第十二話 人の気持ちを全然わかってない

 昼休みが終わりそうになり、私と未央ちゃんはあわてて教室に戻った。

 私の後ろの席にはすでにレイナがいて、私はほっと胸をなでおろした。

 しかしレイナは私が近づくとあからさまに視線をそらした。


「レイナ。放課後、話があるから! 一緒に帰るよ!」


 バンッ!!


 ……勢いあまって机を強くたたきすぎた。

 レイナはびっくりしたように目をまんまるにしていたが、何も返事はしてくれなかった。




 帰りの会が終わって、私は急いで荷物をランドセルに詰めると、威勢よく立ち上がって振り返った。


「レイナ!――いない!!」


 そこにレイナの姿はない。

 そりゃあ、近寄らないでって言ったのは悪かったけど!

 でも一緒に帰ろうって言ったのに!


「アオイちゃん。レイナちゃんなら一番に教室を出てったよ」

「未央ちゃんありがとう!」


 私は急いで教室を飛びだした。

 レイナ、どうして私を待ってくれなかったんだろう。

 私のことを嫌いになってしまったんだろうか。

 でも、それも当然だ。私はそれだけのことをしてしまった。

 だからこそ、レイナともう一度話がしたい!

 玄関まで来ると、私はあわてて外ぐつへとはきかえる。


「――ちょっと!!」


 すぐにでも玄関を出ようとしていた私の手首を、誰かがひっぱった。


「え、あ――金城さん?」

「来なさい!!」


 そう言って莉鈴は私を引っ張って校舎の裏へと回りこんだ。

 レイナと初めて会った時、私も同じようにしたっけ……。

 莉鈴のカバンのボトルポケットに入っている水筒がガチャガチャと音を立てている。

 ようやく手を離され、莉鈴はゆっくりと振り返った。


「上原さん。あなた自分が何をしたか分かってる?」

「え?」

「え?……じゃないわよ! ふざけてんの!?」


 莉鈴は顔を真っ赤にして目をこれでもかというくらいつり上げている。

 誰がどう見ても怒っている。


「今日一日、いつになったら二人三脚のことを謝ってくるんだろうって思ってた。でも私に一言もなく帰るですって!? ふざけないで!!」

「それは……ごめん」


 ずっとレイナに謝ることばかり考えていて、私は莉鈴に謝ることをすっかり忘れていた。

 でも、私だって莉鈴に謝ってほしいことがある。

 あまりにも一方的なのはがまんならなかった。


「ケガさせたのは謝る。ごめんなさい。でも、レイナのこと悪く言わないで」

「ハア?」

「私はレイナのこと、アクセサリーとかペットみたいには思ってないよ」


 最初は利用してやろうなんてバカなことを考えた。

 でもレイナと一緒に暮らしてわかった。

 私、レイナのことが好きなんだって。


「それに、レイナがお父さんのアイジンの子どもっていうのも違う。適当な想像で、レイナと私のお父さんを悪く言わないで」

「…………上原さんって、本当バカだよね」


 これが、例えばマンガだったなら。

 莉鈴の背中には、間違いなく黒いオーラがゆらゆらと立ちこめていた。

 あまりの迫力に、私は一歩、二歩と後ずさる。


「なんでアンタみたいなのと宮部くんが仲よしなわけ?」

「え? 宮部くん?」

「そうよ! 二人でこそこそ楽しそうに話して!」


 それは委員会の仕事だからなんだけど……。

 そういえば、莉鈴の態度が悪くなったのって、以前校庭の花だんの世話をしている時に、宮部くんと二人でレイナのことを話した後だったっけ。

 莉鈴はあの時、私たちのようすをうかがっていたのはなんとなくわかっていた。

 私と宮部くんが話をするようすが、よっぽど楽しげに見えたらしい。

 それこそ、おたがいが好き同士だってカン違いしちゃうくらいには。


「ほんと、アンタって、人の気持ちを全然わかってない!」

「え……」


 ぎくり。思わず肩がふるえた。


「私が宮部くんのことを好きなの、見ててわかったでしょ? それでなんでゆずろうって思わないわけ? 本当、ふざけてるよね」


 そんなこと言われても……。

 私は莉鈴にがつんと言ってやろうと思ったのに、なにも言えなかった。

 そんなの、莉鈴が宮部くんとどうにか話をするべきなのに、私に当たられても困るよ。

 私は宮部くんと委員会の仕事をしてただけだ。

 莉鈴のために、なんにも話さず無言で仕事をすればよかったの?

 誰かの好きな人を相手にする時ってエンリョしなくちゃいけないの? 莉鈴が考えている恋愛って、そういうものなの?


 難しい。人間の感情って難しい。


 私は人間だから、アンドロイドよりずっと人間のことをわかってるって思ってた。

 けれどちっともわからない。


「ぼんやりするな!」

「うわっ……」


 私の考えこむようすが気に入らなかったらしくて、莉鈴は私の肩を思いっきりどついた。

 ランドセルの重みにつられ、バランスを保てなくてその場に尻もちをつく。


「土下座して」

「は……?」

「ド・ゲ・ザ! 土下座しなさいよ!」

「なんで……?」

「なんで? なんでですって!?」


 莉鈴はいよいよ手がつけられなくなってきた。まるで火山が噴火したみたいだ。

 私は莉鈴にケガをさせてしまった。

 ごめん、って言ったけど、もっとちゃんと謝るべきだった。

 けどまさか土下座まで要求されてしまうとは……。

 そこまでさせるのか、と思ってしまい「なんで?」と聞いちゃったけど、莉鈴はそれが気に入らなかったらしい。

 彼女はおもむろにカバンのボトルポケットから水筒を引っこ抜くと、フタをゆるめた。


「え、ちょっと、まさか――」

「みんなの前で鼻血吹くよりマシでしょ。あーあ、アタシってほんと優しい」


 そう言って、莉鈴は私の頭上で水筒をひっくり返し――



 ――バシャーン!!



 私は上から降ってくる水に、思わず顔をおおってぎゅっと目をつぶった。

 ……しかし、いつまで経っても水は降ってこない。

 そうっと目を開けると、確かに地面には水がぽたぽたと滴っているのに……。

 ふいに顔を上げると、頬にさらりと金色の糸が当たった。


「あ――レイナ!?」


 私がそう声を上げると、レイナはにこりと作り物の笑みを浮かべた。

 レイナは頭から水をかぶり、全身がびしょ濡れで、そこかしこからぽたぽたと水滴がたれている。

 私はさーっと全身が冷えていくような感覚におちいった。


「み、水はダメ!」

「はあ? アンタ何言って――」

「レイナに水はダメなの!!」


 それだけ言って私はレイナの手を無理やり引っぱって走った。

 レイナに――アンドロイドに水はダメだ。

 生活防水がどうのこうの言ってたけど、こんなに頭から水をかぶるなんて。


「アオイさん」

「なに!?」

「私に近寄らないでほしいのではなかったのですか?」

「今そんなこと言ってる場合じゃないでしょバカ!!」

「バカ――検索します。知能が劣っていること。なるほど。データ検索できる私には当てはまりません」

「そういうのほんとバカ!!」


 私は脇目もふらずに、今までのどんな時より帰り道を全速力で走った。

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