第十五話 目には目を
お父さんと話ができて、私の胸のつっかえは少し取れた。
もう一つの心配ごとは、莉鈴のことだ。
私はあの日以来、莉鈴に謝ることができないでいた。
水をかけられたあの日、私はレイナを優先して莉鈴を放って行ってしまった。
だからだろうか、私が莉鈴に近づくと逃げようとしたり、莉鈴の友だちがガードしてしまう。
二人三脚の練習もまともにできなかった。莉鈴は体育の授業が始まるたびに、「おなかが痛い」「頭が痛い」「調子が悪い」と言って練習に参加しなかったのだ。
そして、私と莉鈴はひとつも息が合わないまま、ついに運動会をむかえた。
「宣誓! 私たちは、これまでの練習の成果を存分に発揮し」
「支えてくれる仲間や家族、先生たちへの感謝の気持ちを胸に」
「最後まで頑張りぬくことを誓います!」
六年生の赤、青、黄色チームの代表が選手宣誓を終え、校庭は拍手に包まれた。
いよいよ運動会本番。私たち赤チームは優勝できるだろうか。
「これが運動会。検索と実際に見るのとではやはり違いますね」
「あれ、レイナちゃんって運動会初めて?」
「ええ。だって私はアンドロ――」
「わああっ! レイナ、お父さん探そ! カメラ席にいるかなぁ!?」
未央ちゃんがまた不思議そうに首をかしげている間に、私はあわててレイナを引っ張った。
「あのねえ……いいかげん、自分からアンドロイドだってバラすのやめてよね!」
「失礼しました。アンドロイドはウソをつけないのです」
「間違いはしょっちゅう起こすけどね……」
レイナが転校してきてから一カ月もたつのにこの調子だ。
今日の運動会でもなにかやらかさなきゃいいけど……。
レイナの心配はともかくとして、運動会はとどこおりなく進んでいった。
徒競走では私もレイナも一番をとれた。レイナが五秒で走らなくてほっとした。
そして、ついに五年生の二人三脚の順番がまわってきた。
ペア同士並んで足をヒモで結びながら、自分の順番が回ってくるのを待つ。
「あの、金城さん……」
「早く結んでくださる?」
莉鈴は私の方を見ず、つんとそっぽを向いた。
これは完全に話し合いができる空気じゃないな。
けれど私は空気を読まず、足にヒモを結びつけながら口を開いた。
「あのさ。あの時はケガさせてごめんね」
「なぁに? やっと土下座してくれる気になったの?」
やっぱり土下座をしないと許してもらえないのか。
しょうがない、ケガをさせたのは私だ。
「じゃあこれが終わったら土下座でもなんでもするよ。その代わり、レイナのこともちゃんと謝ってほしい」
莉鈴はうんともすんとも言わなかった。
私たちよりも先に順番が来たレイナと未央ちゃんが、軽快に走っていく。
二人は息ぴったりで、一番でゴールした。遠くに見える二人は笑顔でほっとした。
あっという間に私たちの番が回ってきて、肩にウデを回してスタート位置についた。
「では、位置について、よーい」
パァン!!
授業中には使わなかったピストルの音が響き渡る。
みんな一斉に駆けだして、周りからはわあわあと応援の声が押し寄せてきた。
「いち、にぃ、いち、にぃ」
私と莉鈴は、思っていたよりも順調に走りだした。
まともな練習をできなかったからどうなることかと思ったけど、やっぱりやる時はやってくれるんだ――そう思ったのもつかの間、突然莉鈴が足を止めた。
「えっ――わあっ!」
私は受け身を取れず、莉鈴を巻きこむ形で思いっきり前に倒れた。
「いった……」
「痛ぁ~~~い!!」
私におおいかぶさる形で莉鈴が倒れこんだ。
一瞬見えた莉鈴の顔は、笑っていた。
気づけばレーンには私たち二人しか残されていなかった。みんなゴールしてしまったんだ。
なかなか起き上がれないでいる私たちに先生が駆け寄ってくる――が、それより早く、レイナがすっ飛んできた。
「人命優先。救護テントへ搬送」
「うわちょっとレイナそれはダメだって――」
「え、ウソ、わあっ、なになになに!?」
レイナは先生の力も借りず、足を結んだままの私と莉鈴をひょいと小脇に抱えた。
先生も観客たちもおどろき、どよめいている。
「マズイってダメだってレイナぁ!」
そんな私の叫びもむなしく、レイナは私たちを抱えたまま救護テントへ走りだした。
走るスピードは相変わらず徒競走の時とまったく同じタイム。でも人を二人も抱えて出すタイムじゃないわけで……。
救護テントにつくと一部始終を見ていた保健の先生がびっくりしながらも私と莉鈴の足のヒモをほどいてくれた。後から担任の先生もやってくる。
「先生ぇー! 私、これじゃあリレー走れないですぅ! 痛い痛い~!」
莉鈴のヒザからはわずかに血がにじんでいた。
一方、転んだあげくに莉鈴にのしかかられた私は、体中すっかり土まみれ。ヒジもすりむいて血が出ているし足首もくじいている。
先生が保健の先生と話し始めた隙を見計らって、莉鈴は私にそっと耳打ちした。
「あんた一人でリレー走ってビリになってみんなから責められて恥かきなさいよ」
「ハア――!?」
思わず大声を上げそうになった。
こんなにも悪意のかたまりをぶつけられたのは初めてだった。
でも……今度は、やり返そうとか思わなかった。
多分、莉鈴も怖かったんだろう。私がわざと転んで、ケガをして、鼻血まで出して。
私がしてしまったのは、そういうことなのだ。
「……じゃあ、これでおあいこ。私はリレーに出るよ」
「あっそ。がんばってね」
莉鈴はわざとらしくひょこひょこと片足で歩きながら、先生たちが止める間もなくテントを出て行った。
担任の先生が困ったようすでこちらにやってくる。
「弱ったなぁ……。上原さん一人で走らすわけにもいかないし。金城さんの次に足が速かった子は、えーと」
「――先生」
今までずっと静かにしていたレイナが、まっすぐ手をあげた。
「私がリレーの選手として出場します」
「えええっ!?」
そう叫んだのは、私か、先生か。
多分、どっちもだったと思う。
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