第七話 アンドロイドは友だちじゃない
体育の時間は週に二回だけ。
それをのぞけば、莉鈴とかかわることはほとんどない。
同じクラスでも掃除当番や班分けがちがうと意外と話したりしないものだ。
体育の時間以外は、とっても平和な毎日を過ごせている。
レイナは時々予測不能な行動をするけど、すっかり『変な子』で定着してしまったので、転校してすぐのころより注目されることはなくなった。
それでも、やっぱり一人にするのはまだまだ不安だ。
「レイナ。私、今日環境委員の仕事があるから、まっすぐ家に帰ってよ」
「まっすぐ? 学校から自宅まで直線上で帰るという認識でよろしいですか?」
「よろしくない。どこにも寄り道せず、最短距離で帰ってねって意味」
私たちのやり取りを聞いていた未央ちゃんが、くすくす笑った。
しばらくして笑い終えると、「続けて?」って言う。
未央ちゃんは私とレイナのことを、漫才コンビかなにかだと思っているのかもしれない……。
放課後、私はレイナと別れて校庭の近くの物置にやってきた。
すでに宮部くんが来ていたようで、バケツと軍手とじょうろがなくなっている。
私も同じものを持って、花だんにやってきた。
「宮部くん。おまたせ」
「ぜんぜん待ってないよ。上原さんはあっちの方をおねがい」
わかったとうなずいて、宮部くんが指さした方に向かった。
この花だんは『学びの花園』なんてたいそうな名前がついている。校庭に近いからいつも低学年の子たちがちぎったり踏んだり、サッカーボールのえじきになっていたり……。
ここを使った授業とかもないし、本当に見るためだけに存在してるって感じ。
私は水をやりながら、どこかから飛んできたたばこの吸いがらやおかしの袋なんかをヒョイヒョイっとバケツに集めていく。
「……こういうの、レイナ得意そうだな」
レイナって高性能ナントカカメラアイを搭載してるとか自慢してたから、小さなゴミを探したり弱っている草花を見つけなくてはいけないこの仕事はむいていそうだ。
「――上原さん、ほんとに安藤さんと仲良くなったよね」
「うわっ!……びっくりしたぁ」
後ろからいきなり声をかけられて、私は思わず飛び上がった。
いつの間にか宮部くんが後ろに立っていたのだ。
「……それ、未央ちゃんにも言われた。でも別に友だちじゃないよ」
「え? そうなの?」
そうだとも。
だって、私はあくまでレイナのお世話係というか、保護者というか、先生みたいなもの。
レイナが人間の感情をしっかりと知ることができたら、その手助けをじょうずにできたら、私はお父さんとまた昔のように暮らせるかもしれない……。
そんな風に考えている人間とアンドロイドが、友だちになれるわけはないのだ。
「でも、最初のころは、すごくイヤそうだったじゃない」
「誰が?」
「上原さんが。でも最近は楽しそうだから友だちになったんだって思ってた」
宮部くんはそうあっけらかんと言った。
私はおどろきすぎて、口をパクパクと金魚みたいに動かす。
「た、楽しそう~? なんで?」
「はじめのころはため息ばっかりだったのに、最近はよく笑ってるから」
そう言われて、私は言葉につまった。
宮部くんって、いつも物静かで、教室では本を読んでいることが多い。
けれど他の人のことをちゃんと見ているんだ……。
「私、そんなに笑ってた?」
「うん。渡辺さんと一緒にいる時も楽しそうだったけどさ。安藤さんが来てからもっと笑うようになったなって思うよ」
あっけらかんと、素直にそう言われてしまい、私は思わず宮部くんから顔をそむけた。
なんだか顔が熱い。
自分の心を見すかされているみたいで、宮部くんの顔を見ることができなかった。
「……レイナってさ、他の子とちょっとちがうって言うか……。みんなも、変な子だって思ってるでしょ」
「うん。たしかに時々変なこと言うよね。最初のころとか、型番がどうのって――」
「それは忘れてあげて」
私はあわてて宮部くんの言葉をさえぎった。
こんなところでレイナがアンドロイドってうっかりバレるわけにはいかない。
「オホン……まあ、そんなちょっと変な子だけどさ。がんばりやなところがあるから」
「そうなの?」
「うん。毎日いろんなことを知ろうとしてて……私も最初はいろいろ思う所があったけどさ、今ではレイナのこと応援してるんだ」
お父さんがやれって言ったから。
うまくやったら、お父さんも私のことを認めてくれると思っていたから。
しかし今では、レイナと一緒に過ごすのが、宮部くんの言った通り楽しくなっている。
一人で家にいた今までより、ずっとずっと、毎日が楽しいのだ。
◇ ◇ ◇
昨日の放課後、宮部くんと話して、レイナと一緒にいるのは楽しいってわかった。
しかし学校生活そのものは、どうやら楽しいことばかりではないようだ。
「アオイさん、今日は運動会のもう一つの種目について発表があると言っていましたね」
「だね。玉入れとかがいいなぁ……」
すっかり日常となったレイナとの登校。
げた箱でくつをはきかえていると――
ドン!!
「――いったぁ……! なに……!?」
いきなり誰かにぶつかられて、私はその場に尻もちをつきそうになった。
とっさにレイナが抱きとめてくれたのでケガはしなかったけど……。
「先ほど、金城さんがアオイさんにぶつかっていきましたよ」
「なにそれ……わざと?」
「わざと……少なくとも、この周辺につまずくようなものはありません。それにしても、なぜ金城さんはわざとアオイさんにぶつかったのでしょうか?」
「私のことがキライなんでしょ」
そう言うと、レイナはぽかんとしている――ように見えた。
レイナには、まだ好きとかキライって話は早かったようだ。
教室に入って席につくと、莉鈴はこちらを見るなり、友だちとひそひそ何かを話しながら、クスクスと笑った。――いやな感じ。
体育の時間になって、みんなグラウンドに集まって、先生の前に並んだ。
「五年生の第二種目は二人三脚です。今から――」
先生がそう発表した瞬間、「えーっ!」といくつも声が上がった。
「去年の五年は綱引きだったじゃん!」「障害物競走がよかったー」「借り物競走でしょ!」……などなど、あがってくるのは不平不満ばかり。
先生はパンパンと手をたたいた。
「静かに! 今からペアを発表します!」
二人三脚。
文字通り二人一組になり、二人の片足をしばって、三本の足で走るレースだ。
そういえばこのクラスは、最初のころは女子が一人足りなくて、奇数だった。
未央ちゃんは出席番号が一番うしろだったから自然と一人あまって、先生と組むことになったり、未央ちゃんを入れて三人組が一つできたりしていたっけ。
けどレイナが転校してきて女子も偶数になった。
レイナが転校してこなければ、去年と同じく綱引きだったのだろうか……。
「ペアは徒競走のタイム順に決めます。えーでは男子から――」
げ。徒競走のタイム順? まさか……。
先生が淡々とクラスメートの名前を読み上げていく。
女子の番が回ってきて、私は頭を抱えることになった。
「――女子のペアは、上原と金城。渡辺と安藤。佐藤と横山――」
……やっぱり。
男子もリレーの選手同士がペアに呼ばれていたから、こうなるってわかってた。
けれど心のどこかで、別の人とペアになるかもなんて思っていたけど、その考えは甘かったみたい。
まずは二人一組に慣れようってことで、ヒモがくばられた。その場で足踏みから練習するみたい。
私も先生からヒモを手渡され、のろのろと莉鈴の元へと向かう。
莉鈴はその場から一歩も動かず、歩いてくる私をじっと見つめてくるばかりだった。
「よろしくねぇ、上原サン」
「……よろしく、金城さん」
まったくよろしくと思っていそうにない、トゲトゲとした声。
遠くで和気あいあいとしながら足をヒモでしばるレイナと未央ちゃんがうらやましくてしょうがない。
「えー……それじゃ、結ぼうか?」
「上原さんやってちょうだい? あ、でもきつくしないでね。足が痛くなったらいやだから」
莉鈴はやっぱり、その場から一歩も動かずえらそうにそう命令した。
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