第十六話 ヒーローみたい
第十六話 ヒーローみたい
「レイナ! ほんとにリレーに出る気なの!?」
「それはこちらの言葉です、アオイさん。あなたのその足でいつもどおりのパフォーマンスを出せる可能性は限りなく低いでしょう」
「それは……そうだけどさ……」
私はくじいた足を引きずって、レイナと一緒に自分の席にもどろうとしていた。
普通に歩くだけでもしんどい。
それに、レイナがリレーの選手になったのも心配だ。
私たちが五年一組の席のそばまでやってくると、わあわあ騒いでいるのが聞こえた。
「金城さん、リレー出れないって」「ウソー!」「リレー勝てないと一組負けるんじゃね?」「終わったー!」……そんな声が聞こえてくるので、私は思わず縮こまった。
リレーは運動会の花形だ。だからもらえる得点も大きい。
プログラムも終盤。三つのチームの点数はほぼ互角。
男子リレー、女子リレー、両方で一位を取れたら赤組の優勝は確定、でもどちらかを落とすと優勝は他のチームにゆずってしまう。そんな点差だった。
「大丈夫ですよ、アオイさん」
「大丈夫じゃないって……! 私はいつも通り走れないし、レイナが本気出したらアンドロイドだってバレる……!」
莉鈴をケガさせた手前、こうなってしまったことは甘んじて受け入れた。
けれどやっぱり、怖いものは怖い。
クラスのみんながそんなにひどい人たちじゃないってわかってる。
でも、それでも、「あーあ」って残念な目で見られることに違いはない。
リレーは全学年が参加する競技だ。六年生の人たちがめちゃくちゃ速ければあるいは……そんなありえない期待をしてしまうほど、私の気分はどんどんしぼんでいった。
「大丈夫です」
レイナがもう一度よく通る声で言った。
「私、空気が読めるようになったんです」
「え」
レイナが。あのレイナが。
空気を読む、だって?
空気を読めって言われて、天気予報していたレイナが?
「……あの、意味わかって言ってる?」
「もちろん。その場の雰囲気から状況を推察することです」
レイナは自信満々に胸をはった。
そのしぐさがまるで人間みたいで、私はだんだんと、バクバク鳴っていた心臓が落ち着いていくのを感じた。
レイナは私を安心させようとしてくれている。
レイナと一緒なら大丈夫。なんだかそんな風に思えた。
「……じゃ、信じていいのね?」
「お任せください」
胸に手を当て、レイナは美しく笑った。
まるで昔あこがれたプリマドンナ☆★スターフラワーの主人公みたいだと思った。
◇ ◇ ◇
「位置について、よーい!」
教頭先生が打ったピストルの音とともにリレーが始まった。
先に女子リレー、大トリに男子リレーの順番だ。
校庭をぐるりと一周するレーンを、選手が半周して次の選手にバトンタッチする。
だから私とレイナの集合場所は別々で、私はそのことにひどく不安を覚えていた。
一年生の子たちが長いレーンを一生けん命に走っている。
私は思わず胸の前で手を組み、祈るように赤いはち巻の選手を目で追った。
「がんばれ……!」
さっき落ち着いたはずの心臓がまたドキドキしている。
「あっ!」
誰かが叫んだ。赤組の一年生の子がニ年生の子にバトンを渡す時に落としちゃったんだ!
赤組はあっという間にビリになってしまった。
もどってきた一年生の子が泣いちゃって、私たちはあわててその子の背中をさすった。
「だ、大丈夫だよ! 高学年組が、ちゃーんとがんばるから! ね!」
六年生のお姉さんにそう言われ、私は裏返った声で「はい!」と返事した。
でも私の片足はくじいていて包帯まで巻かれている。
先生にこのケガが気付かれたら絶対反対されてた。でも、レイナが出るなら私も出たかった。
これでノロノロ走ったら、やっぱり私のせいで負けたってことになるよな。
これ以上ケガしないようになんとか走りきらないと……。
そんなことを思っているうちに、四年生にバトンが渡った。
私とレイナはそれぞれ反対の位置に待機する。
先にレイナにバトンが渡る。そしてレイナから私へ。
最初のミスが響いたのか、赤組は最下位のまま。
「レイナ……五秒で走らないで……でもできるだけ急いで走って……!」
そんなむちゃくちゃな祈りをレイナに向ける。
するとレイナは、私に向けて親指を立てた。
思わず「えっ」と声を上げる。
もしかして聞こえてた? この距離で?……ありえる。
だってレイナは、アンドロイド。可能性のかたまりなんだから。
「安藤さんがんばれー!!」
ふだんレイナのことを気味悪がって近寄らないクラスメートたちから、大きな声が上がった。
遠くからでもはっきりとわかる。レイナ、ビリなのに笑ってるよ。
四年生の子から、ついにレイナにバトンが渡った。
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