第十四話 アンドロイドの見つめる先
十分で戻る。
レイナがそう言ったからには、必ず十分で戻ってくるだろう。
私は冷蔵庫にマグネットでくっつけているキッチンタイマーを持ち出す。
そうして玄関で十分間を計り始めた。
デジタルの数字が9から8へ、8から7へと減っていき、そして――
「――お待たせしました、アオイさん」
レイナが扉を開け放ち家の中へと入ってきた所で、レイナが出す電子音よりも甲高い音がピピピピ、と鳴り響いた。キッチンタイマーが十分を計り終えたのだ。
「さあ着きましたよ、茂彦氏」
「は……え……?」
困惑の声を上げたのは私だったか、それともレイナにかつがれている人物だったか。
それは私のお父さんだった。
「さあ二人とも、こちらへ」
「え、え、ちょっと、レイナ、これはどういう――」
レイナはお父さんを片手でかつぎ上げたまま、片手で私の手をぐいぐい引いた。
目を回したお父さんはダイニングテーブルの前に下ろされ、うめき声を上げながら倒れるようにイスに座った。
「お、お父さん、大丈夫?」
「ああ……うん……大丈夫。それより何事だ……? 父さん、仕事の最中――」
「アオイさん、こちらにお座りください」
「え、あ、はい……」
レイナの有無を言わさぬようすに、私はのろのろとお父さんの席の向かいに座った。
こんな風にお父さんと向かい合って座るのはお正月ぶりかもしれない。
あまりの静けさに、ここが自分の家ではないような気さえする。
「では、アオイさん。先ほどの話をもう一度してください」
「さ、さっきのって?」
「茂彦氏は私のことばかり気にしてアオイさんのことに関心がないようす。だから自分は必要ない子どもなのではないか、そう思っていた件についてです」
……全部言っちゃったよ。
ちらりとお父さんを見ると、ハトが豆鉄砲を食ったような顔で口をパクパクさせていた。
「……アオイ。今レイナが言ったことは本当なのか?」
「う、うん……」
あまりに突然の父との話し合い。
私は心の準備も何もなく、ただただうなずくしかできなかった。
お父さんは突然、ガターン!! とイスをけ飛ばして立ち上がった。
……かと思えば、自分でもびっくりしたような顔でのろのろとイスを直し、また座った。
「……そうか」
「うん……」
私たちの間にはひどくギクシャクした雰囲気が流れていた。
血のつながった実の親子です、なんて言っても誰も信じてくれなさそうな、気まずい感じ。
「……アオイ、すまなかった」
お父さんはそう言って頭を下げた。
私はびっくりしすぎて何も話せなかった。
そもそもなんでこんなことになっているのかもよくわかっていないのに。
「何から話せばいいのか。ええと……」
「――茂彦氏はアオイさんが一人でもさみしくないように学習型人工知能搭載アンドロイドをアオイさんが好きだったアニメ、プリマドンナ☆★スターフラワーの主人公に似せて開発したのです。それがRE017型アンドロイド、私です」
また全部言っちゃったよ、この子は。
「えっと……つまり、お父さんは私のためにレイナをつくったってこと?」
お父さんは小さくなりながらこくりとうなずいた。
私は急に、肩の力が抜けて、どっとイスにもたれかかった。
「なーーーんだ」
思わず笑いがもれて、お父さんもきょとんとしていた。
「お、怒ってないのか……?」
「怒ってるけど。でも、アハハッ」
笑いながら言っても説得力がないかな。レイナも首をかしげている。
お父さんは全然家に帰ってこなかった。私の話も聞いてくれなかった。
そのことにはやっぱり、怒っている。
でも、レイナは私のためにつくってくれた。私はそれがうれしかった。
「お父さん、レイナと同じで、ぬけてる人だったんだね」
そう口にしたとたん、目からポロポロと水のつぶが流れた。
泣くのなんていつぶりかな。
お父さんは見たこともない困り顔でオロオロしている。
そんな中でレイナはあさっての方向を見ながらつぶやいた。
「――ぬけている人……検索。気がきかずぼんやりしている、足りない人物を称して言う言葉。失礼ですがアオイさん、私はこれに当てはまらないのでは?」
「そういう所だよ」
「ハハハ……アオイ、聞いていたとおりレイナとうまくやれているんだね。よかった」
それから私たちは三人でたくさん話をした。
お父さんが帰ってこなかったのは、少しでも仕事をして、私が将来困らないようにしてあげたかったから。
全然会話がなかったのは、時間が合わなくて真穂おばさんからの報告ですませちゃってたから。どっちもものすごく反省していた。
私がいつも「大丈夫」とか「心配しないで」って言うから、それに甘えていたらしい。
私ももっとわがままを言ってよかったんだ、と初めて思った。
「ねえお父さん。運動会見に来てよ。私、リレーの選手なんだ」
私はずいぶんと久しぶりにお父さんにわがままを言った。
お父さんは難しい顔をしていた。やっぱり仕事が忙しいのかもしれない。
けれど最後には、「わかった」とうなずいてくれた。
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