第十七話 アンドロイドは空気が読める
四年生の子のバトンを受け取ったレイナは、さっそうと走りだした。
レイナは今まで、徒競走の時は恐ろしいほどの正確なタイムで走っていた。
私が命令した、小学五年生の全国平均タイムである五十メートル9.45秒だ。
しかしレイナが走るスピードは、それよりも速い。
でも、今まで見せたトップスピード――百メートル五秒よりは全然おそい。
莉鈴と同じか……いや、もしかしたら私と同じくらいかも。
「レイナ、空気読めてんじゃん……!」
感動して声をもらす。
前を走っていた生徒に迫り、一人、二人と抜いていく。
これでミスした分はチャラだ。
――私がちゃんと走れれば、の話だけど。
「アオイさん!!」
「レイナ!!」
レイナなら多分私に応えてくれる。
そんな確信から、私は速度を落とさず駆けだした。
レイナは私に合わせてスピードを上げると、完ぺきにバトンを渡してくれる。
赤のバトンをもらった私は、くじいた足の痛みも忘れて走りだした。
「アオイさんがんばれー!!」
クラスから飛んでくる声より、観客たちの歓声より、レイナの声が一番大きかった。
レイナ、朝の目覚ましより大きい声出せたんだ。
私は勝負の最中だって言うのにそんなことを考えて笑ってしまった。
痛みも息切れも全部忘れて走るのは気持ちよかった。
気づけば前にいた生徒を抜いて、私は先頭で六年生にバトンを渡した。
やった。ちゃんと走れた。よかった。
選手控えの列に並ぼうとレーンから外れた途端、私は思いっきり転んでしまった。
「アオイさんッ!!」
「あ、レイナ。いてて……」
反対側のレーンにいたレイナがすっ飛んでくる。リレーで走った時より速くて、思わず笑ってしまった。
「人命優先?」
「当然ですっ」
「あはは。ちょっと待ってよ。アンカーが走るから」
私たちに励ましの言葉をくれた六年生のお姉さんにバトンが渡った。
「がんばれーっ!!」「いけーッ!!」「キャー!!」
アンカーが走ると、体育座りをしてリレーの終わりを待っていた控えの選手たちも立ち上がって、悲鳴にも似た歓声を上げた。
その中には私の声も含まれている。こんなに大きな声を出したのはいつぶりだろう。
先頭の生徒がゴールしたと同時に、パン、パン、とピストルが二回鳴った。
かかげられた右腕には赤いバトンが。
赤いはちまきが風にたなびいて揺れている。
「やったーッ!!」
誰ともなくそう声を上げて、六年生のお姉さんのところに駆け寄った。
反対側のレーンからも生徒たちがやってくる。
「最下位になった時はもうダメかもって思ったけど、レイナのおかげだね」
「私はアオイさんがこれまでに出した最速スピードで走っただけです。ですがアオイさん、あなたが今回出したタイムはそれよりもさらに速かった」
「うそ、ほんとに?」
「アンドロイドはウソをつきません」
レイナはそう言って笑った。私もつられて笑う。
動けない私とそれに付きそうレイナのもとに、アンカーの六年生がやってきた。
「二人のおかげだよ。ありがとね!」
「いいえ。皆さんのおかげです」
「あはは。レイナの言う通り」
笑い合う私たちを六年生の二人がぎゅうぎゅうに抱きしめてくれた。
ちょっと照れくさくて、レイナと顔を見合わせてまた笑った。
それから私はレイナにおぶられて救護テントへ運ばれた。
走っている時はぜんぜんだったのに、終わった途端に痛みだした足は真っ赤にはれていた。
「なんでこんな足でリレーに出たの! 担任の先生に報告しなきゃだめでしょ!」
私は保健の先生に治療しながらこっぴどく叱られて小さくなった。
もうすぐ閉会式だから、それが終わったら必ず病院へ行くよう言われて、小さくうなずく。
レイナは相変わらず苦でもないようすで私をおぶると、クラス席の方へ歩きだした。
「アオイさん、よくがんばりましたね」
「あー、レイナ」
「なんですか? アオイさん」
レイナが肩ごしに私を振り返る。
私は恥ずかしくってそっぽを向いた。
「……さん、は、もういいよ」
「アオイ様」
「ちがう。空気読めるようになったんでしょ?」
「……アオイ?」
「うん」私は小さな声でうなずいた。
おぶられているからレイナの顔はよくわからない。
無理やり見ようと思って身を乗りだすと、レイナがめずらしくよろけた。
「どうしましょう、アオイ。これが『うれしい』ということですか?」
「あ、うれしかったの?」
「アンドロイドは――」
「ウソをつかない、ね」
私もうれしいよ。
そう小さくつぶやいて、レイナをぎゅっと抱きしめた。
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