第十話 最低な人間

「茂彦氏はアオイさんのことを愛していますよ」


 レイナはやけにきっぱりと言いきった。

 レイナはアンドロイドだから、ウソはつかない。

 けれど間違うことはたくさんある。

 今日だって、レイナはハンバーグを真っ黒こげにした。

 だから私は、レイナのことを信じてあげることができなかった。


「それはレイナがお父さんにつくられたからそう思うんだよ」


 言葉にトゲトゲがまざってしまう。

 いやだな。今日はいやなことばっかりだ。

 莉鈴にケガをさせて、レイナを信じてあげられなくて。

 自分がひどい人間だって思い知るような一日だった。


「私がこんなだから、お父さんはアンドロイドなんて作ったんでしょ」

「アオイさん……」

「じゃなかったら、なんでお父さんは男の子のアンドロイドや、大人のアンドロイドを作らなかったの? 本当は娘の代わりが欲しかったんでしょ」

「それはちがいます、アオイさん、私は――」

「今日の電話だってそうだよ。お父さん、私よりレイナの心配してたもん」


 今日の二人三脚のトラブル。

 お父さんに連絡がいくような事件だったはずなのに、お父さんは私がケガとかしていないってわかると、すぐにレイナに電話を代わるように言った。

 お父さんとレイナはたくさん話をしていた。

 ――ずるい。ずるいよ。私だって、もっとお父さんと話したかった。

 でも私はそんなこと言っちゃダメなんだ。


『アオイちゃん。お父さんはこれから一人で子育てしなくちゃいけないんだから、お父さんを困らせちゃいけないよ』


 お母さんのお葬式でそう言っていたのは誰だったっけ。

 お正月やお盆にも顔を合わせないような知らない親戚のおばさんだったっけ。

 名前も覚えてないようなその人の言葉が、ずいぶん前に聞いたその言葉が、今も私の胸に突き刺さっている。

 だから私はわがまま言っちゃいけないの。なのにレイナは。


「お父さんは、レイナみたいな娘がほしかったんだよ」


 自分で口にしたとたん、心が紙をくしゃくしゃにしたみたいになった。

 シワがついた紙は、どんなにがんばったって元のきれいな紙にはもどらない。


「レイナは、誰が見ても美人で、ききわけがよくて、わがままも言わなくて、こんな、心がぐちゃぐちゃになって、ちっちゃい子どもみたいに泣きわめいたりしないよね。大人にとってその方が、ずっとずっといいでしょ」

「アオイさん」

「ご飯だって水だけでいいからお金かかんないし、おばさんに迷惑もかけないしさ。授業だって一回聞いたら忘れないでしょ。運動神経もすっごくいいし」

「それは私がアンドロイドだから――」

「そうだよ! レイナがアンドロイドだから!!」


 バン、とテーブルをたたいて立ち上がる。

 ふつうの人間なら大きな音にびっくりするはずなのに、レイナは微動だにしない。

 私もこんな風に、自分の感情に振り回されたりしない人間になりたかった。


「私なんかがこの家にいたってしょうがないんだ」

「アオイさ――」

「近寄らないで!!」


 レイナが伸ばした手をたたき落として、私はハッとわれに返ってレイナの顔を見た。

 アンドロイドのレイナは今、どんな気持ちなんだろう。

 アンドロイドに『気持ち』なんてないのかな。

 そう思ったけど、レイナの表情はかなしそうに見えた。


「…………」


 何かを言おうとして口を開いた。

 けど私の口からはかすれた息しか出てこなくて。

 その場から逃げ出すように私は自分の部屋へと走った。



◇ ◇ ◇



「おはよう、アオイちゃん。……わあ、ひどい顔」


 次の日の朝。

 未央ちゃんが私を見るなりそう言った。

 結局、私はレイナと話すことができないまま、ほとんど眠れずに朝を迎えた。


「レイナちゃんは? いっしょじゃないの?」


 私はぎくりと肩をふるわせた。


「……わかんない」

「わかんない!?」


 今朝、目覚まし時計の音で目を覚ました私は、レイナのあのうるさい電子音が聞こえないことに気が付いた。

 リビングに行くと、ダイニングテーブルには朝ごはんがラップをかけて置いてあった。

 昨日私がそのままにした夕飯のお皿はきれいに片付けられていて。

 レイナを探したけど、家の中にはレイナの通学カバンも、くつもなかったから、先に学校へ行ったんだろうと思い、私も朝食を無理やり腹につめこんで家を出た。

 けれども学校に来てみるとレイナの姿はない。

 カバンは置いてあるから来ているはずだが……。

 私は頭を抱えて、ハアとため息をついた。


「レイナちゃんとケンカしたの?」

「…………」

「アオイちゃんがケンカしたのって金城さんじゃなかったっけ?」

「……そっちの問題もあった」


 いくら莉鈴にひどいことを言われたとしても、ケガをさせたのは本当によくなかった。

 なのに、勝手にイライラして。

 お父さんの関心が私にないことなんていつものことなのに、それでレイナにも当たって。

 そもそも最初から私はレイナのことを利用してた。

 最低な人間だ。消えてしまいたい。


「……未央ちゃん、せめて席代わって」

「ムリだよ~。ちゃんとレイナちゃんとおはなししたら?」

「うう……」


 未央ちゃんはにこにこ笑いながら、ズバッとそう言った。

 わかってる。まずはレイナにも莉鈴にもちゃんと謝らなきゃ。

 でもどうしたらいいのか全然わからない。

 教室をぐるりと見回すと、レイナも莉鈴も見当たらない。

 レイナは教室に来ているけど、莉鈴は今日も学校を休むのかもしれない。

 今さらになって、昨日の二人三脚で転んだ時にできたすり傷が、ズキズキと痛みだした。


「――はーい、席についてー」


 先生が教室に入ってきたとほぼ同時にチャイムが鳴った。

 未央ちゃんがあわてて自分の席にもどっていく。

 ふいに教室のドアの方を見ると、レイナが入ってくるのが見えた。


「あ……」


 レイナがいつも通りの顔で私の席の後ろに座った。

 私は思わず、ばっと前を向く。

 緊張で指先がふるえているのを、無理やり押さえつけるようにぎゅっとにぎった。


「えー、金城さんは今日はお休み――」

「――すみませぇん! おくれましたぁ!」


 莉鈴が甲高い声で教室に飛びこんできた。

 遅刻したのに、みんなの視線を一身にあびて、莉鈴はなぜかうれしそうだった。

 さすが、目立ちたがり屋……。

 顔にキズも残ってなくて、私は人知れず胸をなでおろした。

 莉鈴が席に向かって歩いてくるようすを見ていると、こちらに気付いた莉鈴と目が合った。


「…………」

「…………」


 先生が今日の連絡事項についてしゃべっているから、私たちは声を出さない。

 莉鈴はきっと怒っているのだろう。

 あの子だってかわいい顔をしているのに、私を見る目は般若のようにつり上がっていた。

 レイナもあれくらいわかりやすい顔をしていればいいのに……。

 って、ちがうちがう。

 他人と他人をくらべるなんて、私また自分がされちゃイヤなことをしてしまった。

 頭を振っているうちに、莉鈴は私なんて見なかったように席についた。

 ――私は今日一日、どうやって過ごせばいいんだろう……。

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