「ちょっと待って!!」お父さんがあわてている。私は思わず大笑いしてしまった。
観念したのか、お父さんは急いで仕事場に向かったみたいだった。
私たち二人はおぶりおぶられ、家路につく。
「まったく。ふだん放っといたくせに」
「それを聞いたら茂彦氏は泣いてしまうのでは?」
「かもねー。でも、いいんだよ。今日は運動会見に来てくれたし、晩ごはんまでに帰ってきてくれるだろうしさ」
「よかったですね」
レイナはひとごとみたいにそう言った。
なんだかムッとして、私は全体重をレイナにかける。
「……レイナのことも、うちに来てくれてよかったって思ってるからねっ」
機械みたいな一定のペースで歩いていたレイナは、突然ぴたりと止まった。
また「よかったというのはどういう感情ですか?」とか聞くつもりだろうか。
「どうしたのー、レイナ」
「――録音完了」
「ゲッ!!」
私はぎょっとしてレイナの肩をゆさゆさゆさぶった。
「ちょっとそんな機能あったの!?」
「初めて使いました」
「消して!!」
「自動バックアップ機能が搭載されているので消去したとしても研究所のサーバーに保存されています。完全な消去は不可能」
「なんでそんな機能使ったの! ねえ!」
「うれしかったのです」
それを言われたら、私はこれ以上文句なんて言えないじゃないか。
みるみるうちに顔が熱くなっていく。
私は「もお~~~!」と牛みたいな怒り声をあげて、すれ違う道行く人たちにクスクス笑われてしまった。
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