第十一話 アンドロイドは近寄らない

 朝の会が終わって、私は意を決して後ろを振り返った。

 まずはレイナに謝ろう。

 レイナが悪いわけじゃないのにイライラしてごめんって、ちゃんと言おう。


「あの、レイナ――」


 ……いない。

 うじうじしている間に、レイナは教室を出て行ってしまったようだった。

 いないのならしかたない。

 次の授業まで五分しかないし、レイナが行きそうな場所なんてわかんないし。

 一時間目が終わったらちゃんと話そう。




 ……そう思っていたんだけど。

 一時間目のあとも。ニ時間目のあとの二十分休みも。三時間目のあとも。

 話しかける前にレイナがいなくなる。

 しびれを切らして追いかけてみたけど、レイナはまるで幽霊みたいに消えてしまう。


「……さすが百メートル五秒で走れるアンドロイド……」

「なにか言った? アオイちゃん」

「なんでもない……」


 面白がって一緒にレイナを探してくれている未央ちゃんが首をかしげた。

 いけないいけない。

 なんだかすっかり慣れちゃったけど、レイナはアンドロイド。

 それがバレたらレイナはここにはいられない。

 ……でも、バレたらどうなっちゃうんだろう?

 お父さんが働いている研究所に戻るのかな。

 そうなったらレイナはどうなるんだろう。


「ねえ、アオイちゃん」

「ん? 未央ちゃん、レイナ見つけた?」

「ううん、それは全然だけど、ちょっと聞きたいことがあって」


 さっきの未央ちゃんと同じように、私は首をかしげた。


「なんでレイナちゃんとケンカしちゃったの?」


 そう聞かれ、私は思わずびくりと体が震えた。


「えっと……その……あはは……」


 ごまかし笑いが通用する相手じゃないってこと、私が一番知ってる。

 未央ちゃんはニコニコ笑ったまま、しかし私が逃げられないようにじっと見つめてくる。


「……なにから話したらいいかなぁ」


 私たちはこの久留隈小学校の中でもとりわけ人気の少ないところにやってきた。

 一階にある図工室。ここには授業の時以外人がいない。

 玄関から一番離れているし、音楽室やパソコンルームと違って誰かが遊びに来ることもない。

 扉に手をかけると、鍵がかかっていなかった。

 うす暗い図工室の中には下の学年の子が作ったらしい粘土細工が並べてあって、今にも動きだしそうでちょっと不気味だ。

 窓からはグラウンドでサッカーをする子たちがよく見えた。

 私と未央ちゃんは窓の近くのイスに座って、サッカーのようすをぼんやりと見守った。


「……レイナと私、今いっしょに暮らしてるんだ」

「ええっ?――あっ、でもそっか、だからいつもいっしょに下校してたんだ」


 未央ちゃんは裏返った声を上げたかと思えば、すぐに納得したようにうなずいた。


「レイナは、うーんと、お父さんの親戚? みたいな? 感じの子で……」


 しまった。レイナについてどう説明するか、ぜんぜん考えてなかった。

 けれど未央ちゃんはあまり気にしたようすもなく、私の話の続きを待ってくれた。


「……うち、お父さんしかいないじゃん?」

「うん。知ってるよ」

「なのに、お父さんてば全然家に帰ってこなくてさぁー……」


 家のことを友達に話したのはこれが初めてだった。

 放課後に遊ぶってなっても外で遊んでいたから、私が家でどういう風に過ごしていたか未央ちゃんは知らなかっただろう。


「家のことはお父さんのお姉さんがやってくれてて」

「うん」

「私、家ではいっつも一人でさ」

「うん」


 未央ちゃんは小さく相づちを打ちながら、言葉につまる私の話を静かに聞いてくれている。

 未央ちゃんもたいがい表情が読みづらい子だけど、優しいのは確か。


「レイナがいきなり来て、私びっくりしちゃって」

「そうだよね」

「いつも家に一人だったから……楽しかった……けど……」


 私は今まであったことを未央ちゃんに話していただけなのに。

 なんでだろう、鼻の奥がつんとして、目にじんわりと水が張った。


「レイナのことが、うらやましかったんだ。私よりもずっとお父さんのそばにいられて、私よりもお父さんに気にかけてもらえているレイナが……」

「よしよし」


 未央ちゃんは小さい子どもをあやすみたいに私の頭をなでた。

 それがうれしくて、でもなんだかはずかしくて……私の目からとうとう、雨のようにぼろぼろと涙がこぼれた。


「それでレイナちゃんとケンカしちゃったんだね?」

「うん……ほんと……バカみたい……」

「大丈夫だよ。レイナちゃんもわかってくれてるよ」


 それはどうだろう。

 レイナはアンドロイドだ。

 これまでにいろんな感情をレイナは学んだ。

 けれど完ぺきにはほど遠い。


「レイナちゃんね、二人三脚、私とペアになったでしょ」

「……? うん」


 未央ちゃんは突然、どうしてそんな話をするんだろう。

 ポケットからハンカチを取り出して私の顔に押し付ける。


「アオイちゃんと仲良くできてる? って聞いたらね、レイナちゃんなんて言ったと思う?」

「え……」


 レイナ、なんて言ったんだろう。

『仲良くとはどのようなことを指すのですか?』……とか言いそう。

 それとも『できていません。私はいつもアオイさんを怒らせています』とか……。

 だって私、レイナと一緒にいるといつも怒ったり、あきれたりしていた。

 レイナと一緒にいたのも、そうしたらお父さんの関心が私に向くかもっていう、なんとも不純な動機だ。

 そして昨日、私はレイナに『近寄らないで』とまで言ってしまった。

 今までのことを思い返すと、私はレイナにひどいことをしてばかりだ。


「アオイちゃん、わかった?」

「……わかんない」


 わかんないよ。レイナが私と仲良くできていたかなんて。

 それに私、レイナと友だちになる気なんて、これっぽっちもなかったんだから。

『友だちになろう』って言って友だちにはなれないこと、未央ちゃんもレイナに言ってた。

 そんな未央ちゃんは、口元に手を当ててくすくすと笑った。


「レイナちゃんも同じこと言ってた。『わかりません』って」

「――え?」

「『仲良しの定義が私にはわかりません。ですが、アオイさんには感謝しているのです。検索だけではわからないことをたくさん教えてくれる』って」

「…………」

「あとね、『アオイさんが困っていたら力になってあげたいと思うのです。これはなんという感情ですか?』って言ってたっけな」

「レイナ……そんな……」

「アオイちゃん、レイナちゃんに大事に思われてるんだよ」


 ――私は本当にバカだ。

 レイナはアンドロイドだから。そう思って、ちゃんと向き合ってあげられなかった。

 人間の感情を教えてあげようだなんて、上から目線で、レイナ自身のことをわかってあげられていなかった。

 レイナだってわからないことがあるのに。とまどうこともあるのに。

 それでも『困っていたら力になってあげたい』だなんて、優しいことを言ってくれるのに。


「もう大丈夫そう?」


 ぐずぐずと鼻を鳴らす私に、未央ちゃんはティッシュをさしだしてくれた。

 ――私も、未央ちゃんみたいに、レイナによりそってあげたい。

 人間とアンドロイドとしてじゃなく、友だちとして。

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